さすがにあの"シャンクス”のオススメするカフェだけある。
店は賑わっている"パリ”風の一軒で、映画の撮影などでも使われているのかもしれない。
内装も小洒落ていて、夜に来ても良さそうな雰囲気だった。
腰を落ち着ければ、ちらちらと視線が周りから寄せられる―――それでも不躾な視線がこないのは、このカフェに来る面々の
ほとんどがカップル、だからかもしれない。
もしくは本やラップトップを片手に、珈琲を傾ける人。
最も、シャンクスのようにハデな存在感があれば、話は変わるのかもしれない。
あれは他人の視線を集めるように働きかけている“Charmer"だからな―――惑わされないのは、多分。あの灰色くらいだろう。
ふ、と意識が向けられているのに引っ張られ、視線を上げる。
脇にメニュウのカルテ、シルヴァのトレイに水のグラスを2つ乗せた白髪のギャルソンがこちらにくるところだった。
珍しい、髭のある初老の男。
黒いエプロンのギャルソン姿が板に付いている、この店に居続けて長いのだろう。
サンジとオレを見遣る視線が、迷っているようで少し笑えた。
言うならば、“構ってみたい”と“可愛がりたい”対象の間で決めかねているような。
「イラッシャイマセ、」
柔らかなフレンチ・アクセントの残るトーンが水をテーブルに置いた。
カルテ、開いてサンジとの間に置かれる。
サンジがすい、と見上げていた。
こと、と音がして、銀の灰皿が置かれた。
「ご入用でしょう?」
確信している声が訊いて。
サンジがにこおと笑い、ありがとう、と言っていた。
ギャルソンもにっこりと笑う。
カルテに目線を落とせば、
「お決まりになりましたらお呼びください、」
そう言って引いていった。
流石に客商売が長いだけある、間を外さない。
「吸うならドウゾ、」
「ありがと、」
メニュウに目を過ぎらせれば、凡そ考えられる様々な珈琲がラインアップされていた。
紅茶の種類も豊富で、軽食もある。
軽いアルコールのリストもあった。
中のバーは、けれど試してみたいとは思わないな。
サンジがシルヴァのシガレットケースを引き出し、ライタも出していた。
1本咥え、静かな音をさせて火を点けていた。
「そういや久しぶりに吸うな、オマエ」
伏せ目がすい、と上げられた。
蒼が眩しい午後の日差しに煌き、ふわりと艶っぽい笑みを浮かべ、
「忘れてたよ、」
そう言って唇を少しだけ引き上げていた。
濃いガラムよりさらに甘ったるい笑み。
そのまま忘れちまえ、と言うのはやめておいた。
「で、何にするんだ?」
「定番」
す、と煙を吸い込んでいた。
「今日は冒険はナシ、と」
笑ってからギャルソンを呼んだ。
先ほどと同じ、初老のギャルソンが来る。
「カフェオレとエスプレッソのダブルを、」
「畏まりました、ですが当店はカプチーノも中々ですよ?」
にっこりと笑っていた。
「カフェでバールの真似事とは言わせませんが、」
そう言って更に笑みを深めている。
サンジがぱ、とギャルソンを見上げ。
「じゃあ、ソレに」
そう言っていた。
「じゃあカフェオレをカプチーノに変えてくれ。オレにはエスプレッソのダブルのままで」
軽く口端を引き上げれば、ギャルソンが“喜んだ”のが見て取れた―――ふぅん?
年季が入っているのか、目の輝きだけが歓喜を物語る。
にっこり笑った目が和らいで、
「承りました、」
そう言って戻っていった。
後姿が店内に消えていき。目線をストリートに戻す―――喧騒。
けれどどこか隔てられて感じられるのは、周りにプランタが並んでいて、区切られているからなのだろう。
「不味かったらオレが電話かけてやる、」
笑ってサンジに目線を戻す。
にこお、とサンジがまた笑った。
「きっとさ?」
トン、と灰が綺麗にアッシュトレイに落とされた。
「美味いの淹れさせるからてめェが飲みに来い、って言われるとおもうな、」
「―――在り得る。いいプランじゃないな、」
笑ってから水に手を伸ばした。
冷たい手触りが気持ちがイイ。
サンジがくっと笑っていた。片手に挟んだままの煙草から濃い煙が立ち昇っている。
ちら、とそれが流れる先を確認していた。
悪いな、気遣わせて。
「アリステア、あのさ、」
「ん?」
「おれが何でコレ吸うかしってる?」
「さあ、まだその話は聞いた事がないな」
に、と笑っていたサンジに軽く首を傾ける。
サンジがふわりとまた笑った。
「カワイイね、それ」
きゅ、と目許が細くなり、苦笑する―――そうか?
「で、ガラムがどうしたって?」
「うん、コレにした理由」
唇、甘くなるだろ、だから。
そう柔らかな声が言って、またふわりと笑っていた。
「―――考えてみれば、口紅はキライじゃなかったな、」
アレは不味かったが、と続ける。
サンジが頷いていた。
「おれは、グロスが好きだったけど?」
「けど結局は、」
グラスの水を一口飲んでからそれをテーブルに置く。
にか、と笑っていたサンジに肩をすくめる。
「どっちにしろ、舐め取ってからその下にある味を喰うのがメインだったけどな、」
「悪いオトナ、」
煙草の穂先を向けてきて、くすくすと笑っていた。
「さんざんっぱらそう言ったろうが、」
「オタノシミ減っちゃったねェ…!」
そう笑ったサンジに肩を竦める。
「まあ他のタノシミは見つけてあるけどな?」
に、と口端を引き上げる。
サンジがすい、と片眉を引き上げていた。
誰の真似だ、ベイビィ?
「“ふゥん”?」
「似なくてよろしい、」
サンジの額を軽く突く。
「“悪い怖い”なんかに」
「“怖い悪い”、」
訂正してきながらも、サンジが蒼を煌かせていた。
「ワザとだよ、」
頬を摘んで、イィ、と顔を造ってみせた。
「I know for sure(もちろん知ってるってば)」
サンジもワザと鼻に皺を寄せて顔を造っていた。
―――なんて似たものキョウダイ。
す、と意識が引っ張られる。
見られているのは仕方がないとして―――なんだよ?
ぱっと視線が散っていった。
逸らされなかったのは一人だけ。
ギャルソンがデミタスとカップをトレイに乗せてやってきていた。
「摘むものでも頼めばよかったか?」
匂いが濃くなるのを肺に吸い込みながら言えば、
「一緒について来るチョコレイトも美味しいってさ?」
に、と笑っていた。
失礼します、と声がかけられ、白い手が伸びてきた。
最初にカプチーノ、ハートに矢が刺さった絵が描かれたのが置かれた。
次いでデミタス。
小さな皿には四角いチョコレートが4枚。
砂糖、ミルクが置かれて、後は小さなボードにクリップされた紙。
煙草を揉み消していたサンジが、ぱ、と見上げてきた。
絵が上手いのに、喜んでいるらしい。
「ご注文は以上ですか?」
訊かれて頷いた。
サンジを見遣る。
ギャルソンに目線を合わせたサンジが、
「あとは何が描けるんですか…?」
好奇心に満ちた顔つきで訊いていた。
「ロマンスに関することでしたら何でも、」
にこ、と男が笑っていた。
不躾にならない程度の気軽さで。
「自慢なさるだけありますね、これ」
そう言って、サンジがまたふわりと笑った。
「人生にロマンスは必要だ、でしたっけ?」
「アメリカ人にしては、あの喜劇役者は良いことを言いました」
そうなぜかオレに向けて軽く眼で笑って、引いていった。
「オレは足りているんだがな?」
消えていったのを確認してから呟けば、
「充たされた先から餓える、ってこの間聞いたばっかりなんですけど」
「それは“ロマンス”じゃないだろうが、」
しれっとした口調のサンジににっこりと笑って言って。
デミタスに口を付けた。
久しぶりに濃厚な味わいのエスプレッソは匂いからして美味い。
カップをサンジに押し遣られ、なんだ?と視線を流した。
「これ以上の告白の仕方ってなんだろう?」
おまえに描きたいなぁ、とにっこり笑って言われて、肩を竦めた。
「歌ウタイに訊くな」
そしてチョコレートのディッシュをサンジに押し遣る。
「これはオマエに進呈する。しっかり食って甘くなれよ?」
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