初めて作ったと言っていた割には、ピザは美味かった。
アツアツのまま切り分け、伸びるチーズにタバスコを絡ませ頬張れば、程よい酸味のトマトソースと上品な味わいの生ハムが
バジルのフレーバに馴染んでいた。

タイフードはまた今度ナ、とにっこりとサンジが笑っていた。
猫舌の割には果敢にはふはふと挑み、何度も慌ててワインでクールダウンしていた。
ピザが焼きあがってからさくっと作ったサラダとロティスリーチキンもばっちり腹に収めた頃には、2本のワインはすっかり空で。
それもほとんどサンジが呑んでいた。

合格?とピザの出来具合を訊いていたのだろう、案の定ブランドンにデリバリしてもらったタルト・フルウィを珈琲でクリアする頃
には、どこかふわふわとした風情を帯びていた。
微酔っ払い。
「母のと張るくらいに美味いよ、」
そう応えれば。
「そっかぁ、」
ふわりと微笑んでいた。
「それは、うれしい」

皿は備え付けのディッシュウォッシャーに放り込み。
粗方片づけてから、サンジをヴェランダに誘った。
早めのディナーというよりはサパーだったので、時間はまだ10時過ぎで。
まだ半月に満たない黄金の月が、ふわりと闇に浮いていた。
闇に溶けた雲が時折流れていくのを見上げながら腕に抱き寄せ。
風が木々を揺らす音に耳を澄ませた。

「明日はまた車だ」
月の光を取り込むような髪に口付けて囁き、見上げてきたサンジの腰に回していた腕を軽く緩める。
「ここ、好きだったな」
そうっと声が告げてきた。
「思わぬ人間とも会ったしな、」
「ん、」
く、とヘヴンリィブルゥが細まった。
「いまごろ、海の上だね」

微笑が浮かべられていた。頬を片手で包み込み、親指でそうっと触れる。
とろ、と蕩けた笑みに蒼が甘い光を乗せていた。
「オマエも大陸に渡りたいか?」
首が横に振られる。
「ちっとも、」
優しい声が応えてくる。
「“ここ”がいいよ、いちばん居たい」
するりと腕を一層強く回され。肩口に顔を埋めさせる。
金に頬を預け、眼を瞑る。
溜息に近いほどに深い吐息が勝手に漏れる。

「ベイビィ、」
背中を撫で下ろす。
「愛してるって今日オマエに言ったっけか?」



自分の内に、想いが模られる瞬間っていうのがあるとしたなら。
絶えず感じてはいても、ふ、と溢れたことを知る刹那っていうものがあるとしたなら、それはこういうときなんだろう、と思った。
肩口に額を預けたまま、そうっと言葉にしていった。
「何度でも、言ってほしいよ」
言葉でも、眼差しでも、触れてくる指先でも。
あまい、低い声が。夜に溶け入るような節を軽くつけて模られていった。
「I love you baby,」

きゅう、と。腕に力を込める。
いつも、思う。
明日、なにもかもが突然終わっても。きっと幸福なんだろう、と。
「うん、」
鼓動が聞こえる、静かな梢が風に揺れる音と。

少しだけ、額を浮かせて。肩口に頬を預けるようにして首元、顔を埋めた。
さら、と背中。優しく撫で下ろされて目を上げる。
僅かに細められたグリーンが、部屋からの柔らかな明かりに見えて。
なに、と問う前に。鼓動が静かに競りあがった。
「Can I love you tonight?(今夜オマエを愛してもいいか、)」
あのな―――?ゾロ…?
「Look in my eyes, what do you find except my love for you?」
なぁ、おれの目、覗き込んでみてくれないかな。おまえのこと愛してるっていってるほか、何があるかわかる?

少しだけ何処となくリトル・ステファノって呼ばれていたころにきっと浮かんでいたような微笑、それを見上げて言った。
首に、腕を回せば。そのまま抱き上げられた。肩越し、くっきりと浮かぶ月が見えた。
ふ、と浮かぶ切れ端。
だから、そうっと耳元に言葉の切れ端のままで落とした。
古い歌の欠片のまま。
笑い声混じりに、告げる。心を歌で充たして、もっと唄わせて、と。

「I'll fly you to the moon, how can I not?」
月までオマエを届けよう、どうしたらそうせずにいられるだろう。
落とされる囁きに、吐息を零して。
く、と縋る腕に少しだけまた力をこめた。
ベッドルームの天蓋の幕が半分以上落とされていて。ベッド、横になったときに肩の下で柔らかなシフォンめいた布が音を
立てた。
すこしだけわらって、肩を浮かせて落とそうとしてもそのまま柔らかく垂れたままだった。
重なってくる身体が嬉しくて、きゅ、と肩に腕を回した。

「ゾロ、」
声が蕩けだしてるのが、わかる。
見下ろしてくる柔らかな眼差しを受け止めて、そのまま笑みに乗せて。
「この腕な…?」
言葉と一緒に背中を抱きしめる。
するり、と頬を撫でていく指先の感触に目を閉じそうになりながら、グリーンを見詰めて。
「抱きしめるためにあるんだ、おまえのこと」
鼓動を重ねるように抱きしめて、目を閉じた。




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