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 「――――サンジ、そろそろ出ようか、」
 呼ばないでおいた名を呼んだ。
 古い知り合いならば隠すだけ無駄であるわけだし。
 
 ウェイタを呼びつけて清算を頼んだならば、腕を緩められたサンジが目を合わせてきた。
 口端を引き上げる。
 「夜もそろそろ遅い。オマエも疲れただろう?」
 ふわりとサンジが微笑んでいた。
 
 シャンクスが、「あーあーあー、」そう呟き。隣の背の高い男を見上げていた。
 ベンは軽く肩を竦め。
 「おれの初恋のベイビィ、」
 そうぼそ、と呟いていたシャンクスに、片眉を引き上げていた。
 「あ、初恋2番目、」
 「オレで我慢しとけ、今日は」
 慰めてやる、と男が低く笑い、ウェイタを指で引き寄せていた。
 
 
 「奢られる筋合いはないぞ?」
 そう言えば。
 穏やかなグレィが見詰めてきて。
 「メランコリィの代金、」
 に、と笑っていた。
 サンジがシャンクスに、
 「おやすみなさい、またいつか。」
 そう言って頬に口付けていた。
 灰色目の男にも笑顔を向けてから立ち上がっていた。
 
 「良い夜を、ベン、シャンクス、」
 「おまえもな?“アリステア”」
 に、と。シャンクスが艶やかな笑みを浮かべていた。
 作りモノでないカオ。
 「アドヴァイス通り、大人しく寝てやるよ、」
 ひらりと手を振れば、ベンが笑った。
 「The line will always be open for you both、」
 “コンタクトを取りたければ、ラインはいつでも開けてある。”
 そう返事が返されて頷いた。
 「ハ!」
 シャンクスが笑い。それからサンジに優雅に手を振って、軽いウィンクを飛ばしていた。
 
 サンジの腰を軽く押し、ドアの方に促す。
 心臓の音が、間近に聴こえた。
 遠慮がちな視線が纏わり付いてくるのを無視する。
 ドア口、ドア係に並んで白い顎鬚を生やした、どうやらアイリッシュかスコッツマンのようなオーナがにっこりと笑っていた。
 「また来るといい。いつでもウェルカムだよ、」
 スコッツ訛りの柔らかなトーン。
 サンジがにっこりと笑っていた。
 
 「また伺います、機会があれば」
 そうオーナに軽く頭を下げて、ドアを出る。
 緑の目線はもうこちらを向いておらず。冴えた灰だけがそうっと見送ってきた。
 
 
 街の喧騒が穏やかに聴こえる。
 1ブロック歩いて、ボックスからヴァーミリオンにピックアップしてもらえるようコールを入れた。
 フレンチクォータの端で拾ってもらうことにし、そちらに足を向ける。
 古い建物の間から眺めた空には、柔らかな光を弾く星空が在った。
 
 「寒くはないか?」
 店を出てから黙ったままだったサンジに声をかける。
 ふぃ、と蒼が見上げてきた。柔らかな眼差し。
 口端を引き上げて笑いかけてやりながら、そうっと頬に触れる。
 僅かに掌に頬を当てるように熱が加わり、へいき、と小さな声が返ってきた。
 
 「―――妙なところで縁が繋がったな、」
 くす、と笑いが込み上げる。
 「ごめん、」
 小声が呟いてきた。
 「なんでオマエが謝る?オマエが呼びつけたのならともかく、偶然だろうが」
 金色をくしゃりと掻き混ぜて、そのまま頭を肩に引き寄せた。
 
 「シャンクスがね……?」
 柔らかなままの声が続けてくる。
 レッドライトで足を止めて、先を待つ。
 「“なんであんなおっかないのが好きなわけ、”って訊いてきて、」
 「うん?」
 あんなのにもオレは“おっかない”わけか。
 
 「応えたんだ、」
 くぅ、と蒼が見上げてきた。
 見詰めたまま先を待つ。
 「あぁ、でも。“おっかない”っていった時、片眉引き上げてからそれは半分以上ジョークなんだけど、」
 くす、と笑っていた。返事の代わりに口端を引き上げ、ブルゥライトでクロッシングを渡る。
 「眼はね、ふざけてなんかいなかったから、おれね……?」
 目線が上げられ、髪をくしゃりと撫で付ける。
 「わからない、でも多分、一番最初に逢ったときから常識も性別も道徳も全部飛び越して、好きだった気がする、って。応えたよ」
 軟かな声が齎すものに、どうしようもなく愛しい思いだけが湧き上がる。
 「―――愛しているよ、サンジ」
 髪に口付けながら囁く。
 
 出会いが運命であろうとなんであろうと。
 そのことが本当はオマエにとって不幸であったとしても―――手を取ったことを悔やまない、と決めてあるから。
 ふわ、と目を伏せ、幸せそうに微笑んだサンジを、例えそうした方がいいとわかってはいても、手を離さない―――オレからは。
 
 「時折、ボックスから連絡入れてやれよ」
 あの赤いのに。
 「本当に喜ぶだろうから、」
 「保護者の変わりに、オニーサン?出来ちゃったかな」
 く、と綺麗にサンジが微笑んでいた。
 「少なくとも、アレはオマエを追ってきはしないだろ、だからそれはそれでいいさ」
 「あのヒトは、誰も追いかけたりしないと思う、」
 
 ああ、あれは。
 失くすことを知っている人間だ、それも酷く深い疵がある。
 だから追いかけない、追いかけられないのだろう。
 追いかける立場にはいられない。
 酷く本人が“魅力的”なのが、その疵を更に深めたのかもしれない。
 ただ、側にあの灰色がいる限り―――。
 
 「“最愛”だと紹介された、デカイのに」
 口端を引き上げて笑った。
 くう、と目をサンジが見開き。それからふわんと微笑んでいた。
 「少なくとも、落ちる先の腕は確保されているらしいな」
 「“あーあ?アレ?モノ書き。売文の徒、仕事マァ二ア、ベンベン、ベン、ベックマン、バラード、無愛想太郎、”って紹介された」
 サンジがくすくすと笑う。
 「熱烈な惚気に聴こえるな、ソレ」
 「全部の呼び方に、違う表情がついてたよ」
 ますます笑みが深まっている。
 ブロックの終りで足を止め、サンジの髪を掻き混ぜた。
 
 「おれもああいうカオしてみようか?」
 きゅうと笑んでいたサンジの頬を軽く摘む。
 「おまえの名前呼ぶたび、違う顔、てやつ」
 笑ったサンジに軽く首を横に振る。
 「あんな性悪を見習うなよ」
 車、ヴァーミリオンの黒がすぅ、と止まった。
 「でも、オソロシク魅力的、だろ?」
 見上げて来ていた蒼の中に星が取り込まれているのを見詰めたまま、ドアを開けてやる。
 中に滑り込んで座ったサンジの耳に囁く。
 「オマエらしいオマエの方がイイ。作るなんてことはするな、」
 軽く耳朶を食んでからドアを閉めた。
 反対側に回って滑り込む。
 「それ、惚気?」
 くっくと笑ったサンジに肩を竦める。
 「真実、」
 
 コン、とパティションをあけさせ。
 すっかり顔見知りになったドライヴァに挨拶をする。
 彼が好意で、レンジローヴァのメンテナンスをホテルのメカニックと済ませておいてくれた。
 随分と距離を走っているからな。
 車の状態の報告を聞きながら、そんなものとは縁遠い雰囲気を持った夜の館に戻る。
 
 サンジは肩に寄りかかってきたまま、外をじっと見詰めていた。
 ロータリに滑り込めば、すぐにドアが開けられる。
 両サイド。
 「おかえりなさいませ、」
 にこやかな笑顔、柔らかな物腰。
 サーヴィスとはいえ、紛れもない好意をただ寄越される。
 それが苦痛だった時期もあった。
 いまは、それが酷く嬉しい。
 夜を優しくする―――内面、過去の総てが同じ闇に在っても。
 
 滑り降りたサンジが、横に並べば、すう、と見遣ってきた。
 目許には微笑み。
 ドライヴァに礼を述べて、ドアマンたちに挨拶をする。
 見送られて、静かなジャズの流れるフロントを横切り、エレベータに乗り込んだ。
 そのまま部屋まで一気に昇り。
 「あ、またラウンジ逃しちゃったね」
 そうからかうように小さく笑ったサンジを促して、馴染み始めたドアを開ける。
 
 「にぃああお、」
 チビが出迎えてくれた―――眩暈がするくらいに、優しい夜。
 ドア、後ろ手に閉め。
 チビを抱き上げ、キスをさせ。それから自分でも口付けていたサンジをエリィごと抱き寄せる。
 ―――何度でも在る事を感謝するよ。
 
 還してやれなくて悪いな、“シャンクス”。
 アンタの言う通りだ。
 内面が闇で充たされていればいるほど―――欠片のような明かりでも、手を伸ばさずにはいられない。
 そして腕の中でふわりと溶け落ちそうに柔らかな風情で体重を預けてくる者は、月明かりのように透明で優しい。
 オレから返せない、それが誤りであったとしても。
 だから。
 「愛しているよ、オレの大事なベイビィ、」
 オレが出来うる限りの幸せを、オマエに。
 オマエたちに。
 
 愛情に溢れた声で名前を綴られ。
 髪を撫でてから、そうっと音を閉じ込めた。
 間に挟まれたエリィが、うなぅ、とキミョウな声を上げ。
 そのまま笑って口付けを解いた。
 サンジがきゅう、と腕を回してきて。
 その柔らかな金色を掻き混ぜてながら蒼を覗き込んだ。
 「さあ、大人しく寝るぞ、ベイビィ。長い一日だったことだしな?」
 
 
 
 
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