リビングまで戻ってしまえば、時々ソ―スが鍋肌に焦げ付かないようにかき回すのに一々戻るのもバカみたいだから、カウンタ
のところでワインが来るまで一休み、ってヤツ。氷水を飲みながらした。
グラスの中身が無くなる頃に、古びたチャイムの音が聞こえて。
「あ、ワインだ…?」
隣で同じように、氷抜きで水を飲んでいたゾロを見上げた。
「行くか?」
「いい?」
「チップ忘れるなよ、」
トン、とスツールから降りて、バックポケットに手を差し入れようとしたなら、ゾロが紙幣を一枚取り出していたけど。
「あるある、」
にこ、と返した。
そのまま、二度目のベルが鳴る前にエントランスへと向かう。
その間は、ゾロがソースの見張りだ。
エントランスのドアを開ければ、アイスバケットを持った―――あァ彼は。さっき部屋に来るときに荷物を持って来てくれた―――
制服のプレートを読む。ブランドン、だ。いつもお世話になります。
「ありがとう、」
どうぞ、とエントランスホールまで招き入れて。
「どちらまで運びましょうか?いい匂いですね」
にこお、としていたブランドンに、セッティングはしてくれないくて大丈夫、と伝えた。
「実は今日はイタリアンにしてみたので、コレ」
そう笑って、運ばれてきたワインを指差した。
「素敵ですね、どちらがお料理なさっているんですか?」
にこやかな口調に、
「おれだよ?当番」
笑みで返してから、チップを渡した。
ありがとう、と付け足して。
良いディナーを、そう返されて。お行儀の良いブランドンはドアから消えるまで笑みをずっと乗せていた。
アイスバケットとワインを持って、キッチンへと戻る。確かに、良い匂いしてるね。
「ただいま。ブランドン、いいコだねえ?」
ワインオープナを片手にゾロに話し掛けた。
「そうか?フツウじゃないか?」
「うん?バランスの取り方が上手じゃないか」
好意の示し方と引き際のバランス。サーヴィスと好意の混ぜ方とか。
きゅ、とコルクを抜きながら言えば。
「そうだな。躾がいい、ここの連中は」
に、と笑ったゾロに、グラスに注いだワインを渡した。
「ありがとう、ご苦労様でした」
自分の分も注いでから、隣に立った。
「じゃ、しばらくおまえソースの番?」
「ああ、」
「よーし、じゃおれ小麦粉担当」
ワインを受け取ったゾロが、サンクス、と髪にキスを落としてきたのに言えば。
「篩にかけてくれ、」
「うあ。おれ、おまえが作るの観てるからわかるよそれくらいは」
笑いながら、棚から取り出して。
「でも、分量は教えてな?」
見上げてわらった。
粉だとか、ドライイーストだとか塩とか。
そういった材料を集めてから、手をかける端から分量を伝授されて。
大き目の深いボウルに粉がキレイに落ちていった。
ドライイーストは放っておいている間に、ソースはもう出来上がっていた。
「じゃ、混ぜます」
ドライイーストを寝かせておいたぬるま湯の入ったボウルを半分掲げれば。
「オーライ、」
「ううん、妙に緊張するなぁ」
ざ、とボウルの中身を篩った粉の上にあけて。
周りから中へと、だよな…?
粉に両手を差し入れて、真ん中に寄るように、混ぜて、と。
段々と纏まっていく中身を3分くらい混ぜて丸く模っていく。見よう見まね。
「オイル、ボウルに垂らすんだっけ?」
ゾロを見上げれば。
こっちに移せ、とキッチンカウンターの上、大理石なんだよね、ここの。こっちに移せ、と指で示された。
「中身だけ?」
「オレはイーストに混ぜておいたけどな。まあいいや」
「え。もう遅いよ」
「まあな。先に入れて掻き混ぜてからこっち移せ、中身だけ」
「はぁい」
でも、両手ボウルに突っ込んだままなんだけど、おれ。
「―――ゾロ、」
ヘルプ、と口に出す。
適量なオリーブオイルがたらっと生地の上に落ちてきて。
それもあわせてから、生地をカウンタ―トップへ移した。
つるっとした表面が出来上がってる。
「寝かせる?」
訊けば。
「外側から内側に刷り込むように捏ねるんだ」
「ふん?」
「捏ねた後に寝かせる」
「了解しました、」
丸めた生地の端を引き上げて、内側に練り込む、んだな?
掌の外側、それで生地を捏ねようとしていたら。
―――わ……??
すい、と背中側から腕が伸びてきて。
手が重なった。
おれだと、力が足りないのか……?
わ、でも。
背中、重なって。
生地を引き上げて内に戻していくときも、練り込むときにく、と力を入れるときも。
ずっと、身体、くっついてて―――
腰、そりゃ体重かけるけど―――わぁあ
押し上げるみたいにされて。くう、と生地を練り込むときはちょっと重ねられた手が痛い、力が加わって。
「体重移動させながらな?」
く、と手を抑えられて。耳元で囁くようにされて、勝手に神経がぴり、と焦れた。
背中、重なってるし。っていうか……腰、あたってるんだけど―――
「な…んかい、くらい―――?」
声が引っくり返りかけそうになるのを押さえ込んでた。
「10分くらいでいい」
そんなに……??
泣き言めいた独り言をアタマのなかで呟いていたなら、軽く、唇が触れてくるようだった耳元。はむ、と食まれて。
重ねられた手が、ぴく、と跳ね上がったの、きっとバレタ。
「ん、」
返事に誤魔化そうとしたけど、どうだろう、バレテルかなあ。
滑らかな生地を引き上げようとしても、心臓が、走りかけてる。
背中から回された腕ごと、自分の半身を強く抱き上げるようにされて、引き上げて内に練り込むだけなのに。
鼓動が耳に煩いくらいなのは、きっと。
腕の中にいるときと、リズムが一緒だからなんだ、コレ。―――――どうしよう、頬のあたり絶対血が上ってる、
そう思っていたなら。
くく、っと。酷く楽しそうなゾロの笑い声が低く耳元で聞こえて。
「…っ、」
首元、くすぐったくて。
肩が勝手に竦んだ。
「―――も、10ッぷん、たっ―――」
丸く、つるりとした塊になった生地を視界に戻して訴えて。
腕がゆっくりと離れていって、唇から吐息が零れてった。
「これにまたオイルを塗ってからボールに戻して30分寝かすんだ」
「んん、わか…っ」
たら、と。手の甲に金色をしたオリーブオイルが零されて。
滑りを残して生地に落ちていていた。
ぞく、と。背骨の裏側が軽く麻痺したみたいになった。
こく、と。息をどうにか飲み込めば。
「全体的に塗り広げろよ?」
楽しそうなゾロの声が聞こえた。
もう、頷くだけにした。だって、声にすれば絶対掠れそうなんだ、これだけで。
滑らかな生地の感触だけに集中して、形を丸く整え直している間に、水音がして。
手を洗ったゾロがぴ、と透明なフィルムを切っているところだった。
「できた、」
どうにか単語は発声できた。
「よく出来ました。」
トン、と額にキスが落ちてきて目を伏せた。
「うう、」
「オマエが美味そうな面してるぜ?」
ぞく、と。腰に落ちてきそうな囁き声が届けられて。
「シラナイ」
おまえは、優しいけどイジワルイ確信犯だ。
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