ダウンタウンのストリートを、出来るだけサンジを近づけたまま通り抜ける。
意識は前後左右、全部に張り巡らせ。
けれど出てきた店に戻りがちだ。
ストリートを練り歩くギャングや下っ端はどうにでもできる。が―――目配せをしてきた髭の濃い男。
あれは本気で“ヤバい”。
軽い口調と明るい表情で装ってはいるが、眼が物語る、アレは相当上にいる人間だ、と。

車まで足早に戻り。ざ、と周りをチェックして弄られてはいないのを確認。
セキュリティを外して、サンジを乗り込ませる。
後ろ、誰も着けてはいない。
サンジがシートベルトをしたところで車を出し、ストリートを抜け、I-10に戻す。
「あ、」
サンジが小声で言った。
目の端、煙草の箱の中に入れられていた紙切れに、電話番号らしい数字の羅列。
眉根が勝手に寄る―――タダのナンパならともかく、アレの狙いは何だ?

「なんで??」
「なにが、」
「この番号、おれ貰ってもショウガナイのに」
サンジが車の灰皿を引き出し、その中で紙を焼いていた。
匂いにエリィがミィと鳴く。
「うん、エリィ。ごめんね、すぐ済むから」
「―――オレに訊くな、」
優しい声で言っていたサンジに視線を一瞬遣る。
「ナンパってのはそういうもんだろうが」

きょとん、と蒼がまた丸まった。
「バーテンダのホセにもナンパされていただろう?」
あれは小物だ、しかも墜ちてない。
きょとん、とサンジがますます眼を丸めていた。
「えええと、」
「―――悪い、オマエに言っても仕方がないか」
「南受けの方がいいみたいだね?」
窓を全開にして、サンジの手の中の灰皿を引き取り、中身を外に撒いた。
「でもそれって、おまえといてわらってばっかりだからじゃないかなぁ、」

「南の方が陽気だがキケンだ、一見明るく軽いがその分日陰も濃い。あの街でオマエの格好は―――やめよう、連れて行った
オレが悪い、」
場所柄を考慮しなかったオレが悪い。
そしてサンジの性質を。
「ごめん、反省する」
「なにを反省するんだ?」
真摯な表情で一生懸命に見詰めてくるサンジを見遣る。
そこが理解できていなければ、意味がない。
「おれの、ガールフレンドが、夜にこういうカッコしてたらやっぱり少しは嫌かもしれない、でも、」
おれ、オトコなんだけどなあ、と。小声で決して納得はしていない声が言っていた。

「ガールフレンド連れてアップタウンでその格好なら、嫌だ、で済むけどな」
「――――――んん…??」
「オマエ、ブロンクスでもいまの格好でいけるか?」
ブルゥを細め、ガールフレンドがこの格好??と言っていたサンジに眼を細める。
「―――ハイ」
漸く何かに納得したらしいサンジの声が、反省の色を帯びた。
「だけど、ブーツ脱げなかったんだ」
小声で言い分けてくる。

「ああ、だからそれを込めてオレが悪いと言っただろう?」
「悪くない、ごめんなさい」
窓を閉めて、ラジオを着ける。
「―――じゃあ手打ちだ、オーケイ?」
サンジが純真で、多少“解っていない”ところがあるのは仕方が無い。
そういう生まれで、そういう環境に育ち。
キケンが遊びと成り得るクラスのバックグラウンドからいきなりココじゃあ―――しょうがないだろう。
これが赤の他人であれば。
痛い目を見ればいい、と突き放すこともできる。
けれど、サンジを“ココ”に連れてきたのはオレで。
サンジを護りたいのもオレで。

見詰めてくる蒼にひらりと手を動かす。
「悪い、気が立ってるんだ、」
あの男、底冷えがする―――“オシート”。
のうのうと部下に始末を任せて贅沢三昧を貪ってるような連中とは明らかに違う、現役の幹部。
ちらりと笑ってみせた顔はインプリントされている。
サンジが貰った番号も。
南のマフィア。

バックミラーをチェックする。
尾行してきているような動きをしている車はない。
逃してやった“ベベ”をわざわざ追うような酔狂な人間には見えなかったが、それでも―――。
人間を殺したことのある眼をしていた。
使い走りの暗殺者などとは比べ物にもならない“大物”。
身体の底まで凍て付かせる光を持っていた―――まだ内に氷の感触が残っているような気がする。

ゾロ、と。
反省した声が呼びかけてきた。
強い(こわい)人間がオマエの嗜好か、サンジ?
踏みすぎないように気を付けていたアクセルを微かに踏み込む。
夜のハイウェイはスピードを上げる車が多く、それを捕らえようとする警察も数を為している。
けれどまわりと一定のスピードを保つ分には問題ない―――却って遅すぎる方が危険だ。
ニュースが流れていたのが、最新のポップスに替わる。





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