同じドライヴァが迎えに来た。
増えていた荷物に、トランクを黙って開けてくれて。それからヴァ―ミリオンまでは挨拶と今日は涼しい夜で良かったという
程度の言葉、それだけを上らせていた。
フレンチクォータのメインストリートはジャズの音も溢れてくる賑やかな通りだったけれど、その少し裏は落ち着いた古い佇まい
のままのショッピングストリートだった。
「二つも要らなかったかも……?」
「別にいいんじゃないか?」

ウィンドウを眺めて歩くうちに、3軒目。そこに探しものがあった。古いオリエントの絹地を使って新しく作り直している店。
タンモノ、っていうんだっけ…?マダムが教えてくれた、絹のロール。
閉店する間際にやってきた突然の客にも、色々と話しながら教えてくれた。
テキスタイルデザインも、必修科目だったから多少の知識はあってもプロの話は何だって面白いから、シルクワームの種類が、
いまと100年前のものとは違うから絹の重みだとかとろみは艶が違う、だとか。染色のハナシであるとか。接客っていうよりは、
マダムも機嫌良くお喋りしている延長みたいだった。そして視線を流して、ゾロが店のなかを丁寧に見ているのにウィンクして
いた。「テキスタイルにあまりご興味はないようね」そう言って。
「そのわりには、手触りには相当煩いかもしれないです」と返せばにこにことしていた。

ちら、とゾロをみれば、何か興味を引くものでもあったかのかな?年代モノのディスプレイケースのなかを覗いていた。
それはしなやかな、優雅な仕種で。
探し物を告げれば、マダムはそれならば色無地にしましょう、と微笑んで。
古い「綸子の反物」から新しく作った、と出してくれた。ローブ代わりのものだから、サイズはユニセックスにしている、と。
東洋系のヒト独特のしなやかに細身のマダムは笑って。
「こちらの女性はしっかりした体型の方が多いでしょう?」とこっそり言っていた。

とろりとした手触りの、しなだれるような重みが肌に気持ちの良いシルクの中から、黒を選んで。
マダムが、きら、と目を煌めかせるのに首を傾けたなら。
「少しお待ちになって、」
そう言うなり奥へと消えて。ゾロに目をやろうとしたなら、何かを店員から受け取っているところだった。へえ……?
「これを、いかがかしら。こちらの方がきっとお似合いだわ、」
そう言って戻ってきたマダムがさらりと広げたのは、同じように黒だけど、襟?のところが……
「“半襟”を赤の縮緬にしているの、この方が艶やかだわ、黒一色より」
――――別に、艶やかじゃなくてもいいんですけれど、と答えたなら。
「ビッグママ」みたいな笑みで返されただけだった。――――なんだろう?

それから、もうヒトツ。赤、これは個人的に好きなんだけど。
あの部屋にはトゥーマッチだな、と思っていたなら。
なにしてるんだ?とでも言うゾロの視線を感じた。迷うこともない、って、いつものヤツだ。―――むぅ。
にこ、と目で微笑むマダムにちょっと待ってくださいね、と表情でお願いしてから、ゾロに目を合わせた。
「襟もと、赤一色と、白か、黒。どれがいいかなぁ?」
どの絹も、地の文様は違っていたけれど、絹が作られた時代は一緒らしかった。そういえば、赤の深みや色調も少しずつ
違ってる。マダムは、これこれ、と。赤一色を指し示していた。一番、深い色味だった。
「臙脂色と黒緋(あけ)を混ぜたような色でしょう、映えると思うわ」
自信たっぷりに宣言されてしまったけど。
クリムゾンレッドとローズブラウン、と色味をちゃんと言い直してくれたから頷いた。
その2つに決めて。とても華やいだ笑みに見送られてその店を出た。

「サマードレスとローブの中間くらいに思ってくれって、」
マダムに言われた但し書き?をゾロに告げてみた。
「ふゥん?」
「でも、部屋の中でしか着ないよ、すーすーするもん」
片手、携帯でドライヴァを頼みながらもう片手で頭をくしゃくしゃとされた。
どこか冴えたトーンで短めなリクエスト。
ラウンジで、軽く交わしていた冗談めかした遣り取りとのときとも少しだけ違う。
そんなことを思って。

さっき、何を買ってたのか聞くのをそのときに忘れていたことを、ヴァ―ミリオンのゲートが見えてきた今になって思い出した。
「これ、きょう着たい、」
「ドウゾ、」
「いい?」
じゃあ、黒の方だな。
「さっきさ?」
「んー?」
「なにかおまえ、好きなものみつけた?」
「あァ」
「へえ?なに?」
なんだろう?
興味あるんだけど、非常に。

くす、と小さな笑みと。
そのまま、指が唇の前まで引き上げられて、「ナイショ。」とグリーンが煌めいた。
動作と口調と、全体のトーンのギャップが酷く―――絶妙で。
だけど、あのグリーンのヒカリには用心しないと、かもだな?もしかしたなら。
「部屋に戻ったら、着替えて飲みなおそう?」
だめかな、どうだろう。
返事が返される前に、
クルマはエントランスの前に静かに到着していた。


エントランスを入れば、もう夜は随分遅くなっていたけれど。
エレヴェータホールに行くまでの間に、静かな談笑のトーンから、なんだか何かを抑え込んだものに変わっていたけど。
確かめる間もなく、エレヴェータに乗ってた。
ああ、あのトーンに似てるかも。オトウトかと訊かれるときのもの。

明らかに機嫌が良いゾロをエレヴェータの中で見上げた。
グリーンが、ますます光を弾いていて、剣呑じゃないのにどこか物騒だ。連想が―――ハント前の肉食獣と繋がるからかも
しれない。
目線に気付いたゾロが、く、と口端を引き上げてきて。
そのラインに、押し込めたハズの感覚をひどく間近で感じて、鼓動が喉もとまで競りあがったかと思う。
部屋、鍵を開けてくれたゾロの先に入って。エリィがリヴィングから小さくないて寄越した。
そのまま進んでいく。だって、カオ。なんだろう、あわせずらいじゃないか。

「先にシャワー浴びて着替えるから」
そんなことをエントランスにいたゾロに言って。マスタベッドルームに付属するようにあるサブバスルームに行きかけていたなら。
「イッテラッシャイ、」
ひら、と手を軽く揺らしてきていた。
――――うぅ…?

薄いペーパーで包れていた黒のシルクをそのまま持ってバスに飛び込んで。
いまさらながらに、心臓が早い。
温めのシャワーを頭から浴びて、なんだか体温の上がりっぱなしの身体を少しクールダウン。
水気を拭った身体に、シルクを羽織って。そのしなやかな重みに気分がすう、と軽くなる。
正解。

「ゾロ、ほら、」
リヴィングに戻った。立ったままで、ゾロを見遣り。
ソファから身体を起こしたゾロがすい、と横に立って。肩をやわらかに撫でられる。シルク越しでもその掌の熱が伝わって。
また笑みが浮かんでくる。
片方の指先、まだ少し湿った髪を後ろに撫で付けるようにされて。
なに、と唇に乗せ掛けていたなら。
胸元、微かな冷たさが滑り落ちて。身体が少し、揺れかける。

金の細い鎖と、その先に―――大きめなカラットのトパーズが揺れていて。
「―――ゾ、」
ぱち、と耳元。左耳の間近で音がしたのと同時に、耳朶を挟み込まれる。
「……っ、」
一瞬走った僅かな痛みに声が途切れて。
「鏡見てもいいが外すなよ、」
見上げたなら、唇に口付けられて。
なに―――イヤリング……?
さら、とゾロがバスへと行くのを見ていたけれど。その間も、ずっときつめの抑えなんだろう、耳元が疼くみたいになる。
落とされた囁きがそのまま残ってでもいるみたいに、ずきずきと熱を持ち始めて。
似合うよ、と低いソレ。

知らず、唇を噛んでいた。
飲みなおそう、なんてわらってたのに、――――身体、これ
火照った耳元。鼓動と同じようにじん、と少しずつじんわりした痛みが存在を大きくしていって。
指先で触れる、少しだけ下がった―――フープ…?小振りな。
外すな、って、でも、これ――――痛い、かも。
リヴィングの鏡、時代を経てきたそれに映った自分が遠く見えて。耳元、光っていたのは―――金の光。

つくん、と。その存在を主張する鈍い痛みと。また、身体の奥で何かが目を覚ましてく。
最初は冷たく存在を主張していたトパーズも、上がった体温と同化していて。
息を詰めて、鏡の側で壁に凭れた。
する、と肌を滑る絹の音が奇妙なくらいはっきりと聞えて。神経が過敏になってるんだ、わかる。
も……寝ちゃおうかナァ。半分涙声な独り言。
だって、耳、痛い―――

泣き言を洩らしていたなら、のびやかな長閑さを纏ったままのゾロがローブを羽織っただけでバスから戻ってきて。
穏やかな風情、片手には水のボトルを持って。だけど―――
側まで来ると、耳元。肌に押し当てるようにした唇がまだどこかわらっているようなトーンで囁きを落としてくる、いいコだな、って。
「―――っん、」
ひく、と肩が跳ねる。
首からかかったチェーンがまた微かな滑る音を立てて流れて。
「酒よりオマエがいい、」
低い、甘い声。囁きまで落とされて。響いてくる、深くに。

「……ふ、ぁ」
噛み締めていた唇が解けて、熱いだけの息が零れて行く。
つく、と耳元。金の輪が嵌められた方がまた疼いて。
浅いところに潜んでいた悦楽の名残が、肌に溶け出していくかと。
腕に、身体を抱え上げられて、あまいだけの吐息を強請るように零して。
ソファにするん、と下ろされた。
「ぞ、ろ…、」

シルクの上から、火照って走り出しそうな身体を宥めるように撫でられて。
けれど手指の間を絹が波を作って流れてく、その滑る感触にも肌がさざめいて。
泣き声みたいに小さな喘ぎ、零れてった。
触れたくて、顔を上げて。見詰めてくる翠と空で眼差しが絡まる。穏やかな笑みを刻んだまま、それでも煌めいて。
欲されている、とわかる。身体がまた奥から熟れだしていくかと。熱さが拡がっていく、全身に。

腕を回したくて。
乾いたコットンの感触、肩に触れる。
くう、と喉を反らす。
吐息、間近で感じて。つき、と左の耳朶が疼痛を訴えて。
唇、柔らかに触れるそれが左にずれていき。神経がその動きを追って。
「…ぅ、ん、」
そうっと押し当てられる乾いた感触に息を零して。
でも。

「…っ―――ァ、あン…ッ」
耳朶を引かれる感触、輪が外されていき。押さえが無くなって火照って痛みが広がったその場所を。
尖った牙で穿たれて、背骨の中心を痺れが走り落ちて。
跳ね上がった腰、絹の合わせ目の間から手が滑りこまれて。
「―――んぁ、ああっ」
中心を、手指にきつく握り込まれて。びくびく、と身体を震わせるしかできなかった。

熱を持って、疼きと血の脈動だけでどうにかなりそうなのに。
耳朶を唇で塗らされて、食まれ。ゆるくキツク噛まれるようにされて。
熱を持ち濡れた中心を手指で高められて。
「ぃ、…ぁ、ああ、っん―――、」
割られた片膝、震えて。
身体が跳ねるたびに、流れる絹の音がそこだけ涼やかに聞こえる、刹那。
もう、身体になにも溢れるものは無いと思うほどだったのに、疼きだけじゃなく。
「…は、ぁ、―――ぁう、」
絹が、引き上げられる手に沿って揺れて。過敏な肌がそれにも神経を焦がしていく。

「ぁ、あ、だ…め、…も、」
唇、言葉の欠片が落ちて。
首、逸らしたくても。牙を耳朶に立てられて。
濡れきった声、上げて。
ゾロの手指を濡らして、嗚咽めいた喘ぎも零した。




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