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 ヤダネ、と返したシャンクスに目をやる。
 にぃ、と機嫌の良い笑みが口許に浮かんでいて、これは―――楽しんでる。
 良く言えば個性が強い、普通に言えば―――毒気が強い……?
 ゾロは、肩を竦めて見せて、ポスチュアを言葉にすれば、あっそう、とでも言う風情で。機嫌は悪くないようだった。
 
 「で!どぉよ、ニーサン方。やっぱりオマエラ気があったりしたか?」
 カウンタから運ばれてきたグラスを機嫌良く受け取りながらシャンクスが歌うように言って。
 ゾロと、もう一人のヒトは顔を見合わせて口許を吊り上げていた。
 その様子に、グラスを持って来てくれたスタッフのオンナノコに、シャンクスが。
 「あ、マリ、目瞑っておかないと。妊娠しちゃうヨ、逃げないとねぇ!」
 けらけらとわらって。
 ぷ、と。思わずおれも吹き出しかけた。
 
 「目線だけで妊娠するなら、今ごろガキだらけだ、」
 そう言って笑うゾロに、にこやかな悪魔めいた陽気な口調でシャンクスがとろ、と声に蜜を滲ませたままで。
 「男女問わず妊娠できたなら地球を乗っ取ってる頃だな、」
 そう答えていたヒトにも目線をあわせてから。
 「狼サン共。想像妊娠って言葉知ってるデショウ」
 この脳内プレイメイト共が、と。付け足してにぃ、と笑っていた。
 どうやら、――――会話は飄々とロクデモない。
 
 そう思っていたなら、キラキラとしたグリーンがく、と覗き込んできて。
 「なぁ?」
 同意を求められても、…う。
 「売るほど餓えてねェよ、」
 そうゾロが言って。
 「少なくとも相手は選びたいね」
 本人からではなくても名前は聞いた、“ベン”、が付けたし。
 「そんなに仲良しになったなら、おまえら置いておれたちだけかえろっか」
 にこおお、とシャンクスが言い。
 「冗談、」
 真顔で思わず返したなら。
 「一緒なら帰る?」
 そうグリーンが煌めいた。
 ――――くるくると変化する声の色合いも表情もシャンクスが雄弁すぎるくらいなことは少し話した間だけでもわかったけど、
 これは初めて出てきたモノで。
 
 「どこへ帰るつもりなんだか、」
 “ベン”がぼそりと低い声で呟き。
 「The place to be(本来あるべきトコロさ、)」
 そう笑うように言い返していた。
 「じゃあオレのところだな、」
 自然な口調のゾロに、シャンクスが
 「ナマイキ小僧、」
 ひらひらとグラスを揺らしていた。
 
 「少なくともアンタよりは年上だね」
 「ああいえばこういう、」
 にぃ、と微笑んだまま同意をだから求められても、困るんだけどなあ…
 「事実、」
 にっこり、とわらったゾロに。
 シャンクスが、わざと艶めいた笑みを乗せて、「――――そう…?」と声を蕩けさせていた。
 
 シャンクスからゾロ、ゾロからシャンクス、という具合に視線が忙しかったのかもしれないおれに向かって“ベン”が
 「じゃあ解ったオマエこっちにオイデ、」
 そう手招きをして。
 少なくとも安全は保証するよ、そう笑みを混ぜて言ってきたなら。
 「なにおう」
 渡せるかよ、おまえなんかに、と。笑うような、それでもひどく艶めいた声が耳元でして。
 ぎゅ、と腕に抱え込まれた。
 
 ゾロが喉奥で笑って。
 そういえばこういう状況は前もあったなあ、と。思い浮かんだ。
 「モテモテだな、ベイビィ、」
 低い、あまい声が耳朶を擽るように届いて。
 「そういう場合じゃないと思うよ、」
 腕の中からそれでもわらった。なんだかなぁ、笑うしかないよコレは。
 
 「誰が渡すか、っての」
 フン、と威張るように、それでも笑みを滲ませた声が聞こえた。
 それに応えるように、笑みに紛れたゾロの声が。
 「ああ、シャンクス、言葉でオレの仔猫がいかに魅力的か説得してくれ、どうやら犬語は通じないらしいから」
 「あぁ、いいの?おれの得意は実践なんだけどネ……?」
 すう、と色味を混ぜたあまい声が聞こえてくる、どこか軽いままで。
 「そっちは充分なのはアンタくらいのに見て取れないわけがないだろ、」
 ゾロが笑って。
 “ベン”まで新しいグラスを受け取りながら低く笑っていて。
 
 「シャンクス…?」
 頭上を見上げるようにした。
 「あのさ?さっきから、おれをネタにしてみんなしてワラッテルダロ」
 「あぁ、ベイビィ、ダーリン。そんなまさか」
 グリーンが笑みを含んできらめきを何倍か増して。
 "ベン”がグラスの中身が縁を越えかけるまで笑うし。
 「これだよ、」
 ゾロは肩を竦めて表情でそう語って。
 「おら、そこの。物騒なニーサン。キスくらい、させろ?」
 そうシャンクスが唇を吊り上げて笑い。
 「却下」
 即答が返されて。
 
 「困ったね、ベイビィ、どうやらあのおっかないこわいわるいのは、おまえがイイらしい」
 「うん」
 ぱし、とシャンクスが瞬きして。
 くくく、と“ベン"がまた肩を揺らしていて。
 「だから一緒にいるんだよ」
 そう返せば。
 酷く柔らかい笑みをシャンクスが浮かべて。
 「そっか、」
 とだけ言って。額に唇が落ちてきた。
 
 「でもな?おれにデンワもかけておいで?ベイビィ」
 “ベン”の、灰の目、硬質だったそれが一瞬だけふわりと和らいで、楽しそうな表情を浮かべていた。――――珍しい、
 事態なのか。
 「ニューオーリンズの天気を訊きに?」
 「ハハハ!」
 ぎゅう、と抱き込まれたけど。奇妙なことに不快じゃなかったのは、このヒトがやっぱりどこか大事なヒトを連想させたり、
 本人も嫌いじゃないからなんだろうけど。
 「そう、トモダチがどうしてるかは知りたいだろ、おれとしても」
 との言葉に。
 今度は盛大に"ベン"が笑みを噛み殺してる気配がした。
 うん、おれもアナタに同感だよ?ものすごい、違和感があるよねえ?
 
 ゾロはといえば、穏やかな眼差しで、いつのまにか新しくなっていたグラスを傾けていて。
 「とはいってもベイビィ、ここの天気とは限らないぜ?」
 ひらひら、と蝶の優雅さで右手が空間を漂った。
 「わかった、そうする」
 「おれが生きてるか、確認してナ」
 さら、と明るい。それでもすぐ裏にはひどく切実な渇き、そんなモノが掠める甘い声だった。
 「うん、」
 
 くう、と翠を細めたけれどもゾロは言葉にはせずに。
 する、とシャンクスの目元を指先で撫でて、そうするよ、と応えた。
 「オーケイ、じゃあ明日のデェトは諦めてやる」
 いぃ、っとゾロに向かってわざとハナサキに皺を寄せるようにしていたけど。それでも端整な顔は変わらなくて少し笑った。
 「……あ?」
 「なぁん?ベイビ」
 
 いまの、カオでクリックした。昔観た幾つかの映画。それと―――
 長い方のフルネーム、これが本名なんだろう、それを聞いてすぐにクリックしなかったことがいまさらながらに不思議だった。
 チチオヤの、後援者の一人、それもトップクラスに居る人を思い出した。そのヒトの子供が確か……
 「アナタ、”あの"シャンクス?」
 「ベイビイ、ダーリン、今まで気付かなかったか!」
 また、ぎゅうううううってヤツだ。抱きしめられて。
 視界の隅でさらさらと、取り出した名刺に電話番号を幾つか書いていた"ベン”がそれをゾロに手渡して笑ってたけど、また、
 ぶ、と軽く吹き出していた。
 
 「印象が随分違う」
 「ふうん?じゃ、今はプラスに変換中ってことだネ」
 に、と笑みを刻むヒトは、自分の言葉を半分も信じていない口調だったけれど。
 とん、とん、と両頬にキスを落とされて、その後に。
 「ここまでお草臥れチャンを長居はカワイそうだしな?おーら、ニーサン今日は大人しく寝かせやがれよ?」
 そうどこか威張ってゾロに言った口調は、ほぼ100パーセント本気だった。
 「―――――――――!」
 
 「赤くなってもカワイイだけだってば、ベイビ」
 とん、とまた額にキスされたら。
 「オレがそんなロクデナシだと思うか?」
 にぃ、と口端を引き上げたゾロに。
 「んー、おれの痕を消そうって企む程度にはなァ?」
 にや、と。シャンクスも性質の悪い笑みを浮かべて。
 おれは。
 やぱり"ベン”の方へ避難しとくんだったかも、といまさらに後悔したんだ。
 
 「イカレたおっさんが世話かけてねェ?オト―サンに」
 けれどまたすぐに目元を覗き込むようにされて、きら、とグリーンがまた意地悪そうに少しばかり歪んだ。
 首を横に振った。
 
 何度か、実家で開かれた“晩餐会”のゲストにはいつも挨拶だけをして奥に引っ込めさせられていたし。
 それも、カオをだしていたのは随分と子供の頃の話だった。
 記憶にある“イカレタおっさん”は。
 軍需産業や財閥っていう言葉からは程遠いほど、どちらかといえばチチオヤにどこかイメージが重なるようなタイプの人だった気がする。
 
 ゾロと、“ベン”が二人とも目を細めていた。偶然の重なりに。
 チチオヤ同士が知り合い、どころか。かなり親密な相手にイキナリ旅先で入ったレストランで会う、なんて。
 “ベン”の視線が極自然に向かう先から、また少しだけ渇いた声がゆっくりと響いた。
 「そう、じゃあヨカッタ」
 「ハリィの方が迷惑かけてそうだよ?」
 すい、とカオを見上げれば、またグリーンに金色がヒカリを乗せて。
 「ま、おっさん共は放っておこう、お互い関係ナイしね」
 トン、と頬に唇で触れられた。
 「“あの”でも“その”でもない、シャンクス、ってことで?」
 「もちろん」
 声と一緒に腕がやんわりと解かれて、目線が合わさったまま。酷く甘い声が「ベーン、」と隣の人を呼んでいた。
 
 視線を横に流せば、呼ばれたヒトは。すい、と優しい眼差しで見上げてきて、長い腕がテーブル越し伸ばされて赤をくしゃりと
 乱していった。穏やかな仕種で。
 「連れて帰りてェー」
 「連れて帰って甘やかして、その後どうしたいんだ、」
 穏やかな声が問い掛けてきて。
 「リネンに包んで抱いてオヤスミのキスして寝る」
 
 「翌朝も甘やかして包み込んで抱いて、その後は?」
 「連れてくかなぁ、一緒に」
 真顔が、くぅ、と笑みを刻んだ。
 ――――う…?
 「いつまで、どこまで?」
 ますます、問い掛ける声が穏やかに優しい。
 「いつでも、どこまでも。―――ベイビィ、ダァリン。おまえはいつだってウェルカムだよ、気が向いたらいつでもオイデ」
 言葉の後半は、おれに向けてのモノで、口調がまた、すうっと軽やかなものに変わっていた。
 ゾロは、グラスを静かに傾けているままで。
 「そこの、おっかない狼も連れてきて構わないからさ?トクベツサーヴィス」
 グリーンのレーザァが、ぱし、とゾロの額にあたっていた。
 
 す、とゾロが過ぎらせた笑みは。それでも、誰がわからなくてもおれには、見えた、ほんの僅かに差した影。
 「うん、また、いつか」
 くぅ、と金の虹彩がヒカリを弾いて、それでも僅かに和らげられて。また、両頬にトン、トン、とキスされた。
 けれど、この場にいた誰もが酷く鋭敏なヒトばかりだったんだろう、シャンクスの他に“ベン"もオヤ?とでもいうように軽やかな
 風情でソレを流していた。
 
 ヒトの人生のなかで、偶然に彩られていない時間なんてきっとないんだろう。現に、いまだって在り得ない確率でこうして
 「誰か」と道が交差していく。
 
 
 
 
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