石造りの古い町並み。
どこか見覚えがあるようで、無い。
早めにチェックアウトを済ませて、荷物を積み込んでジョージタウンにやってきた。
車は簡易駐車場。
エリィには、昨日サンジが購入していたリーシュがしっかりと付けられていて。
きらきらと煌くソレは、サンジが握っていた。
ふわふわとエリィのヒゲが風にそよぐ。
さら、と音を立てていそうに揺れるブロンドは、陽光を吸い込んで煌きを増していた。
グラス越しなのが残念だ。
だからといって素顔を曝す気にはなれないのは、―――性分、だな。
朝飯にサンジと連れ立ってラウンジに降りていった時に比べれば、街は動いているだけマシ、か?
それでも中型犬ほどの猫を連れた"ビジン"に、視線が集まっているのを感じる。
サングラス、嫌がって車の中に置いてこさせちまったのが反省点、か?
まあ、素顔が問題なのはオレであって。サンジが楽であれば、それでいい、か。
朝食。
絵に描いたようなコンチネンタル・ブレクファースト。
トーストの代わりにオートミールの選択も可、で。
建物と同じくらいにクラシックな献立だった。
スクランブルエッグ、ベーコン、サラダとヨーグルト。
素材がいいのか、味は素朴ながらも美味かった。
サンジは、スクランブルエッグを少々と、果物にヨーグルトを食べていた。
飲み物にはグレープフルーツをチョイスしていて。
やはり珈琲を頼んだオレに、くすくすと笑っていた。
サンジがそうやって笑う度に、ホールに居合わせていた客の何名かが息を呑んでいた。
ああ、解っている。相当"綺麗"なんだろう?
薄いアイスグレイに存在感を示さない細い白のストライプのストレッチコットンのシャツに、白のボトムス。
足を組みかえるたびに、革のサンダルがぱた、と音を立てていたのも、客の耳は拾っていたんだろう。
そうっと合わせられては申し訳なさげに反らされていく視線。
ビジンと連れ立っていれば目立つのは仕方が無い。
朝食でサングラスをかけているのもヘンだから、これも仕方なく素顔を曝してダイニングに居た。
サンジはそれがまた嬉しい、という顔をして。
ふわふわにこにこと柔らかに艶が混じった笑みを浮かべていた。
演じるなら―――休暇中のアイドルとボディガード、か?
少なくとも"兄弟"よりは信じてもらえそうな気はする。
通常では考え付かないような思考を遊ばせる。
挨拶に来た女主人に、よく眠れたかどうか尋ねられ。肯定した。
たしかに気持ちよく眠りにつけたしな。
朝食も美味いか、と訊かれ、苦笑する。
この視線がなけりゃ、な。
サンジは人懐っこい笑みを浮かべ。"おいしいです"と述べていた。
女主人は、明らかに悦んだ。
沢山食べて行ってね、とカノジョは言い残し、次のテーブルに移り。
最後まで珈琲を飲んでから、サンジを促した。
たくさん食べろよ、と言っていたサンジに、一通り食った、と返しながら。
ジョージタウンは静かな町だ。
古い建物、大学が有名なせいか、年寄りと学生らしき連中ばかりがしきりに目に入る。
昔からこの土地に住んでいる住民と、サマー・セッションで通学してきている学生たち。
サンジがすい、と見上げて来。
「おれの行ってたところと全然違う、」
そう言って楽しそうにしていた。
そういえば、サンジは美大に行っていたと言ってたっけな?
「エリィが一緒だからもぐりこめないのが残念だな、」
笑いながら、エリィのアタマを撫でてやる。
くるくる、と喉が鳴っているのが伝わってきた。
「おまえ、助教授には……、あぁ今日はちょっと見えないかな」
ふわ、と微笑んだサンジに口端を引き上げる。
「院生くらいには見えるか?」
「んー、」
頷いた拍子に顔を隠したサンジの髪を掻き上げてやる。
蒼が見詰めてきて、頬を指裏でそっと撫でる。
「眩しくないか?」
く、と一瞬目を細めていた。
「うん、みていたいものがあるしね」
甘い口調に、苦笑する。
ああ、ほら―――通りの向こうで予期した通りにクラッシュ音。
余所見していた学生二人、徒歩と自転車乗り。
見なくても、視線がサンジに合わさっていたのは解る。
エリィが耳を動かしていた。
サンジが音の方に顔を向けていた。
く、と首を傾け。怪我したかな、と呟いたサンジに苦笑する。
「不注意1秒、怪我一生、って事態にならなくて幸いだな」
あれくらいならなんとかなるだろう。幸いどちらもスローペースで移動していたしな。
「なんのトラフィックがあったんだろう?なぁんもないよあのあたり」
「ああ、きっとヒカリが眩しかったんだろ、」
すい、と目線を戻してきたサンジに、古い教会の側にあるカフェを指差した。
「休憩していくか?」
「ん、景色いいしね」
ひょい、と一瞬くっ付いてきたサンジの髪を撫でる。
「鐘の音がきけるといいなあ」
柔らかな口調は耳に馴染む。
「もう直ぐ10時だしな。聴けるだろ、」
ストリートに面した位置、白いガーデン・テーブルとチェアが並んだ角に行き、椅子を引いてやる。
「おまえはおどろいちゃだめだよ、」
エリィの額にサンジがキスしていた。
それから、すい、と目線が上がってきた。"アリガトウ"。
「どういたしまして」
にこやかにやってきた初老の女性にメニュウを貰う。
通り向こう、何人かの学生がちらほら視線を寄越してくるのを感じる。
道を歩いていく老夫婦は、じいい、と視線を寄越してくる。遠慮は無いが、無礼でもないのは。にこにこと笑っているからだろう。
「またコーヒー?」
く、と顔を見上げてきたサンジに笑う。
「たまには別のものにしようか、」
「こんなのは?」
エリィを寄越せ、と指でちょいちょい、と示す。
ずっと抱えてたら重いだろ、オマエ。
メニュウを指していたサンジが気付き。
ん?と目で笑ってから、ハイ、と言って渡してきた。
エリィを抱き上げてから、リーシュの端を貰う。
コロコロ、とキゲン良さそうに喉を鳴らすエリィを膝の上に下ろしてやり。
サンジが示していた先を覗き込む。
――――――アイスクリーム、よりによってキャラメルファッジ・フレーヴァ、しかもエキストラ・マシュマロ付き。
「甘いのはオマエだけでいい、」
苦笑して、にこおと笑っているサンジに片目を瞑る。
「キャラメル・フレーヴァ?うわぁ、」
「オマエ、それ食ってもっと甘くなっておくか?」
くっと笑ったサンジに、軽口を落とす。
目の端で拾い上げるのは、どうしても珈琲メニュウばかりで自分に苦笑する。
人もまばらだったカフェに、どんどん人が入ってきてるのは―――サンジの効果、なんだろ。
「カフェ・ヴィエナ?ジョージタウンで、」
トン、とサンダルの先で足を突付いて来たサンジに、に、と口端を引き上げる。
「いや、たまには―――アッサムでも飲もうか」
あれは確かあっさりとした口当たりだった筈だ。仄かに甘みのある。
オーダを取りに来た笑顔満開の老婦人に、カプチーノとアッサムティ、それからエリィ用に温めのミルクを
浅いディッシュで頼み。
テーブルの上に置いてあった、ステンレスの灰皿をサンジの前に差し出す。
「要るか?」
す、とサンジが微笑み。
「アリガト」
ポケットから薄い銀の細かい細工が入ったシガレットケースを出していた。
同時に小振りなクラシック・デザインのライタも。
ライタを引き寄せ、煙草を咥えたサンジに火を点けて出してやる。
目を合わせ、すう、と甘い笑みを登らせてから、目を伏せて火を移していた。
長い金の睫が陽光に煌く。
白い煙が立ち昇ったのを見届けてから、火を落とす。
エリィが短く鳴いていた。
甘みを含んだ質の良い煙草の匂い、オマエ結構好きだもんな?
ドライヴ中や、狭い空間では絶対にサンジは吸わない―――オレへの気配り、なんだろう。
細い指に煙草を挟み。す、と煙を細く空に返し。
「エリィ、セカンダリースモーキング止しなさい」
そう薄く微笑み、説教口調で言っていた。
に、とエリィが抗議の声。
笑って背中を撫でてやる。
「マミィが好きなものは好きなんだよな、エリィ」
サンジにしか聞こえない声で、軽口を落とす。
きゅ、とサンジが口端を引き上げて笑い、紫煙を吸い込んでいた。
「悪癖だよ、コレ…」
そういいながら、目でこら、と言ってきていた。
くく、と笑う。
「そーれに、だぁれがマミィだ」
笑っている口調のサンジに、エリィと視線を合わせる。
「オレかもな?」
言えば、エリィがまた、に、と抗議していた。
「だとよ」
「認知シマセン」
くすくすとサンジが笑う。
ふわ、と軽く甘い空気が広がる。
カフェのオーナなのか、初老の男性がトレイに乗せてオーダしたものを持ってきてくれた。
ひとしきり、エリィの大きさや血統のことについて話し。
学生かどうか訊かれ、口端を引き上げた。
目ですい、と微笑んで礼をしていたサンジに、にこにこと笑いかける男性に、マダムが呼んでいる、と促してやり。
3つ離れたテーブルの女子学生らしき人物が、ガッツポーズを決め込んでいるのに笑った。
悪いな、新学期にあわせてトランスファしてきても、この町には戻らないぞ?
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