ホテルが用意してくれたクルマがエントランスに着いたとき、思わずゾロを見上げて小さく笑った。
どうして、って。ベルキャプテンがクルマがストレッチ・リモじゃなかったことをザンネンがるカオをわざと作ったから。
ニンゲンが2人なのにね?
ゾロは、返事代わりに片眉を引き上げただけで表情を作っていたけど。
柔らかなブラックレザーとシートはそれでも充分すぎる広さで、ドライヴァは完璧に仕事をこなしてくれたみたいだった。
ゆったりとロータリーを回ってからヴァ―ミリオンのゲートまでクルマを進める間に丁寧な挨拶と、行く先の確認だけをしてきた。
『赤い鳥』……?
ネーミングからだけでも、どんな場所か楽しみになる。
ミラー越しに少しだけ見えたドライヴァも、丁寧な口調だけどほんの少しばかり高揚している、のかな?
たしかに、今日はドライブが楽しくなるくらい綺麗な夕空だから不思議じゃない。
「アリステア、」
シートの間からゾロに目線を投げた。
すい、とグリーンがあわせられて。訊いて見る。
斜になったボウシのリムが片側、少しだけ隠してたけど。
「少しだけ、開けてもらってもいいかな…?」
天井の、いまは閉じられているサンルーフを指差した。
上げられたパティションをノックして、開けてもらうように言ってくれた。
夕方の風が流れ込んできて、また笑みが零れた。
「ありがと、」
流れていく景色はやがて街中のものに変わって、フレンチクォータの側までやってきたからこの辺りにあるのかな、と思えば。
メインストリートを何ブロックか離れて、クルマが止まったのはヴァ―ミリオンよりは少しモダナイズされた、それでもオールド
ヨーロピアン・スタイルの建物で。
オムニロイヤル・ホテル、と金色の飾り文字があった。
「なかにあるんだ、」
ゾロに窓から目を戻した。
だって、ホテルのダイニングあまり好きじゃないよね、おまえ―――、……いいの?
「さあ?」
く、とゾロが口端を引き上げきて。作られたラインに微笑み返しかけたなら。
パティションがまた少しだけ下げられて、ドライヴァが落ち着いた目線をミラー越しにあわせてきて。
「こちらになります、」
そう静かな声で告げてきた。
「ご予約はこちらの2階のレストランに入れられております、ウェルキンス様」
ゾロの目が、だってよ?と言葉にしないで煌めいて。
「ありがとう、」
ベルボーイがクルマのドアを開ける前にお礼を言った。
「いってらっしゃいませ、」
ベルボーイがドアを開けてくれながら、「ようこそいらっしゃいませ」となんだか嬉しそうなトーンで言ってくるなか、後ろでは、
ゾロがドライヴァに。帰りもまた頼む、といっているのが聞えた。
ふぅん?帰りは黄色いのでいいよう?捕まえるのもおもしろそうじゃないか。たまには?
ヴァーミリオンと比べれば随分と柔らかい印象のフロントドアを抜ける。
深いオレンジ色をした石床が天井からの柔らかい光を弾いていて。
すこし遠くから、ジャズが聞こえてきていた。
ヴァ―ミリオンのゲストよりは、随分と年齢が低め―――?
視線が随分、ロックされてる気がするんだけど、さっきから。
―――まぁ、片方で遊ばせてもらったから人目も集まるかな、ゾロは―――実際、カッコイイからなぁ。
「あとで、ラウンジにも行こう?」
すい、と隣の「ジャズマン」を見上げた。
「―――な…?」
赤いユリの活けられたヴェースの横を通って、2階へ繋がる階段へ進んでいって。
ふ、と。背中側、柔らかに距離を少しだけ挟んでゾロの腕が下りていって。ウェストの辺りを掌で軽く押すようにして促がされた。
返事、聞こうと思うって目線を上げたままでいれば。
く、と口端が引きあがっていって微かな笑みの欠片が浮かび上がる。
耳に低く、すとん、とそのまま落ちてくるような声で、「了解」と返された。
「ウン」
階段を上がりきって、「赤い鳥」のエントランスが見えてきた。
まだ早い時間だと思うけど―――いますれ違った人たちは、もうラウンジで寛いだ後なのかもしれない、ぼうっと立ち止まってた。
入口で予約の確認、それからすぐにテーブルへと案内されて。
赤とベージュと金が、テーマカラーらしい落ち着いた空間のなかを通って、窓辺の席に到着。
2階からだけど、窓の外に広がるフレンチクォータの街並みは暗くなり始めた中に光を零し始めていて。
テーブルにセットされたキャンドル越し、ゾロに少しだけ笑みを投げた。
「正解、かも?誰にお礼言おうか」
遊び、なら。
徹底しろ、と笑ったのは父だった。
『役に成りきることだ。それならばいくらでもカムフラージュできる。詮索を回りの人間はするだろうが、だからなんだ?
人の口に戸が立てられないのならば、せめてそのウワサの中身くらい、オマエが提供したイメージに沿うようにしろ』
ある意味役者よりスキルが求められるぞ、と口端を引き上げて笑った父は、多分。
罪悪感やヘタに卑屈な気分になるよりは、割り切った方がいい、ということを教えてくれていたのだろう。
一度映画に出ていた殺し屋を指さして言ったことがある。
『いつも暗い影を背負っていたら回りは直ぐに勘繰るだろう、コイツはロクでもない過去を背負ったヤツだと。そういう付け入る
先を与えるな、坊主』
いつもは寡黙な父も、時には子煩悩な父親や、ドラマティックな恋人を演じることがあった。
母と三人でシカゴを出てドライヴし。
湖に行く時など、まるで週末ごとに家族を連れ出すテレビドラマの中のような“父親”だったりもした。
警察官ですら、騙せるものだ。
まさかトランクにロングライフルを乗せ、射撃の練習に行くところだったとは夢にも思わなかったに違いない。
ドリンクを、と言われて。
このナリに似合うものはやはりシャンパンなんだろう、だからそれを頼んだ。
前菜に運ばれてきたのはシュリンプ・レモラーダ。
サンジがすい、と珍しがって笑ってきたのに片目を瞑った。
口端を引き上げれば、
「For what?」
なんの為に…?と。甘く響く声で訊いてきた。
落とされた光の中でも、きらきらと目を輝かせながら。
「理由がなきゃシャンパンは呑めなかったか?」
ひらりと手を振れば、サンジが更に笑みを深めた。
細いフルートに目の前で栓を抜かれたシャンパンが注がれ。
メニュウは適当に任せる、と告げておいた通り、次から次へと料理が運ばれてきた。
カイエンヌ・ペッパの効いたクロゥフィッシュのエトゥフェ。
ニンニクとオニオンとハーヴの効いた牡蠣と海老を合わせて焼いたオイスター・ルイジアナ。
トリュフバターで焼いたロブスタや、肉厚のレア・ステーキ。
小エビとアヴォガドのサラダや、サツマイモと鯰のソテー。
付け合せのパンも美味く、バターは濃厚だった。
気だるげにそれらを切り分け、口に運ぶサンジの姿は、どこか官能的で。
殻に多少苦労する姿や、シャンパンから切り替わったホワイトワインを口に運ぶ姿は充分に観賞し甲斐のある光景だった。
ちらちらと寄せられては散っていく視線を無視して、味付けや調理法などをコメントしながらプレートを空にしていった。
珈琲の後のデザートは、またもや店のサーヴィスだと言われた。
“ヴァーミリオンが紹介した客だから”と言われたが、果たして真相はどうだかわからない。
ピーチのソルベとトライフルの二つがそれぞれ出されて。
かっきり2秒、ウェイタと目を合わせ。ありがと、と礼を言っていた。
ふぅん?寝ぼすけの割には覚えていたか。
戻された視線が、今度は5秒見詰めてきて。それにはふわりとした微笑がプラスされていた。
「ここのラウンジでいいのか?」
微かにピアノの音が響いていたのを思い出した。
「うん、」
カードで支払いを済ませ、少し腹が落ち着いたくらいにラウンジに下りる。
ディナー時間で随分と着飾った客層が増えていたが、テーブルの間を通り抜ける際に見られた表情は3つ。
優劣を勝手に競い、勝手に敗北宣言を繰り出していたモノ。
ぽうっと見詰め、勝手に夢か現か現状の確認に入ったモノ。
明らかに狙う獲物を見つけ、隙あればハントしてやろうと狩りモードに入ったモノ。
気付いて慌てて視線を逸らすものも多数あった。
ふン、喧嘩なら買ってやるぜ?
エレガントなラインを描く白い階段を下りて、グランドフロアにあるラウンジに向かった。
ジャズピアノが静かに流れる中、レザーの深いソファとローテーブルが落とされた光の中、メインになって配置された場所。
音に視線を上げてきていた蒼に笑いかける。
「ジャックしてこいとか言うなよ?」
きゅう、と笑ったサンジが。
「もっと聖地巡りしたい?」
と言ってきていた。
「他人のを聞くくらいなら自分で弾くさ、」
「じゃあ、ジャックしてきてくれたらいいのに」
ひらりと手を振って、案内されたソファに身を沈めた。斜め横でサンジも同じようにソファに腰掛けていた。
「この間、ジャックしない理由は言っただろうが、」
「ん……?」
柔らかいトーンのサンジに片眉を引き上げた。
「覚えてなくても二度は言わないぞ」
「忘れるなんて、シマセン」
目を輝かせた給仕のオンナが、すい、とメニュウを書いたカードを差し出してきた。
場違いに甘い声が、耳に心地よかったのかもしれない。
アームレストに肘を突いたサンジが、優雅な猫のように姿勢を崩していた。
「好きに飲んでいいぞ、今日は車じゃないから付き合ってやる」
カードを押し出してやり、にぃ、と笑う。
「酔えそうも無いんだけど…?」
「なぜ?」
「覚えてたいから、」
とろりとした声のサンジに、くくっと笑った。
「オレが代わりに覚えていてやるって」
ブラックルシアンをサンジが頼み。
食後で呑むわけだし、さっぱりとしたものが欲しくなって、アヴィエイションをオーダした。
ドライジン、レモンジュースとマラスキーノをシェイクしたシンプルなカクテル。
酷く嬉しそうに給仕がオーダを引き受けていき。
サンジはす、とどこか色づいているように見えなくもない唇を引き上げていた。
「あのな…?」
「ン?」
斜めに置かれたソファの上で、上体がす、と反対側に傾いていたのが寄せられていた。
口端を引き上げる。
「ピアスつけたい。ダメ…?」
くくっと笑ってアームレストに預けていた腕をひらりと振った。
「オレがいつもしてるだろ。アレでガマンしとけ」
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