「任されてもなァ?」
そう背の高い男が低く笑い、ひらりと手を振っていた。
「こわいわるい同士、旧交を温めやがんな?」
艶やかな笑みを浮かべた元役者に先導され、戸惑いながらもサンジは付いていっているようだ。
なんだかんだ言っても、無理強いしそうな精神状態にある人間ではないから、サンジが流されさえしなければ問題は無いだろう。
ついでだから教えてやってもらえると嬉しいね、仔猫チャンがいかに魅力的かを。
すい、と良く切れる刃物を思わせる灰色が和らいだ。
「悪気はない、多分」
すい、と手が動き、どうやら遣り取りから察していたらしいオーナからの指示かなにかで、新たなバーボンが充たされたグラスが
2個、持ってこられた。
ワザと顔を顰める。
「あってたまるか、」
「無理をさせるような阿呆ではないから、そこだけは信用してやってくれ」
「何と引き換えに?」
「気に入ったヤツにはとことん甘いってことを知っているオレの言葉かな、」
ちら、と男が見遣った先では、シャンクスが知り合いらしい男を犬のように追い払っているところだった。
迷惑そうな面をしていた―――オタノシミは一人で、ってか?
「アンタの言葉にどれだけの価値が?」
黒髪のスマートなスーツ姿の男に目線を移せば、に、と笑みが寄越された。
「生業だからな、通常のソレよりはいくらか高いかと」
「アナリストか?」
「それもやっている。クリティックも。芸能もやれば政治面も弄る」
「新聞屋、」
男が軽く肩を竦めた。
「雑誌のコラムもページも手掛ける、」
「売れっ子だな、」
アンタは抜け目が無く容赦もなさそうだから、さぞかし読者には喜ばれるだろう。
そう言えば、男がくっくと笑い。
目の前に置かれたままだったロックのセカンドグラスに軽く縁を合わせていた。
ティン、と充たされたクリスタルグラスが触れ合う音がする。
「お褒めに預かりまして、」
「けどまあアンタが替わりじゃ等価じゃねェな」
そう告げれば、心外だ、とでも言うかのように男が両目を見開き。
「かわいいのは同じくらいだと思うんだが、」
飄々と嘯きやがった。
「抜け目ない冷徹な目線を持った人間は“可愛く無ェ”よ」
「ギャップがいいんだ、と言われるんだがな?」
から、とグラスの中の氷が動き。
音に引き寄せられセカンドグラスを手許に引き寄せれば、男がまたくくっと笑った。
「素直な子は嫌いじゃないな、」
「アンタに嫌われている分にはちっとも構わないんだがな?」
視線をカウンタに流せば、サンジは随分と打ち解けているようだった。
シャンクスがに、と笑ってきていた。
同名を持つ者はかくも似るものなのか、NYCのクエナイオトナの面々を思い出す。
得意げな猫が尻尾を揺らしているような具合は、まさしくそっくり。
ただ、あっちの方が商売がより過酷な分だけ、含まれる温度が激しくマイナスだったけどな。
「対価を貰おうか、」
男に向き直れば、ベン・バラードだと告げられた。
「そいつは娯楽ページしか書いていないと思ったがな」
「嬉しいね、オマエのような人間にも読まれているかと思うと」
そうして告げられたもう一つの名前に、苦笑した。
似るもなにも、―――親戚筋かよ、本当は?
「アンタ、年上の小父がいないか?」
「さあ、いるかもな。他人ばかりと繋がっているせいか、そっちは疎くてな。確認したことがない、」
ふン―――社会派のライタとマフィアの幹部が万が一親戚であれば。
いまの互いにとってはその確証を得ることはマイナスでしかない、か。
「まあ、あんな厄介なのが間近に居れば、ほかに厄介ごとはいらないってか、」
カウンタで機嫌が良さそうにサンジと喋っている赤い髪の男の背中を指させば。
ライタのベンが笑った。
「“あんな厄介なの”でも、オレの最愛なんでな、」
さらりと告げられ、苦笑を浮かべる。
「だったらもう少し、きっちりと手綱引き締めておけよ」
「別口に手綱は用意していないこともないんだが、それはそれで飛び回るのが仕事でな、」
「複雑な人間関係で?」
「そうでもない、ただ互いに自由を保障しあっている面もあってな、」
すい、と。
影が落ちてきて見上げた。
「ハァイ、バラード。今夜は別々なの?ニューフェイス、紹介してくださらないかしら」
艶やかに着飾った女が居た。
この空間に染まり切らない人間。
「紹介するほどでもないよ、まだ名前も知らない」
「あら、アナタがナンパ?珍しい」
くくっとオンナが男の返答に笑っていた。
「でももう一人の黒髪の子と同じくらい、一緒に居ても負けてないわ」
そう言って、オンナがすい、と視線を合わせてきた。
「いい男ね、アナタ。今夜のご予定は?」
「呑んだら帰って寝る、かな」
に、と口端を引き上げて笑えば、ベンが笑い、オンナは目を輝かせた。
「どちらにお泊りなの?」
「教える義務はないな」
「ジャネット、今夜は引いてもらえないかな」
ベンがオンナににこりと笑っていた―――目が、けれど。問答無用で行け、と告げていた。
「お仕事なのね、失礼したわ―――それじゃ良い夜を、名無しさん」
ひらりと手を振ってオンナが消え。
失礼した、と男が軽く頭を下げた。
「アンタたち、この街の顔役なのか?」
「そこまではいかないだろう。ただこの店とは懇意にしているが」
「いい店ではあるな、」
「オーナが喜ぶコメントだな、それは」
指先で指された先、カウンタで初老の男にサンジは紹介されているところだった。
煌びやかなライトに照らされた明るい角。
シャンクスがサンジの頬に口付け、む、と耳を伏せたようなサンジの反応に、失礼、と無邪気な笑みを浮かべていた。
「―――アンタもタイヘンだな、バラード、」
視線を戻せば、人それぞれ得手不得手があるさ、とこともなげに返された。
ふン、と笑えば、灰色の目が静かに煌き。
それから、さっさと機嫌を直していたサンジをすいっと見遣っていた。
「オレに言わせれば―――オマエの方が“タイヘン”だ」
「オレの“最愛”は、あんなナリでも随分と強いからな、」
にぃ、と口端を引き上げれば、男がくくっと笑った。
「随分と疲れていたように見受けられた。適当なところでオマエに返させるよ、金色の天使は」
「果たして赤い悪魔が納得するか?」
「それはオマエの関心事じゃないだろうが」
にぃい、と男がこちらを見透かしたように言い。それから肩を竦めてバーボンを飲んでいた。
シャープな灰色が細まり、またカウンタに視線を戻し。
「まあ機嫌が悪かろうが、こっちで引き受けるさ。そもそもアレに勝ち目は無いんだろうし」
「そうしてもらえるとありがたい」
アンタの責任だしな、と同じ意味で言えば、ベンがまた低く笑った。
「参ったね、そんな調子で威嚇されるとオマエの内面を覗いてみたくなるよ」
「天使がいなけりゃ闇に紛れてたような男だ、内面もなにも真っ暗なだけだ」
噛み締めるように言えば、思いがけず柔らかな色味を乗せた灰色が覗き込んできた。
「―――西の王とすれ違った」
「…なんの暗号だ?」
「恋をすれば元はなんだろうと、そこに陽は差し華は咲くようだ―――どんな華だろうがな」
「なあ、アンタ。ロマンチストと言われないか?」
口端を引き上げて言えば、にぃ、と男がまた柔らかく笑った。
「What's life worth if there's no romance?」
“ロマンスの無い人生に何の価値があると?”
そう問い返されて、苦笑した。
「Damned be the world in the dark、」
“世界は闇に呪われたまま。”
答えを返せば、ベンがグラスを引き上げた。
ティン、と鳴らして乾杯する。
「人生に艶やかな色が存在することに感謝、」
「太陽があることに感謝、だな」
気配を感じれば、
「外野がうぜぇ。混ぜろ、」
サンジを片腕に抱くようにした元役者が戻ってきた。
「あまり機嫌は麗しくないようだな。オレの太陽を抱えてったクセに」
に、と笑いながら、悪態をついていた男を見上げた。
「ハエがうぜーうぜー」
うんざりと手をひらめかせていたシャンクスに、斜め横のベンがくっくと笑っていた。
すとん、とサンジごとシャンクスがソファに沈み。ベンがさらりと笑って言っていた。
「“お花チャン”が2輪も咲き誇ってりゃ、ハエだってハチだって飛ぶだろうよ、」
ただいま、と笑ったサンジに目線を合わせ、軽く口端を引き上げる。
追加情報。
「もっとも片方の華は、毒が強そうだけどな」
「叩ッ帰したぜ、場をしらねぇのはサイアクだ」
最大にブーイングをしていたシャンクスに肩を竦めた。
「こっからオレの天使を連れ去ったのが間違い、早く返せ」
「ヤダネ」
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