ヴァ―ミリオンからまたタクシーでフレンチ・クォータまで出て。
カジュアルだからリモじゃなくて黄色いのがいい、とベルボーイに言ったなら苦笑していたけど。
わざわざ、ドライヴァ名を指定して、どこかの会社に電話してくれてた。
だけど、帰りはこちらまでお電話ください、と笑顔でゾロに昨日のドライヴァかな?ネームカードを渡していた。
ホールドアップに会うようには見えないと思うんだけど。ホスピタリティがなによりのサーヴィス、の地をいくね、ここは。
それから少しだけフレンチクォータを歩いて。涼しくなり始めた風がやっぱりどこか潤っていて、サウスなんだなあ、とまた
何度目かに実感した。
そして、道を何本かメインストリートから逸れて入って、角も2−3回かな?曲がって。
古い石畳が残る一角に、明かりが落ちていた。
ぱっと見ただけだと、古い石壁が反りたって酷く四角張って面白くも何とも無い倉庫じみた壁に、嫌味一歩手前の飾り文字で
Bistro PREMIATAとだけ、マットなゴールドが飾りを添えていた。
ふぅん―――?
「面白そう、いこう?あそこでディナ」
ゾロを見上げてそう言って。
「オーライ、」
「うん」
背中を軽く押されて促がされるままに中へと入っていけば、まず入口にぴし、と黒のスーツを着たレセプショニストがいたから
笑いそうになった。
ぜったい、表のBistroっていう呼称は洒落か、面倒だからそのままなのか。
すんなり中へと案内されて、そういえばこのテの場所で断られたことって無いよなぁ、と思っていた。
「ご無理させてませんか?」
「いいえ、とんでもない」
そうレセプショにストに返されてにっこり、でオシマイ。
インテリアは、ヴァーミリオンとも昨日のところとも正反対な、モダン。
それでもウッドを多めにつかっているから軽すぎずに落ち着いたいい具合で。テーブルはもう7割くらい埋まっていた。
まだ微妙に早い7時くらいだったこともあったのかもしれない。プレミア―タ、なんてイタリア語の店名の割にはヌーベル・フレンチ
と国籍不肖なメニュはどれも美味しそうで、ワインリストは分厚かった。
フォアグラと無花果のテリーヌ、ムール貝と蛤のマリニエール、グリーンアスパラとポーチドエッグ、とか。アントレとワインばかりでおれは済ませて。
ゾロは、フォアグラと鴨肉のパテや、オマールのロースト、これはキレイに四角に切られていてピンクのサイコロがソースと付け合せのこれまた四角に切り揃えられたグリルされた野菜と一緒に並んでいて見た目が面白かった。一口もらったら、味も合格。
ポルチーニのホワイトソースのパスタも中々美味しそうだったし。一口だけ、またもらったブイヤベースも、絶品だった。
ゲストは、どうやら―――殆どが地元の人たちみたいだった、年齢層は―――上限が、ヴァーミリオンのゲストの平均年齢
X2分の一、といったところ。
だから、ディナを終えることにはほとんどのテーブルが埋まる満席になっていても、不思議じゃなかった。
良いカン、と笑えば。
賭けはおれが勝つけどな、と。来る前に部屋で話していた話題に軽く触れてきたゾロに、
「だから、ナイナイ」
そう笑って、ワイングラスを空にした。
「あんまり呑むなよ、お草臥れサン」
笑みと一緒に言われて、思わずグラスを倒すかと思った。
「―――ちゃんとカロリー摂取してるからヘイキ」
それに、とゾロにむかって人差指を揺らした。
「ナンパどころか、目逸らされてるくらいだよ、さきからおれ」
オーダを取りにきたウェイタしかり、プレートを持って来てくれたウェイタしかり、ソムリエの女性然り、そう指を折ってみせた。
「どうかな、」
わらったゾロが。アルコール量と疲労に注意、と微笑んで会話を打ち切っていた。
「じゃあ、さ?」
「んー?」
「さっき、テーブルに案内されるとき奥のほうにバーラウンジ、あっただろ?」
そう、ビストロなんて言ってるけどしっかりまたそういうスペースも取ってある店だったんだ、ここ。
「大人しくしてるからナイトキャップひっかけて帰ろう?」
「いいよ、」
「賭けはおれの勝ちだな」
ゾロの口調を真似てみた。
ヴァーミリオンのアンティークな内装に慣れていると、街に出た瞬間、空間がねじれるような印象がある。
けれどこの名ばかりはビストロなレストランのモダンな内装は、どこかヴァーミリオンと同じテイストを持っていた。
それは多分、クオリティの高さなんだろうと思う。
実際にソファ、テーブル、差し出されたグラス、カトラリのシルヴァウェア、花瓶の一つとってみても。
アンティークの持つ重厚さはない代わりに、フレッシュに切り出された感性が滲んでいた。
カウンタの奥から時々覗いては、数人の客と言葉を交わしていく初老の男性、彼がこの店のオーナなのだろう。
きちんと整えられた髭や、着こんだ黒のベストなどまでもが、総てこの店と調和していた。
年若いバーテンダやウェイタたちには見習えないレヴェルで、発しているオーラの度合い、色相、それらが統一されている。
“良い店”だと素直に思う。
そしてこの店に集う客層が、“赤い鳥”より遥かに選ばれていることを感じ取る。
オーナが言葉を交わす人間は、常連客以外にはいないのだろう。
特にバーテンダが紹介するわけでもない、ウェイタが挨拶するでもない。それでも数人と代わる代わる、にこやかに談笑していた。
その客ら総てに共通するのが、一定の安定したオーラだ。
年齢はまちまちで、オーナと同じ頃の人間もいれば、―――同い年くらいのもいる。
全員がこの店の空気に馴染み、ここにいることが自然のように見える。
バーボンを傾けながら、そんなことを思っていた。
カウンタに席を取っていた若めの男と喋っていたオーナがちらりと視線を合わせてきた。
にっこりと笑みを寄越され、軽く会釈して返す。
隣でサンジが“チャーマー”を飲んでいた。
スコッチとブルーキュラソに、ドライベルモットとオレンジビタァを合わせたエメラルドグリーンのカクテル。
淡いオレンジに落とされたルームライトの光を、グラスの端が弾いていた。
サンジも―――居続ければ常連と成り得るだろう。カジュアルな装いに反して、この部屋に馴染んでいた。
育ちの良さが滲んでいるのだろうか。
店内に軽く流れるピアノジャズのCDが、より一層総てを柔らかく、軽いものへと変えていた。
ふいにその空気が掻き混ぜられ、“特別”な客が現れたのが解る。
気配が酷くレイディエントで、一瞬穏やかに落ち着いていた客が浮き足立った―――オーナとカウンタに座っていた一人の男を
除いては。
オーナと黒髪の男が軽く言葉を交わし、けれど新しい客こそが待ち人だったのか、軽く手を上げて挨拶をしていた。
赤い髪も鮮やかな新しい客が、顔見知りなのだろう、数人と軽いハグやキス、挨拶を交わしながら店内を横切っていっていた。
既視感―――ああ、あの役者、まだ生きていたのか。
ドラッグと退屈に溺れ死んだと思っていた、シカゴの片隅で聞いた噂では。
それにしては―――随分と今の方が、昔映画に出演していた頃の“顔”に比べて“生きて”いる。
―――余計なお世話か。
それにしてもどんな気分なんだろうな、こうしてまったく知りもしない赤の他人の記憶に根を下ろしているというのは。
騒然と浮きだった気配に気付かず、サンジはのんびりとエメラルドグリーンの冷えたアルコールを啜っていた。
目線の先では、件の役者がオーナに軽く腕を回して頬に口付け、カウンタに座っていた男のこめかみあたりに口付けていた。
何言かを交わし、オーナのにこやかな目線を追って―――やべェ、目が合いやがった。
それこそ“魅了的”なエメラルド・グリーンが黄金の光を帯びて煌く。
隣の硬質な灰色の目をした男とも視線が合った―――ご愁傷様、と書いてやがる。これは覚悟しろってことか?
オーナはただ面白そうに、なにをしでかすのか様子見、ってところか。
これだけ趣味のいい人間が止めないってことは、そこそこ弁えてはいるってことなのだろう。
にぃ、と。艶やかに部屋の向こうの男の口端が吊り上っていく―――性悪だな。
“クエナイオトナ”連中と同じコンビネーションかよ。名前が一致しても驚かねェぞオレは。
サンジが漸く気付き、ふ、と見詰めてきた。
サンジの耳の側に口を近づける。
「呑まれるなよ、」
「―――――ん……?」
囁いてみれば、チャシャ猫の視線が面白そうに跳ね上がったのが見えた。
すたすたと優雅に近づいてくる大猫の気配。
柔らかい声のままのサンジは、囁いた言葉の中身を理解しなかったらしい。
それ以上なにか言う前に、甘い囁き声に近いトーンが響いてきた。
「こんばんは、良い夜だね、」
合わせた視線、緑の中で金が煌いていた。
サンジも隣で見上げている。
口端を引き上げてやる。
「オレの記憶に間違いがなければ、“シャンクス”?」
にぃ、と男が笑みを刻んでいた。
ゴキゲンな猫―――ベイビィより凶悪で性悪なのは確実、な。
「―――へェ?生きてみるモンだ、まだおれのことを覚えてるニンゲンがいるヨ」
とろりと蜜が滴りそうなトーン、ただしそれは毒かもしれない、そんな声が応えてきた。
「キライじゃなかったさ、最後の映画。ゴテゴテの意味不明宮廷劇」
「うれしいな、」
ふわ、と男が艶やかに微笑んだ。ブラッドレッドがオレンジを弾く。
それからサンジに目線を合わせていた。
まじまじと見詰めるサンジの視線に気分を害する様子もなく、シャンクスがまたにっこりと笑っていた。
面白い獲物を見つけた猫と同じ目線。
コネコチャンじゃ荷が重過ぎるか?
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