キチンとしたスタイルのニンゲンが二人いても面白くないから。ディナー、って言ってたし。
そうじゃなくてもぼおうっとしている自分を少しでもちゃんとさせるには、少しくらいタイトな方がいいし。
だから、片方がツマラナイ分、おれだけど。
もう一人くらいは、楽しまないとね、ジンセイを。
遊びに、付き合ってくれる程にゾロは機嫌がいい。それに荷物の中身を、NYCで追加したときも特に怪しまれなかったし。
「オタノシミニ、」
一緒に出てきていたエリィをクッションに乗せて、スツール代わりのイスを側に引寄せてからそれに座った。
「そう、いいコだね。黒を着たから抱けないんだ」
みぁ、と挨拶してきたエリィの頭をくるくると撫でる。
ここはニューオーリンズだし、どうせなら。
“遊ぶと決めたら中途半端は無し。”この保護者の教えの通り、にしたつもりだけどな。
頭の中で、ピックアップしたものを再構築してみた。
薄い、サマーレザァのシャツは色味を抜いてから淡く染め直してるから、あのベージュのジャケットとは相性がいいはずで。
オーケイが出そうも無いから勝手にゾロのワードローブに追加しておいた淡い色味のパンツは。
イタリア系がイタリアモノ着倒せなくてどうするンだよ?と保護者が大笑いしてた、実は着る人間を大いに選ぶトコロので。
楽しみだな、絶対似合う。
小物も、遊ばせてもらって。
ジャケットから覗かせるポケットチーフは、モチロン深いグリーンのモノだし。
靴はここでポインテッド・トゥにしなかったら他に何にするんだろう?色はライトタンで慣れた風に。
ここまできたら、リボンタイで。最後は、ボウシ。同じ色味、ここまで付き合ってくれるかは、微妙だ。
「でてこないかなぁ、」
勝手に笑みが浮かんできた。
トワレ、着けてくれないのがザンネンだけれど。これは―――理由を知っているからそこまで我侭は言わない、いくらなんでもね。
優雅で物騒でエレガント、それに充分すぎるくらいの―――官能性?
す、と。
ドア口、ゾロの姿が見えて。
そんなテーマ以上に物騒でエレガントな男がいた。
手には――――あぁ、ボウシ。そっか、遊んでくれるんだ?アリガトウ。
「ゾォロ、」
言われたのと同じことを言ってみる。
「くるっと回って?」
動作は―――
「優雅な肉食獣のお出ましだね、」
手が伸ばされて、ボウシを被ったときにオプションで残しておいたスペース、手首。
嵌められていたのは、ユリス・ナルダン、ゴールドフレームが落ち着いた光を弾いて。ユリス1、とキマシタカ。
「良かった、せめておまえがセクシーで。」
本音。
くっとゾロから、低い笑みが洩れて。
とん、と近付いて軽く手首を捕まえたなら。
「せめてオマエの視線を釘付けにしておけるくらいじゃないとな?」
囁きを落とされて。
引き上げた手首の内側、口付けてから、そうっと歯を立てた。
グリーンを見詰めて、噛み痕、うっすらと残ったそれを舌先で擽って。
片目を細めた様に、また心臓が鼓動のスピードを少し上げた。
「これ以上、目が醒めたら困るよぅ…?」
すこしだけ、笑み。半分以上本音。
「オレは困らない。楽しんでるからな、」
このおまえのセリフは、―――どうだろうね?
サンジのイメージ通り、だったらしい。
きらきらと潤んだ目を揺らして見上げて来ていた。
軽く唇を啄ばんでから、腕から離す。
電話台に向かってコールをし、コンシェルジェが応答するのを待って車を用意できないか訊いてみた。
背後でサンジが短くゆっくりとした息を吐いていた。
『直ぐにアレンジできますよ、ウェルキンス様』
「10分後に出かけたい」
『どちらまででしょう?』
「シティでディナーでも、と思ってな。適当に下ろしてもらえれば、後はどこか良さそうな場所があればそこにしようと思っている」
サンジが歩いてテラスまで行っていた。夕涼み、か?
『それでしたら、当ホテルお勧めのレストランがございますが。クリオールとケイジャンのどちらの料理もサーヴしている
“L’Oiseau Rouge”という店です』
ちらりとサンジがこちらを見てから、窓を開け、外に出て行っていた。
柔らかな涼しい風が吹き込んできて気持ちがイイ。
「そこでいい」
『ではご予約を入れさせていただきます。お帰りはどのようになさいますか?』
「行きだけ下ろして貰えれば、帰りはタクシーでも拾うが、」
『15分程お時間をいただけましたら、ご指定の場所まで迎えに上がりますよ、ウェルキンス様』
「そうか。なら頼もうか」
『畏まりました。それでは車のご用意をさせていただきます。車種にリクエストはございますか?』
「馬鹿馬鹿しく派手でなければなんでも」
『馬車もご用意できますが』
「遠慮しておくよ」
『それは残念です。次の機会には是非』
支度を整えお待ちしております、と柔らかな声が言ってくるのを聞いてから、電話を切った。
財布を取りにベッドルームまで戻り、適当に紙幣を束ねてポケットに入れてから、黒い革のそれをジャケットのインサイド
ポケットに仕舞った。
鍵を拾い上げ、リヴィングに戻れば。
テラスから登りつつある月を見上げていたサンジがこちらに目線を移していた。
「エリィのフードはもう支度したのか?」
茜色から紫に変わりつつある空がサンジの髪に色を落としこんでいた。
頷いたサンジが、もう出かけるの…?と甘い声で訊いてくる。
「出かける。明日も半日、ベッドで寝ていたくはないだろ?」
「それも素敵な誘惑だなぁ…」
目元でふわんと笑っているサンジに、来い、と腕を広げる。
サンジがく、と頤を僅かに上向け、指で呼んでくる。
肩を竦め、黒のフレームの窓をもう僅か押し広げ、テラスに踏み出す。
「出かけると言っただろうが、」
「月、」
すい、と上を見上げていたサンジの目線があるほうを見上げる。
ホテルの広大な敷地を縁取る濃い木立の上。
細く薄い下弦の月が薄く赤い色を纏い、昼と夜の境の色合いの中に浮かんでいた。
サンジの髪に口付ける。
「オレにはオマエがいればそれでいい。行くぞ、」
返事は待たずに歩き出す。
ドアに手をかけ、振り向く。
追いついてきたサンジが、トン、と背中に額を預けてきていた。
肩を引き寄せ、後ろ手にドアを閉め。
軽くこめかみに口付けてから手を離す。
リヴィングのフロアに、両脚を揃えたエリィが座って待っていた。
「行ってくる、いいコにしてろよ」
エリィの頭を軽く撫でてやり、その場所で見送るつもりらしいチビの横を通り過ぎる。
「あとでね、」
蜜が滴るようなトーンでサンジもエリィに声をかけ。
そのままエントランスに向かう。
視線を感じて振り向けば、チビの目がかちりと合わさってきて。
苦笑して手をひらりと振った。
酔っ払って帰ってきたら、オマエ、きっと相手してもらえないぞ?
next
back
|