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 本人以外が思うだろう、あの状態のサンジは“危なっかしい”と。
 調子に乗って喰い過ぎたかもしれない。
 眼の下に微かに漂う疲労感。
 全体を包む倦怠感。
 仕種のヒトツヒトツに現れる怠惰感。
 眼差しが含む潤んだ艶。
 
 本人曰く“ぼーっとしてる”状態は、実はかなり際どいラインに出来上がっている。
 さっきサンジにカラカイ交じりに告げたことは本心で。
 多分、キスマークのひとつ、ひょっとした調子で思い出した記憶のカケラ。
 そんなものに身体が“目覚めた”のが見て取れた。
 やっぱり連れ出すのはヤメちまうかな。
 
 「エリィ、マミィにティビー返せって言って来い、」
 腹の上でころころと喉を鳴らしていたチビの頭を撫でてやれば、トン、と降りてマスターベッドルームの方に歩いていっていた。
 そういや服を着替えるとか言ってたよな。
 “キチンとしたの”―――おい、待てよ。
 サンジは一体何をしたいんだ?
 まさか“ディナー”で、フォーマルだと思ったのか…?
 
 トラベルケースの中にサンジが仕舞っていたものを思い出した。
 黒のスーツ、ああ、ディオール・オム……。
 勘弁しろよ、と。頭の中で呟く。
 狼の群れの中に極上の羊を下ろし。さらにそれのガード?
 シエスタで拭い去ったはずの疲労感が舞い戻る。
 ホテルのリストランテは最初から宿泊客の目が気になるから除外していたが……マジかよ?
 適当にバーボン・ストリート辺りを歩いて。美味そうな店があったら覗こうかと、それくらいにしか思っていなかったんだぞ?
 
 『リトル・ステファノ、ゾロ、マイ・ベイビィ。いい?大切な宝物は大事にするのよ、』
 真紅のカクテルドレスの上に長い黒髪を垂らした母が、父と仕事にでかける時に言ってた言葉。
 甘いパールの5重のネックレスを首に父に下げてもらいながら、母はオレにキスをしてきた。
 『パパはこんなにも私を大切にしてくれてるでしょう?』
 見習って素敵なオトコになりなさい、と。
 白い絹の手袋越しに頬を撫でられた感触が蘇る。
 『おまえの総てを理解した上で愛する者を、決して不幸になんかするんじゃないわ、』
 宝石も花も嬉しいものだけれど、本当に嬉しいのは小さな仕種一つだったりするのよ、と。
 す、と手を引き上げそれに口付けていた父をちらりと見遣って艶やかな笑みを浮かべた瞬間が、ついこの間のように思える。
 
 「―――オレが旅に連れてくと決めたんだもんなァ」
 大切な存在を護ることは当たり前。
 それを面倒臭がっていればきっと死んだ後地獄までわざわざ覗きに来た母に回し蹴りを食らうに違いない。
 「仕方ないか、」
 朝喰ったのもオレなんだし。
 ―――自業自得か?まあ後悔はしねェけどよ。
 
 近づいてくる気配に見上げれば、ひょこ、とサンジがドア口から覗き。
 「キチンとしてる……?」
 とろ、と緩やかなトーンで訊いてきた。
 スマートなラインのジャケットの下、シルヴァグレイのカットソーが鈍い光沢を放っていた。
 黒に銀、そして淡い金の髪。
 どこはふわふわとした風情が危なっかしくて、ますます極上な子羊チャンの一丁上がり、ってわけか。
 「くるりと回って、」
 Make a turn、と。それでも言っちまうのはなんでだろうなァ?
 「―――――うん…?」
 
 サンジがゆっくりと周り、背中のラインまで酷く艶やかなのを知る。
 こつ、と音がする革靴の弾く光すら、月の精霊のような芳しさを持ったサンジを引き立たせる。
 「どう?」
 とろりとまだどこか潤んだままの蒼が見詰めてきた。
 「―――オマエが3秒以上オレ以外の人間を見詰めないと約束できるなら、オオケイかな」
 とても素敵だよ、と隠す必要もない本音を言い。
 立ち上がり、口付けに行く。
 
 ふわ、とサンジが微笑んでいた。
 頤の下に手を遣り、軽く唇を啄ばむ。
 「曝すのもシャク、自慢できないのもシャクときた」
 に、と笑って目尻にも口付ける。
 重ためのトワレの香りがふわりと鼻腔を擽ってきた。
 くすぐったそうに微かに首をすくめ、小さく笑いを堪えているサンジの耳元にも口付ける。
 オリエントの花のブレンドと、ムスクの入り混じった夜用のフラグレンス。
 
 「ダレも見ないヨ、」
 甘く掠れたような囁きが告げてきた。
 「それがいい。今日は少し気が短いみたいでな、無駄に噛み付いちまいそうな気がする、」
 がう、と軽く“吼えて”耳朶を柔らかくピアスした。
 墓穴を掘るか?―――ふン。シャクだから楽しんでやる。
 
 「…っは、」
 笑い声が擦れていた。
 ほら言っただろう、目覚めたのは頭だけじゃねェって。
 くくっと笑いを返して、手を離してやる。
 さあ、と揺らいだブルゥを覗き込み、軽く眼を細めた。
 「オマエのことだから、オレの着替えも用意してあるんだろう?」
 あのな…?と甘い声で言ってきたサンジに訊いてみる。
 
 「2人とも黒いと葬式帰りみたいだから、」
 どこにそんな色気垂れ流しの葬式帰りが居るんだか訊いてみたい気がするぜ。
 淡い色、用意したんだ、と。艶っぽい笑みを浮かべて言ってきたサンジに肩を竦める。
 「レザァ、直に着ると気持ちいいだろ?ちょっとね、」
 にこ、と笑いかけてきたサンジに、どのシャツを引き出してきたのかを理解した。
 ハ!葬式帰りがいったい何に変化したんだ?
 「それじゃあオレも着替えてくるさ。香水は勘弁しろよ、」
 「ジャケット、淡いベージュのアレ。あと、パンツは、ナイショ」
 
 笑ってサンジが出てきたマスターベッドルームの方に向かう。
 くう、と唇を吊り上げていたサンジが、おれも行ってイイ?と首を少し傾けて訊いてきていたから、楽しみにしとけよ、オマエの
 アートワークの成果を、と言って手を振った。
 「全部してくれないと、やだよ?」
 抑えた笑いが響いてきて、肩を竦めた。
 コーディネートはマフィアかジャズマンか…それ以外に何に見えるっていうんだろうな?
 ああ、この調子なら。
 テディに軍服を貰ってくれば面白かったかもな―――ますますどういう組み合わせか、解らなくなるだろうが。知ったことか。
 
 
 
 
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