「アリステア、」
フローズンマルガリータの黄色のパラソルをグラスの縁から外して、ひらひらとさせた。
デザート代わりに、2杯目をおれは飲んでて、ゾロは。
アイスコーヒーじゃなくて、いまは、なんだか、麦芽飲料??そんな色となぜかとろみまで感じられる、見ただけで。
そんな謎の茶色いモノを呑んでいた。
一応、カノジョの言うには『これでもエスプレッソ、っていうのヨ』って、エスプレッソ。
「止しときナよ…?」
若干不安になって言った。
「58時間眠れそうもないじゃないか、ソレ飲んじゃったら」
軽口に混ぜて言うけど、だってさ?すごい、よソレは幾らナンでも。


「じゃあ数口分だけな、」
「うわ」
それでも飲むのか―――
「尊敬するよ、マニアの道は険しいねぇ…」
ペーパーパラソルをまたくるくると一応、デミタスカップだったから、その目の前で回した。
ゾロが、カップの縁越しに苦笑していたけど。
―――そんな顔したって、カッコいいだけだぞ?
ウェイトレスのオネ―サンと、隣とその隣のボックス、オネ―サンたちの目が釘付けになってるしね。

じ、と。
一口含んだゾロを観察してみた。
あぁ、やっぱり。グリーンが、僅かに細められた。―――相当、すげぇ味なんだな、これは。
「アリステア、」
声を落とす。
「それ、トップ・スリー入った?」
「スタンドの激薄いのとの対極にあって甲乙付け難い、」
優雅な口調で言われたから、また笑っちまった。
「メインは美味しかったのにね、」
あと、フローズンマルガリータも中々上手い、ここは。

また、苦笑がちらりと掠めていって。でも、今度はどこか柔らかな風情だった。
いままで、どこか冴えた気配が底に潜んでいたから。おれも、すこし安心した。
―――不特定多数の中にいる、というほどここは混んでもいないし、マーケットでも無いからおかしいな、とは思っていたけど。
そっか、よくわからないけど少しは背中側の目もお休みって?

そして、他所のテーブルから、す、と。
む、これはスモーカーの習性だね、きっと。紫煙の香りが空気に乗ったのがわかった。
店内、これは禁煙じゃないんだ。
「アリステア、3秒ルール、生きてるのしってるし、守るから。確認だけ、イイ?」
おれが見回す前に、何度か、極自然に視線を周囲に走らせていたゾロが、少し声を潜めた。
「なんの確認だ?」
「ここが、スモーキングエリアかどうか」
オネガイ、と両手を合わせてみる。
しゃらしゃら、と。手首から肘までシルヴァが滑り落ちていく音と被さるように、
「ドウゾ」
ゾロが肩を竦めると同じ仕種でウェイトレスのカノジョを指先で呼んでいた。
その線の先を目で追いかけて、近付いて来ようとしていたカノジョに、「ここ、タバコオッケイ?」
笑みと一緒に訊いて見る。

「Si,si!」
ぱあ、っと。ダリア、それもオレンジの。そんなイメージの満面の笑みで返された。
「じゃ、アシュトレイくださいね」
そう言葉にしたなら。
すい、と隣のテーブルからアルミの薄い灰皿が差し出された。
「あ?いいんですか?ありがとう」
「どうぞどうぞ、」
淡いピンクのマニキュアを綺麗にしているご婦人。
「お食事中なようですけど、構いませんか?」
銀色の灰皿を受け取りながら確認する。これは最低限のマナーだし。
「気にしなさんな、」
ご婦人の向かいに座っていた年配の男性に、今度は笑みで返された。

じゃ、遠慮なく、と。テーブルに灰皿を置いて。
「いい?」
ゾロに確認した。
ここが、一番大事だからね、何しろ。
頷いて、デミタスカップを置いていた。―――ああ、ギブアップしてる、珍しい。
もの凄いんだな、おそらく。
口の中のアロマを消したいのか、水を飲んでたけど。―――それも、お世辞にも美味しくないよね。

ライターをバックポケットから少し苦労して取り出して。
かさ、と。
何かの紙の音がしてた、何かおれ入れっぱなしにしてたっけな?まあ、いいや。ケース。
これは―――あれ?前のポケットかな。
ヒップポケット2つと、フロントのポケット2つ、それに手を突っ込んで。
「あれ?」
思わず口に出していた。
取り出したケースの中身は、きれーに空。
ふわ、とガラムの葉っぱ独特の甘ったるい匂いだけ。
「あらら」
ぱたぱた、とケースをひっくり返しても、出てくるはずないし。

すい、とゾロを見上げれば。
「ウェイトレスに買ってこさせろ」
ぼそ、と「オニイチャン」が言っていた。
でも、さ?さ、と店内を見回して、カノジョは一番奥のテーブルでオーダを取ってる真っ最中だった。
「いいよ、忙しそうだし。おれ行ってくる」
すい、と立ち上がって―――はん?
なんでおれを見るんだろう?変なお客だな。
変なの、って顔したのがバレタのか、ゾロがく、っと眉根を寄せていた。―――あ、ごめんごめん、変な顔シマセン。

「どうせ、ヴェンダだろうし、ガラムなんて多分ないから適当に好きなの買ってくる」
ソファから抜け出してテーブルの横でゾロに言った。
「すぐ戻るね」
気をつけろ、と。少し溜息混じりに言われたけど―――や、この店の中、段差なんて無いし。そもそもおれ転ばないよ、
大丈夫、そんなことを返せば。
「オレが見える範囲だけにしろよ、」
もっと、なんだ?少し疲れた風に付け足された。

じゃ、と笑みをヒトツ。
自販機なんだろうな、どうせ。だったらあるのは店の端の方か。
テーブルの間を抜けていって、ちょうどオーダをしにきていたウェイトレスのカノジョとテーブルの列を抜けたところで
あった。
「オネ―サン、」
笑み。
「シ、シニョール?」
また、笑み。
「タバコ、何処で売ってます?この店」
無くなっちゃったんだ、と付け足す。

「ヴェンダになければ、キャッシャーのホセに訊くといいわ、」
ぱち、と。長い睫のウィンク付きで返される。
「グラシアス、」
また仕事に戻っていくカノジョが指差したのは―――ああ、やっぱり。
通路の多分奥、デンワだとかトイレだとかの側だ。―――うううん、死角だよな、あれは。
ゾロの、言いつけ優先。あそこまではいくら「オニーチャン」でも視界に入りません。
ヴェンダに入っているとも思えない、おれの銘柄。
産地のインドネシアでもあんまりみかけないのに。

となると、キャッシャー、だな。
グラスがカウンターの上からぶら下げられていて、磨き込まれたボトルだとかワームテキーラだとかのある辺り。
あーと?
ちら、と振り返れば。
ゾロだけ見つけられればいいのに、なぜか。店内の殆どの目線とぶつかった。
―――ふん???なにが珍しいんでしょう。




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