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 温かいなかにいるのがわかった。水だってこともわかった。
 リラックスして眠っていると、寝起きが全然覚えが無い。逆に、少しくらい寝不足の方がフツウに起きられる。
 水の流れてくる音が聞こえて。
 それも近く、足元から―――?
 水とは別の温度がゆっくりと広がって―――背中の方から。
 意識がすこしだけ、浮かび上がってくる。視界が戻るより先に、感覚。
 温かな水が少しだけ表層を揺らしていくのと、さらさらと肌を撫でていく穏やかな―――小さな水音聞こえた。
 それから、香り。
 背中の温かさに身体を全部預けるようにした。
 
 「――――――ぞろ、」
 包み込むものの正体って、おまえだよね。
 ゆっくりと目が覚めていくのが気持ちいい。
 水の中で、手を捕まえる。
 そのまま引き上げて、濡れた掌に口付けたなら。
 「漸く目が覚めたか?」
 小さな笑い声と一緒に言葉が直に落としこまれて、柔らかなキスがその後を追いかけてきた。
 「――――みたいだ、」
 まだ、どこかぼうっとした自分の声にすこし笑う。
 
 朝飯に行くか?って言われて。
 振り向こうとしたなら、続きは。
 「それとも気持ちよくなるか?」と。穏やかに笑っている声で引き継がれて。
 捕まえたままだった片手分を、身体の前に回して。指先に口付けた。
 身体の重なってる箇所から、小さくわらってるのも伝わる。耳からだけじゃなくて。
 
 身体をゆっくりとずらして。心臓の上に唇で触れた、そうっと。
 「もう目、覚めたから」
 「オーライ、」
 目線をあげて、微笑む。
 キスが落とされる前に、「じゃあ洗って支度して行こうか、」と言葉。
 「んー、」
 目を閉じて微笑んだ。一瞬。すぐに開けないと、また眠り込みそうだよ、おれ。
 
 「ゾロ、」
 少し身体を浮かせる。
 「ん?」
 「おれって、いっつもこんな?」
 寝起き、悪すぎると思う我ながら。
 穏やかに優しいままの眼に問い掛ける。
 「そう。かなりかわいいぞ?」
 くぅっと唇が引き上げられて。
 低く笑ってるけど、―――――う。
 何だかどうしようもなく照れくさくなった。表情が、雄弁すぎる、だってさ。
 イトオシイ、って顔じゃあないのか…?ソレ。
 
 ダメだ、言い返せないや。
 ふわ、とまた笑いかけられて。
 おれが一人で密かに混乱してる間に、バスタブの栓が抜かれていた。けっこうな速さで水の表面が低くなってく。
 「改善する」
 どうにか一言、引っ張り出してきて。
 シャワーヘッドを掴んで立ち上がって。貧血にはなってないからダイジョウブなのに、腰の辺り、すいっと押し上げられた。
 
 ―――わ?
 なんか……、あ。止そう、ますます顔赤くなるだけだ。
 タップの、熱い方よりに温度を変える。なんか、うん。温度で誤魔化そうって?うわ。
 そんなことをしてる間にも、なぜかスポンジがすいっと後ろから伸びてきて、わ?
 「出来るよ?」
 「甘やかさせろよ、」
 笑みをたっぷり含んだ声に。
 なんだか全部を放棄した。
 照れだとか、――――そういったモノ。
 おれを構うのも、エリィのブラッシングも多分同一線上かもしれないし。
 まっしろのタオルでさら、と拭かれて。バスタブから出てシンクにもたれかかってそんなことを思った。
 同じ深度だったら、そこは文句もつけないと、だけど。
 
 ぼうっとしていたなら、着替えないのか、と。スポンジを腕に滑らせていたゾロに言われた。
 どうせなら、もう。言うぞ、おれは?
 「髪も乾かしてくれるの待ってる」
 「水でも先に飲んで来い。戻ってくる頃には、オレも終わってるだろ」
 「鑑賞してからネ」
 に、とわらってから、洗顔その他すませて。鑑賞もした。
 
 キレイに模られた身体だよな、と。
 骨格とか、基本の型がそもそもいいんだろう。
 「見ごたえあるネ」
 軽口を残して、バスを出た。
 くく、と。わらってる声が聞こえた。
 
 チェストから服を出してたら、エリィが足元に走ってきた。
 「オハヨウ」
 見下ろす。
 「おまえもさ、おれを起こしなよ?」
 両足を揃えて、「起きた」と自慢しに来たエリィに一言、
 
 カンタンに着替えたなら、バスからゾロも出てきて。
 きっちり、水滴一つ残っていないみたいだ。
 横に立った相手を少し見遣った。
 「タオル一枚が妙に似合うのって、当人としてはどうなの」
 感想、とからかって。
 もう自分は服を着てたから言えたセリフではあってもね。
 
 する、と。
 腕が伸ばされて、ドロワーからいい具合に色落ちしたヴィンテージ、それを引いていった。
 「ナンパには使えないな」
 同じように軽い口調。
 「ううん、ビーチでも微妙だねぇ、それは」
 とん、と。
 陰影のキレイな背中を指先でタップして。
 わらった。
 
 フライフロント、それがぱらぱらっと外されていって。
 また嵌められていく。
 「もうすこし、腰がひくめだったらいいのに、ソレ」
 まぁ、ヴィンテージだから型がちょっとクラシックなの仕方ないけどなぁ。
 「なら次に買い物に出た時にでも、選んでくれ」
 「んー、いいよ?おれに遊ばせてくれンの?」
 低い笑い声が返事、オーケイだな、楽しみだ。
 
 エリィを抱き上げようとしたら、く、と。
 ゾロが親指でバスルームを示して。
 「もう、半分乾いてるからイイ。ブレックファスト食べに行こう?」
 そう返しても。
 「風邪引いたら後が辛いぞ、」
 「引かないって、夏だよ」
 そう言うのに、あっさり却下された。
 「夏風邪は拗らせたら長い」
 すい、と方眉を引き上げられたら、これ以上食い下がれないし。
 「乾いてるのに」
 最後の一言は、そういえば。
 エリィの漏らす、「に」、って言う抗議と一緒の軽さであっさりと無いことにされた。
 「根元は濡れてる」
 
 「おまえも、上。着ないと風邪引くよ」
 バスルームでまた言っても。
 あっさり温かい風に紛れてた。
 指が髪を梳いていく感触がでもきもちいい。
 容を変えてく腕の造作とか。これは見ていて気持ちがいい。
 「なにか言ってくれないとまた寝そう、」
 「つむじ」
 「――――ぶ」
 鏡越し、目で笑っても。
 とん、とキスされて。
 わらっちまう。
 ふわ、と。
 微妙に軽いトーンの口調に、ヴァケイション、って単語がぽん、と結びつく。
 
 「ほら、終わったぞ」
 風が止んで。鏡の中に目線をあわせたまま、微笑んだ。
 「ありがとうございます」
 「どういたしまして」
 「だいすきだよ?」
 ふわ、と。
 翠が鏡のなかで和らいで。
 そのまま、髪にキスされた。軽く片腕を回されて。
 「オレもだ、」
 ――――うれしいな、ほんとうに。
 
 
 
 
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