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 肩の辺りがずうっと温かで、その柔らかないのちの塊が伝えてきてくれるのは同じくらい穏やかな熱をもった好意で。
 それが、急に無くなってしまったからなにかが少し変わった。
 まっくらななか、ほんの少し言葉の欠片が浮かび上がって。
 指の先、に。また戻ってきたかたまりを引寄せて、その温かみのなかに息を吐いたかもしれない。
 けれどすぐにまた、抱えたはずの熱が消えていって。
 
 また、暗がりに周りが戻っていって。サミシイ、――――感情と言葉が溶け合った。
 ひとりはきらいなのに、と言葉をどこかで思い出して。
 何かを指先に握りこんだ。
 さらさらとしたモノ、包んでくるそれを引寄せて。
 だけど、またなにかが暗がりに入り込んでくる。明りの欠片と温かなもの。
 手を伸ばしても違う、先の方――――あしもと……
 ソンナノウレシクナイ。
 
 温かな、明るい穏やかな、優しいもの。それから身体遠ざけて。引寄せた指先の捕まえていたもの、それに包った―――
 くるまる…?
 手、伸ばしても――――イナイノ……?
 くぅ、と。息、苦しくなりかけてき……―――すう、とまた暗がりに溶けいるように、声。
 肩に触れる、さっきのものより温かい、包み込む――――
 
 名前、零れていって。
 肩口から、先まで体温が何かを介して伝わってくる、でも―――やだよ、もっと
 温かなもの、それに腕を回したくて。背中……?温かいのは。
 けれど、また声が水を響くように届いて。
 抱きとめられて、引寄せたくて伸ばした指先、それも包まれて。
 ひた、とまた温かな水が競りあがってきて、そのなかに言葉が落ちてく。
 暗がりは、もう無くなっていて。身体をぜんぶその温かななかに預けた。
 響くもの、それが鼓動なんだとどこかで知覚して、また長く息が零れていって。
 ただ、温かくて幸福な気分だけに浸されていくのがわかった。
 なにか、欠片を言葉にしたのかもしれない、声がまた聞えたから。
 
 
 「そろそろ起きろよ。オマエいい加減溶けるぞ、」
 ――――これ、この…トーン、は。----知ってる、…ゾロ。
 「…んぅ、」
 笑ったような声、だな、と。思ったけど、声、だせない。
 「起きてシャワー浴びて支度しろ。出かけるぞ、」
 声のする方、すぐ側に身体をどうにか倒してみるけど。
 なにかが、すう、と滑って――――指さき、それが髪を潜って…?
 
 熱の、もと。ゾロ。
 腕を伸ばして、くうう、と。抱きしめるようにした。身体半分だけでも、力なんか全然入らなくても。
 「―――――ぉろ、」
 まだ、かさかさに乾いた声がどうにか喉を抜けていって。
 「オハヨウ、じゃないぞ。もう夕方だ」
 目を閉じて、額に唇が触れていったのを感知した。
 「ねむい、」
 
 「朝飯の代わりにオマエを喰っちまうのは考え物だな、やっぱり」
 落ちそうになる腕を、どうにか支えているので精一杯かも、だけど。
 「――――や、」
 まだ、目は開けられそうにないけど。
 「だって、起きてる、」
 「んじゃ起きろ。一日ベッドで過ごすってのも悪くないアイデアだが。今日もまたケイタリングでディナーは嫌だろう?」
 「……や、ぁと、も―――すこし、」
 「却下」
 「う、…ん、」
 意味の無い音、唇から零れていって。
 
 「オマエいくらでも寝れるんだろう?」
 溜息交じり……?
 「やっぱり朝飯代わりはダメだな、」
 そんな声が聞えて。
 「お、きる、―――って、ばぁ、」
 「じゃあ起きてシャワーをどうぞ、」
 くうと。ゾロの身体の上に預けてた手指に力入れようとしたけど。
 「んん……、」
 額が、リネンにくっついただけだった。
 
 「め、開かなぃ、」
 肩にどうにか力入れて起き上がろうとしていたら。
 「入れてやってもいいんだが、けどそしたらオマエ、寝たままシャワー浴びるだろ」
 さらさらと。肩の上を言葉が滑り落ちていった。
 「―――く、…んん、」
 とんでもないドリョクで肘、リネンに突いて。
 起きた、となんとか言葉にして。
 でも、まだ目、開けられないや……
 
 「立てないよぅ、」
 かすれ声で申し立て。
 先に水でも飲むか?と言われて。首を横に振った。
 なにかが動く気配。
 マットレスが少しだけ揺らいで、肩と腕、やんわりと引き上げられて。
 フロアに足が着いていた、一呼吸する間に。
 「んん、」
 俯いたままでいた。
 裸足、あたるラグの感触に意識を引っ張られて。
 
 トン、と。
 アタマの天辺あたり、キスが落とされたのがわかった。
 「やっぱり外出止めてデリバリをしてもらうか?」
 「――――ここまで、起きたから、一緒。…溺れそう、」
 何度かアタマを振ってから、目を開けた。
 「散々溺れたのにまだ足りなかったか?」
 く、と。腕を掴んだ、ゾロの。
 柔らかな、カラカイ混じりの小さな笑みに。
 少し上向いて、カオを見ようとしたなら。
 唇、キスが落ちてきて。
 そのまま、笑い顔になったのがわかった、自分でも。
 
 「溺れないもん、ティビー連れてく、」
 腕を掴んだ手を、背中にそのまま預けた。
 「ティビーが最後に助けてくれると思うなよ。ウォルトのおっさんの国は当に過ぎちまったぞ」
 「4匹、もってくも……」
 頬を軽く摘まれて、言葉が途切れた。
 もう、わかる。これは機嫌が良いときの仕種、愛情を貰ってるって。
 
 「魔術師見習いが4匹もか。収集尽かねェな」
 「バケツと箒もアンティークなのかな、行進みたいかも、」
 カオを肩口に預けて声がくぐもった。
 「オレは見たくないな。誰が片づけるんだ?」
 足、それがフロアから浮いて。肩口にそのまま引き上げられた、身体ごと。
 「―――わ…?」
 ウォルトおじさん、ここ、夢の国だよねえ?―――ビックリした。
 
 「起きるの待ってたんじゃ、飯屋が閉まっちまうぞ、」
 「ディナ?」
 「そう。一食くらいはきちんと食え、オマエ」
 バスルーム、もううっすらと外の夕闇が窓から見えて。
 広い、大理石のカウンタートップにとん、と座らされた。
 「ゾロ、」
 「なんだ?」
 思い当たったから。
 手早く支度し始めてくれるゾロをすこしだけ見詰めながら言葉にした。
 「おれも、さっき入ったよね……?」
 記憶が揺らいでるけど―――。
 
 バスタブに落ちていく水音でもっと記憶が蘇りかけていたところに。
 にい、とゾロが唇を引き上げて、一言。
 「もう泣かさないよ、」
 かあ、っと。また頬に血が上った、オマケに。
 「―――――――――いまので、目、覚めたよ…!」
 ああああ、もう。なんだか無性にカオが熱いんだけど、うあ。
 「よし。ならオレは決意が揺らぐ前に消えるとしよう。ちゃんと浴びてこいよ?」
 トン、と唇にキスを落として、瞬きの間にもうゾロはいなくなってて。
 
 「あの、」
 窓を見て途方に暮れる。
 「――――もっと溺れそうなんだけど……」
 シャワーにした方がいいかも――――。
 
 溜まり始めた水、それがでも早くて。
 胸元より下に水があれば、大抵ヒトは溺れない、だっけ?
 あれ?違う?
 ―――とにかく、ひとまず。水に入って気を落ち着けて。
 だるい、と指先まで訴えてくる身体に、睡眠で充分回復したはずだ、と言い聞かせて。
 溶けるまで寝た、んだし…?ゾロが言うに。
 
 「―――ふぅ、」
 アタマ、やっと動きだしたみたいだ……。
 金色の取っ手を引き上げてバスタブから水を抜いて。
 「んん、立てるはず、」
 我ながらまだ寝惚けた独り言だとどこかで思うけど。なんだかやっぱりどこか重い体を引き上げて。
 濡れた髪もイヤで洗いなおして。
 バスローブ、また新しいのを棚から引き出してからバスルームを出た。
 
 「うー、だる…、」
 鏡、大きなのに映った自分に一声。
 曇らないように何か施されているんだろう、クリアに映った姿は―――
 「あぁ、ダメ。寝惚けてる、まだ」
 こんなに惚けてたなら、せめてスタイルくらいはしゃきんとしてないと―――お子様だよなあ、あーあ。
 
 すい、と目を落としたなら。でも。
 鎖骨の上、薄っすらと痕が残っていて。
 ば、と。
 記憶が一瞬だけクリアになった。
 『甘いなオマエ』そう、髪の先まで震えそうな声で言われたこと。強く肌にクチヅケラレテ。
 ―――わ、…
 一旦、気付いてしまえばあちこちに同じように淡い色が目に付きだして。
 バスルームからは避難しないと。
 くらくらしてきそうだよ、溺れないで貧血起こしそうだ。
 
 リビングに戻れば、ソファに長く寝そべっていたゾロが目を投げてきて。お腹の上に乗ってたエリィも一緒に見上げてきたけど。
 「醒めたのは目だけじゃないらしいな、」
 モニタ、またニュースキャスタの声がしているのを眺めたままで言って来た。
 「んん、服着替える、」
 どうにか声に出す。
 「キチンとしたの」
 先に飲み物のんで頭すっきりさせろ、て言われたけど。聞えない振りしようかなぁ。
 
 
 
 
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