街灯に照らされたダウンタウンのメインストリート。
サン・アントニオは古いスペイン形式とモダンが入り混じったシティで、したがって人通りと車の数はまだ多い。
横をハットを背中に下ろして、す、と伸びた姿勢で歩くサンジは。
多分オレが隣を歩いていなければ、とっくの昔に拉致されている頃だろう。
すんなりと伸びた素足が、白のブーツと短いデニムの間から覗く。
ヘタすれば、この時刻から角に立つオンナたちより官能的なルックス。

暗がり、眼を逸らしたオトコ―――アレは悪い存在だ。
人込みの中にあっても、観光客、地元の人間、闇の住民、危険なニンゲン―――見渡すだけれ見て取れる。
NYCより渾然としておらず、なおかつ上品なヴァーミリオンの後だと、更に闇が浮き立つようだ。
少し斜めに被った帽子の下から視線を飛ばせば、数人が眼を逸らした―――Keep Off。失せやがれ。
チャイニーズよりメキシカンが近くて助かった。コレをそうそう外を歩かせておくわけにはいかない。

のんびりと歩くサンジのブーツの音がカツカツと響く。
「アリステア、虫が入ってるテキーラ、なんていうんだっけ、」
ふんわり笑顔で見上げてきたサンジを、賑わいとBGMの音が洩れる店へと促す。
ドアを開けたサンジが、いきなり集まった視線に肩を後ろに引いていた。
その背中を軽く押して店内に入る。視線―――見てンじゃねェよ。
す、と。何人かはすぐに視線を反らせていく。それに低く笑ってテーブルに着けば、黒髪をカールさせたグラマラスな
ウェイトレスが直ぐに来た。

「シニョール、メニュウどうぞ」
水まで用意されていた、珍しいもんだ。
「こんばんは、ありがとう」
「イラッシャイマセ、お客さんみたいなハンサムさんの二人連れ、嬉しいわ」
スパニッシュのアクセントが強く残ったトーンで喋りながら、朗らかにカノジョが笑う。
「決まったら呼んで、すぐに来る」
ばちん、とマスカラを塗った睫がウィンクを飛ばした。
奥から呼ばれたのに、Si,si、と言いながら戻っていく。
短いスカートから長い脚が伸びていた―――サンジの方がセクシィだけどな。

空中でウィンクを捕まえる仕種をしていたサンジが、いる?と訊きながら差し出してきた。
脚をぶらぶらさせながら、にっこりと笑顔。
「No thanks、」
「そ?」
帽子を脱いで、ソファに置けば。サンジが笑ったまま一輪挿しの花にそれをやっていた。
マジカル・ダストでもやるように、花の上で手を開いて。

「で、ワーム・テキーラ呑むのか?メスカル、」
グサーノ・ロホも置いてるぞ、と言えば。
「うん?訊いただけだよ。今日は潰れるわけにはイキマセン」
そう言って、ふわりと明るい笑みを乗せていた。
「まだこれから2時間はドライヴあるからな」
「その後もねー」
けらけらと笑ったサンジに肩を竦める。

「で、何を食うんだ?」
「あ」
きらりと蒼が煌いた。
片眉を引き上げて見遣る。
「ノパリート(ウチワサボテン)のサラダがある」
「好きなもの頼め。テキーラも飲みたければ3杯までならいいぞ、」
「んん?」
すい、と顔を見上げてきた。
なんだよ、と視線で返す。
「フローズンマルガリータ辺りにしとこうか、ペーパーパラソル付き」
にこお、と笑った笑顔が無邪気だ。
すい、とテーブルに肘を着いた瞬間に鳴るブレスレットの音まで涼やかだ。
真っ直ぐソノラまで行っちまうベキだったか、と今更悔やんでも致し方ない。

「タキートスとトスターダスと、」
すう、と視線を泳がせていたが―――プレートではなくヒトを探している眼差しになっている風にしか見えない、んだろうな。
「あれ、エンチャラーダ、かな?美味しそうだよ、」
ふわんと笑みを浮かべながら、小声で言っていた。
トン、とサンジの頭を軽く小突いてから、メニュウを指し示す。
「んん?」
「オニーチャンが妬くから視線は巡らさない」
またふんわりと笑ったサンジに苦笑して告げる。
「ただのお子様スタイルに逆戻りなのになぁ」
くっくと笑って応えたサンジに肩を竦める。
「コドモにはコドモの価値があるだろ、」
それはオマエには当てはまらないけどな。
「―――う?」
困惑ガオ、ふン。

「適当に決まったらオーダするぞ。人間以外のモノなら見ててもいいが」
「アリステア、なあ、あれ、」
「はン?」
ウェイトレスの運ぶプレートを見ていた。
もちろん、ウェイトレスは満面の笑み、カワイイ子羊チャンは食い頃、か?
「食いたいのか?」
「あれあれ。おれあれと同じのがいい」
手を挙げ、先ほどのオンナを呼び寄せる間にも、サンジが頷いていた。
「はぁい、シニョール。オーダどうぞ、」
エンピツを持った手を腰に当てて、ウェイトレスが遣ってきた。

その間にも、サンジはその隣の客から、グッド・チョイスと言われていた。じいさんだから許す。
だろ?とサンジが眼で応えているのに肩を竦め。
先ほどサンジが見遣っていたプレートをオーダした客を指さし、服装で個人を指定する。
「あのオトコが頼んだものをヒトツと、エンチラーダス・ロハ。フローズン・マルガリータとアイス・コーヒー」
「…アイス・コーヒー?」
「あのさ?」
ウェイトレスが甘い声で訊き返して来るのに、サンジの声が被っていた。
「ウチのコーヒー、不味くて有名なのよ?」
サンジを見詰めながら、シンジラレナイ、とオンナが眼で語っていた。

「おれ替わろうか、呑む?」
そうサンジが訊いたので、ああ、運転してきたのね、とオンナが納得顔になった。
「いや、いい。気にするな」
「そう?」
「そうよう。オニーチャンにフローズン・マルガリータは似合わないわぁ」
けらけらと笑って、なぜかウェイトレスが返事をする。
「そうかなあ?けっこうどピンクとか呑んだりして」
「やぁだ!ハンサムなのにぃ!」
けらけらと笑ったサンジに、ウェイトレスともども店内が明るくなる。
「ビーチなら許すけど、そのカッコウならテキーラ!でしょ」
許されなくてもケッコウ―――口に出さずに応える。

「だってさ?ほんとに要らないの?」
すい、と首を傾けたサンジに、首を横に一度だけ振る。
酒に酔いはしないけどな、危険な狼サンたちがウロウロしているところでオマエを連れて酒なんか呑んでられるか。
「ん。わかった、じゃそのままのオーダーで、」
そういってサンジがオンナを見上げる。
「なぁに?」
「ご心配なく、綺麗なオネ―サン。兄は不味いコーヒー好きなので」
にっこお、とサンジが笑った―――あー……クソウ。安売りするな、遠くで狼の鼓動が高鳴っただろうが。
「な?」
更に甘い笑みを浮かべてサンジが見詰めてきた―――これで苦笑できなければ連れて出て行くぞ、オマエ。

けらっけらと明るく笑い飛ばしたウェイトレスが、Si, si、と歌うように続ける。
「トスターダスのポジョ・ピビルをウノ、エンチラーダス・ロハをウノ、アイスコーヒーに、フローズン・マルガリータ。
飲み物は直ぐに出すわね」
20分くらいでフードは出すわ、またなにかあったら呼んでね。
そう言って、ウェイトレスがにこにこと去っていく。
集まっていた視線を軽く威嚇して散らさせて、テーブルに溜息。
サンジはにこにこと笑っていた―――ま、ショーガナイか。




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