朝ご飯を済ませ、先に支払いの追加分を済ませた。
ランチボックスはラウンジで受け取ることになっており。
荷物を引き取りに来たブランドンと他二人のボーイが、眼をぱちくりとしていた。
どうした、と訊けば、あまりにも印象が違っていらっしゃるので、と返され。
低く笑って肩を竦めた。

「これから海岸の方に向かわれるんですか?」
訊かれたから軽く頷く―――大分先の話だが、ウソじゃないしな。
サーファ・スタイルのサンジがにっこりと大きな笑みを浮かべた。
「良い波を、」
そう言っていた別のボーイが、サンジの足元にひっかかったアンクレットから目線を泳がせていた。
キゲンのいいサンジが、がしっと親指を立てていた。にっこりと笑顔で。

エリィを入れたバスケットを引き上げ、最後にぐるりと部屋を見回す。
いろんなホテルに泊まってきたが、ゲストがフレンドリィ過ぎた以外には、過ごしやすい場所だった―――まぁテディは
楽しかったけどな。
す、とサンジが見上げてきたから、エレベータに向かいながら、どうした、と尋ねると。
ふわ、と目許で笑っていた。
どうやらサンジもこのホテルがタイヘン気に入ったらしい―――クエナイオトナ様々。
それでふ、と思いついた。

「サンジ、下に下りたら先に車に乗り込んでおいてくれ」
耳元に名前だけを囁く。
「ラウンジでピックアップしてから?」
「そう。運び込むのはブランドンたちがしてくれるだろうから、完璧に」
そういえば、振り返らずにいたボーイたちの背筋がピンと伸びていた。
「オーケイ、じゃあおれピクニック当番」
そう言ってサンジがにこっと笑った。
「チビに食われないようにな?」
に、と笑ってエレベータに乗り込む。
がちゃん、と鉄の柵がロックする音に、笑ったサンジが腕をひらりとさせ、時計にブレスレットが当たっている金属音が重なった。

ラウンジに下りれば、ムッシュ・ロベールがバスケットを下げて待っていてくれた。
ボーイたちは先に荷物を車に運び込みに向かっている。
サンジがにこにこと笑いながら、シェフに歩み寄っていた。
人懐っこいサンジの笑顔に、シェフも満面の笑みになっている―――祝福を得たような。
「どうもありがとう、」
嬉しそうにサンジが言い。
「こちらこそ、ムッシュ・ウェルキンスのために調理するのは楽しかった、」
にっこり笑って言っていた。

「嬉しいなあ、じゃあデザァトは秘密ですね?」
更に笑顔になったサンジに、軽いウィンクがシェフから飛ぶ。
「楽しみが増えますでしょうからな!」
サンジがバスケットを受け取り、サンジの分もまとめて握手をしておく。
両手で握られ、力強く振られた。
「またいらしてください、お二方が訪れるのを楽しみに待っております、」
サンジが甘くにこりと笑った。

サンジに先に車に向かうように指さし、コンシェルジェデスクに向かう。
支払いは終了しているので、いかがなさいましたか?と好意的な視線で尋ねられる。
サンジがまた目許で笑い、エントランスに向かったのを横目で見ながら、メッセージを残したいとコンシェルジェに告げる。
「どちら様宛てでしょう?」
「アンドレア氏だ、赤毛の」
ああ!とコンシェルジェの顔が笑顔に綻び。
確認のために告げられたフルネームに頷く。
「次にいらっしゃるのは秋になりますが、」
「いや、泊まりに来た時に渡してくれればそれでいい。ちょっとしたサプライズってヤツだ」

に、と笑うとコンシェルジェも微笑み。
それから便箋と封筒とペンを手渡してくれた―――ホテルの名前が甘いゴールドで小さく入った真っ白い厚い紙。
一瞬文面を考え、それを文字にする。
『アンタが正しかった、確かに“すげェ”場所だったよ。教えてくれてアリガトウな―――Z』
宛名にクエナイオトナの名前を書き、封をした。そこにシンプルなハートマーク。
コンシェルジェが微笑んだ。
「笑えるだろ?」
言えばますますにこやかな笑みを返された。

「大切にお預かりします、ウェルキンス様」
「渡す時は黙って渡してくれ、その方が、」
に、と笑えば、頷きが返される。
「楽しみが倍増、ですね」

それからバックポケットから紙幣を取り出す。
「手間賃、」
「いえ、そんな」
「いいからとっとけよ」
「いえ。お客様の表情がなによりの褒美になりますので」
まあ、確かに。あのどこかいつも冴えたクエナイオトナのにっこり穏やかな外面が、訝しげに代わり。それがまた苦笑に
転じるのを側で見られるのはなによりの“ゴチソウ”かもな。
イイオトコの代名詞に成り得るヒトなわけだから。

「見れなかったら、それで残念会でもビールで開いてくれ」
「そこまで仰いますならいただきましょう。私に任せてください、必ずお渡しいたします」
に、と笑って手をひらりと振れば、またいらしてくださいませ、一同またのお越しをお待ちしております、と深々とお辞儀を
されて見送られた。

エリィのバスケットを抱えて車に向かえば、ベルキャプテンが苦笑を刻んでいた。
そしてサンジがドライヴァーズ・シートに。
バックシートにエリィのバスケットを収め、ベルキャプテンに世話になったな、と礼を述べれば。
ひょこ、とピラーの向こうから運転手が覗いていた。
「車、サンクス」
「いえ。メンテナンスはしばらく大丈夫ですから。お気をつけて行ってらっしゃいませ、」
「アリガトウ、」
手をひらりと振ってから、車に乗り込む。
サンジはどこか威張った表情で、窓に肘をかけて、しれーっとしていた。

「待たせたな、」
「んー?」
ちらっと蒼が見上げてきて、それからエンジンをかけていた。
その間にナビをセットする。
行き先は、ソノラ、テキサス。

「お世話さま、またね、」
そうサンジが待っていたベルキャプテンやボーイやら運転手たちににっこり笑い。
それから車を走らせていた。
ひらりと手を開け放った窓から振り、サイドミラーを覗き込めば。
揃って頭を下げているのが見て取れた―――ほんとうによく仕込まれた連中だ。

サンジがバックミラを眺め、
「いいところだったね、」
そう言っていた。
「また来たいか?」
すう、と一瞬眼が合い、ふわりと微笑んでいた。
「また一緒に来ようか」
「マルディ・グラの頃にでも」
「そうだな」
ふわりと笑ったサンジに、インターステート10に乗るように、指で行く方向を示す。
ヴァーミリオンの敷地を走りぬけ、車はあっという間にニューオーリーンズ郊外へと飛び出る。

「はぁい、そしたらまたシャンクスと大パーティーでおまえはげっそり」
軽い口調で言ったサンジに、くっくと笑う。
「それも悪くないさ、」
―――生きてるって思えるからな。
「あのヒトもオマエくらい、酒底なしだぞう?」
「灰色も呑むだろ、3人で潰してやろうぜ、」
「うーわ!」
ケラケラ笑ったサンジが、僅かにアクセルを深めた。
「おれ、最初に撃沈じゃないか」
「抱きかかえてるから、安心して潰れなさい」
にっこり笑って、視線を外に向けた。

どこか古びた街並みはあっという間に過ぎ去り。これからしばらく先は、片側4レーンの広いロード。
「安全運転でよろしく、ベイビィ」
笑って茶化して、後ろに積んであるランチバスケットを振り返る。
「適当なところで降りて食ったら、交代な」




next
back