生地を寝かせている間に、ワインを飲みながらチキンの下ごしらえを済ませる。
今日はシンプルに食べたいということで、購入したローズマリィを洗ってからチキンの羽根の取り残しを確認し。
自分がする、と。ほわりと赤くなった顔で言ってきたサンジに、軽くキスを返してからチキンをペーパタオルで拭った。
「では味付けをどうぞ、」
「ん、」
銀のトレイにチキンを置き、差し出せば。
塩コショウと千切ったローズマリィを塗していた。
甘く濃いハーヴの匂いが一瞬で立ち上る。
「いい匂い、」
サンジがほわ、と微笑んでいた。
側に寄り、項に鼻先を近づける。
「オレはこっちのほうが好み、」
ぴく、とサンジが跳ねていた―――遊びすぎたか?
けれど、軽く背中が寄せられ、腰に腕を回した。
「なんだろうな、すげェソソル」
笑って囁きを耳に落とす。
サンジの身体が微かに緊張し、けれどすぐにリラックスしていった。
「―――――――――――え、と、」
「んー?」
甘い声が、
「男性心理…とか?」
そう告げてくる。
「んー、オマエ、別に母には似て無いぞ?」
「エプロンもしてないしなァ、」
甘い顔のまま、思案顔になった。
「オマエ、キレイだけどフェミニンじゃないしな?」
「んん、」
サンジがふわりと笑った。
それからチキンをぺたんとひっくり返し、同じようにシーズニングをしていく。
細い脇腹辺りをゆっくりと手で辿る。
ふ、と甘い笑い声をサンジが零していた。
「ピザは焼きたてが美味いが15分で焼けちまうしな。先にピザのトッピングの支度をしてから、2次発酵させている間にコイツ
焼いてちまうか」
手、あらう、と甘い声で言ってきたサンジから腕を放した。
「うん、」
手を洗ってからペーパタオルで拭いていたサンジから眼を離し、冷蔵庫からトッピングを取り出した。
生ハムとモッツァレラチーズの塊り。それにオニオンとバジル。
「オマエ、オニオンをスライスするのとチーズを削るの、どっちがしたい?」
あん、と生ハムを強請って口を開いていたサンジの中に薄いピンクを押し込んでから訊く。
片手にワイングラス、実に周到だな、ベイビィ?
くう、と微笑み、咀嚼した後ワインを飲んでから、オニオン?と返事が返された。
「オーライ。じゃあスライスしておいてくれ」
真面目に包丁を取り上げていたサンジにタマネギを手渡す。
それから浅い皿を取り出し、チーズのシュレッダーを取り出した。
トントン、とサンジが薄くスライスしていくのを見てから、黄色の塊りを削り出す。
「No more singin'?」
歌わないのか?とサンジに訊けば、
「One kiss for one song,」
一曲につきキスヒトツ。
そういって、にこ、と笑っていた。
「後払いはオオケイ?」
「トクベツ」
く、と頤を上向けていたサンジにくくっと笑ってから、よろしく、と付け足す。
「後払いにしとかないと、後悔しそうだからなァ」
「なぁんでだよう?」
くすくすと笑ったサンジがリズミカルにオニオンをスライスし続けている。
「答え欲しいのか?」
「うん?」
口許に心底嬉しそうな笑みが刻まれていて。
チーズの大きめに削った欠片を指で摘んでそこに運んで遣りながら答える。
「軽いので済ませられそうにないからさ」
とん、と。
スライスしていた手を止めて。
かぷ、とゾロの下唇を食んでから、スタンダードナンヴァを4曲くらい口ずさむ間に、トッピングの支度もできて。
寝かせ終わった生地、最初の大きさの2倍くらいに膨らんだのを掌で中のガスを押し出してから平らに伸ばして。
また15分、寝かせる間にオーブンにチキンを入れた。
「レパートリ、増えたよ」
ゾロを見上げれば。
「次回マスターできたか確認な?」
翠が笑みを過ぎらせてやわらかいヒカリを過ぎらせていた。
「それは―――」
言葉の続き、それは唇に押し込められた。
く、と背中が反るような。
何度も合わせられる唇の間から、息が零れ落ちていって。
引き上げられ互いの熱を弄りあうような、そんな深いキスを続けた。
背中に回した腕が柔らかな生地を手指で掴んでしまうほど。
「―――ふ、ぁ」
突然飛び込んできたアラームの電子音にぴく、っと身体が反応して。
さらりと腕を解いたゾロがオーブンにちらっと目をやってから中身の焼け具合を覗いて。
まだ、酸欠気味なアタマなままなおれとは大違い、に見える。
トン、と。火照って濡れたままの唇にキスが落とされて。そのまま背中をカウンタに預けさせられる。
オーブンの前に戻っていた扉を開けて、くる、と器用にチキンの向きを変えていた。
「……はー、」
息をヒトツ意識して吐いて。
アタマを切り替える。
「I did behave,」
ガマンしたんだぞ?と笑うゾロの声を聞いて。
ふる、とヒトツアタマを軽く振った。
「くらくらする、」
「いいアピタイザ、」
ますます笑ってるゾロを見上げれば。
「オカワリは?」
そう、グリーンが煌めいた。
「いつ用、」
ソースやトッピングを生地の側まで持っていく。
「今度は先払いかな、いつでもいいよ」
「じゃあ、ピッツァ焼いてるときに」
生地を引き伸ばしながら言った。
「借りは作りたくないか?」
くっく、と低く笑う声が楽しそうだ。
うん、と頷いて。丸く生地を引き伸ばしていたなら、Need hands?(手伝いはいるか)と訊いて来たゾロを見上げる。
「二エット」
なぜだかロシア流の返事。
ますます笑いながら、Da,だって。
イタリアン・ロシアンめ。
「厚みはこれくらい?」
シカゴ・スタイル、パン・ピッツァ。
「オマエの好きな感じでいいぞ、」
にこ、と微笑むゾロに。
「おまえの好みじゃなきゃ意味がない、」
微笑んで返した。
「じゃあそれくらいで」
「ハイ」
―――ふぅん?これくらいなのか。憶えておこう。
トマトソースを軽く生地に広げていく。
「トッピングの割合は?」
「オマエのセンスに任せる」
「ありがと、信用していいよ」
最後になって軽くのせるだけのバジルと生ハム以外のトッピングを乗せていく間に、トン、と髪にキスを貰って。また、小さく
わらった。
「これで美味しくなきゃ、ウソだねえ」
オーブンの前で一言。
「だな、」
「開けてくださいますか」
オーブン、と付け足して。
「15分で焼きあがるぞ」
そんなことを言いながら開けてくれたなかに、ピッツァを入れて。
「ゾォロ」
くる、とオーブンから振り向いた。
「ん?」
「オカワリ、ハヤク。15分なんてすぐだ」
後片付けをし始めていた背中に訴える。
「ぞーろー」
もしもーし。
水音がなんでしてるんですか。
「ぞーろーー」
語尾がまた長くなった。
シンクに溜まり始めた水を止めてから、振り向いたゾロが。
「お預けした方が美味いの、オマエもう知ってるだろうに、」
そう、わざとまじめな風に言った後に笑みを浮かべて。
「待ちきれない、」
肩に腕を乗せるみたいにして見上げれば。
「ならドウゾ、」
低い囁きが落とされて。ぞく、と震える。身体の芯から。
舌先で唇をなぞられて、焦れて自分から差し入れて。
背中にまわされていた手が、震えを見逃さずにゆっくりと背骨の終わりから項まで柔らかに存在を残していって。
深く、奥まで。濡れた熱を追いかけて。やんわりと穏やかに、貪られていく感覚に喉を鳴らした。
くちゅ、と遠慮なく音が洩れ聞こえて。
あわせられる唇が薄く離れていくたびに、強請るような声が洩れた。
く、と喉を開いて。溢れるものを飲み干して。絡め取られる強さにじりじりと焼かれそうになる。
溶け合いそうな、そんな深い口付けをされる。だけど、
背中、辿られる掌が生地越しなのが辛くて。くう、と背中に指を埋めた。
項を撫で上げるような指に、息を零して。
あまく舌を噛んだ。
―――これが、アピタイザなんて。ウソだろ……?
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