まっくら、な道を通り過ぎるヘッドライトもないくらいの、それでも妙に広い道幅の道路をしばらく行って。
ロードムーヴィでしかお目にかかったことがないような、道路沿いのネオンサインがあった。
じじ、っと音がしそうな点滅具合で、INNの赤文字、それからその下には矢印。これはブルーで。ぐねぐねと曲がったネオン
サインが、Sabrina Inn、と。これは明るいグリーンで光っていた。
白っぽい平屋の建物、入口が幾つも並んで。
ガラスの小窓のところに、Office、とこれも赤のサインボードがちかちか光っていた。

なぜこんなに詳しく見ていられるかというと、パーキングにクルマを停めたゾロが一人で降りていって、そのオフィスに入って
行ったからだ。
おれは、眠っているエリィと留守番。
「中で待ってろ、」って言われたけど。
宿泊名簿に名前書かなくていいのかな―――?
ああ、そもそも。ちゃんと名前書くひとなんていないのか?わからない。

並んだドアの内側、その中の幾つかの小窓、ドアの側の。それがチカチカと光っていた。
へぇ、あの明かりは―――テレビだ。やっぱりコインで見るのかな?
インドネシアの島の、バンガローとも違うんだろうなぁ、中は。

あぁ、ゾロだ。オフィスから出てきた。
暗がりでも際立つような姿を目で追った。
そしてそのまままっすぐ、並んだドアの前を歩いて行く。
一番外れから3番目、クルマの中から見えるギリギリのドアの中にすい、と消えていった。
出て行くときに、言われたことはもうヒトツ。
『部屋の中、確認してからオマエを呼びに来る、オオケイ?』
それに、頷いて返したわけだから、大人しく待っているほかはない。

サブリナ、―――サブリナ?
オードリーと何か関係があるのかなあ。
雨に濡れたカノジョが憧れたヒトと入ったのはこういうとこだっけ?あれ?これは別の映画だ、モノクロの。
アタマを使わない思考を漂わせて、時計を見たら午前零時近かった。
12時間以上も移動しているんだ。そっか。

さ、とドアから明かりが洩れて、ゾロの姿がシルエットになったのが見えた。
だから、エリィを呼んで、起こして。
すい、と眼差しを戻したら、ゾロがクルマのドア横にいた。
わざと、ぺた、と窓に張り付くようにしてみた。
口だけで音にせずに「出してくれー」と大げさに言ってみる。
くぅ、と笑みを刻んだゾロが、外からドアをアンロックしてくれた。
―――過保護だと思うよ、といつだかも言って、一笑に付されたことも思い出した。

重たい音を立てて開いたドアから滑り降りて。
トン、とゾロの前に立った。
「荷物は、全部運ぶんだ?」
バックドアを開けていたゾロに訊く。
「一応な」
「トランクの中の箱はいいよね?」
「あぁ」
「了解」

エリィのバニティだとか、バスケットをまず降ろして。
「ア、ゾロ?」
ひょい、と。スーツケースを取り出していたゾロに言った。
「なんだ?」
「乾燥ティビーは中でもいいよね」
バックシートに転がっていた「鼠の干物」を指差した。
「どちらでも、」
「モテルに本物がいたら復讐されそうだから、置いておこう」
くす、と笑ったゾロの声が心地良い。どこか、ずっと。
あの店に入る前からも、入ったあとは一層。出てきてからはもっと、冴えていたから。
―――気を使わせちゃったか、ごめんな…?




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