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 髪と身体を洗い終えて、シャワーブースを出る。
 「ゾーロー。シャンプーしないでおいたほうがいいかもしれないよう、」
 そう言ったサンジに、もう終わった、と告げてバスタブに滑り込む。サンジの反対側。
 「―――感想は?」
 冗談のように青い微温湯。
 少し日に焼けた白い肌と、濡れて重たい金のコントラスト。
 「ペンキに浸かってるみたいだな」
 「楽しい」
 苦笑してワインをグラスに注ぎ、サンジに手渡した。
 ふにゃあ、と笑っているのに口端を引き上げる。
 足先をぱしゃぱしゃとさせ、軽く水飛沫が掛かる。
 「ワインに混ぜたら不味そうだぞ?」
 
 そう言えばサンジがくっと笑い、グラスを受け取っていった。
 自分の分もグラスに満たし。軽く空に掲げて乾杯の挨拶。
 「砂浜でなくても味わえる青い水に」
 「これ、どこで売ってるんだろう」
 にこっとして一口呑んだサンジに肩を竦める。
 「この辺りの土産屋にあるかもな」
 「あったら買うね」
 「買うのか、」
 苦笑する、肌に纏わり付きそうだ。
 
 ほらほら、とサンジが笑って手を差し出してきた。
 その手を取る。
 手の中にはスパングルのように煌く星型の小さな欠片が入っていた。
 「一緒に入ってた」
 「海じゃなくて空ときたか、」
 「そう!」
 嬉しそうなサンジに笑いかけながら、グラスを傾けて空にする。
 
 ボトルを手にとってグラスを充たした。ついでサンジのグラスも。
 「ゾロ、」
 ふ、と見遣ってきたサンジに、視線を合わせる。
 「なんで、そっちにいるんだ…?」
 にこっと笑ったサンジに、ワインの減る量がわかりやすいだろう、と告げる。
 サンジが手を水に浸け、星を青に戻していった。ふわりとそれがいくつか浮かぶ。
 
 「バブルバスでも笑えたかもな」
 「うん。中国の昔話を知ってる?」
 空の川のネ、とにこっと笑ったのに首を傾げる。
 「知らないな」
 「空の川の、対岸にね。牛飼いと機織娘がいて、好きあっているのに川を渡れないんだ」
 「なぜ?」
 ワイングラスを傾けながら先を促す。
 「機織娘が布を織らなくなるかね、その牛飼いを想ってばかりで。それで女神だったか天帝がか、簡単には会えなくしたんだ。」
 すい、とサンジが指先で水面に浮いていたスパングルの一つを押して流した。
 「川には星がいっぱい流れてるんだ、」
 「ふン」
 バスの縁に腕を掛けて身体をサンジに当たらないように伸ばす。
 「だけど、年に一度。川を渡れる、それが陰暦の7月7日。こっちのカレンダーならもうすぐかな…?」
 
 「その牛飼いなんだが、そいつは大人しく一年に一度の逢瀬がやってくるのを待ってたのか?」
 オトコとしてそれはどうだろう、とゾロはちらりと思う。
 サンジが片手を水中に下ろし。足の裏を擽ろうとしているのに苦笑する。
 「そう、牛飼いは山ほど世話をしなきゃいけない牛がいるんだ」
 「休みが1年に1回で、逢瀬もそれだけか?随分とどこだかのカップルは忍耐強い」
 物語を反芻してどこか呆れる。年に一度だけだ?
 「お互いに、対岸から姿だけはどうにか見えたはず、」
 「まるまる見えないのなら踏ん切りも着くだろうに、かなり過酷だな」
 ハァイ、と小声で言ったサンジが、小さく手を振ってきた。
 
 「ワインをもっと?」
 「うん、」
 ボトルを差し出して、グラスに注ぐ。
 ついでに自分の分も継ぎ足して、ボトルをバスの横に置いた。
 すう、とサンジが身体半分を伸ばし。するりと肩に腕をかけてきた。
 滑らないようにだけ、腕を回して腰をサポートする。
 「で、そのハナシの続きは?」
 「ないよ、年に一度だけ二人は会える。それだけ、」
 「ナルホド。オレには真似できないな」
 するすると額に額を合わせているサンジに微笑みかける。
 「川は渡れないんだョ、でも」
 「女神をタラすなりするさ。渡っちまえば後は飛ぶだけだろ?」
 「だからね、機織は白鳥?だったかな、それに乗せてもらうんだ。それが来るのが年に一度」
 
 「なんで大人しく返すんだ?」
 「――――さぁ?牛飼いがおまえじゃないからダロ?大人しく帰るほうも帰る方だけどネ」
 ちゅ、と口付けられて口端を引き上げた。
 「まあ悩んだ経過を考えれば、あまり強くはいえないか?」
 「んん、でも―――」
 すう、と耳元にくちづけられる。
 「ん?」
 「一緒に“飛んで”くれてありがとう」
 小さな呟きが零されて。ゾロは小さく笑った。
 「こちらこそ」
 
 
 
 こめかみをに額を押し当てるようにする。
 まっさおな水がゆら、と小さく揺れていた。
 ゾロ、と名を呼ぶ。
 濡れた髪を指で梳いて、もう一度頬骨の上にキスを落とす。
 「キスしてもいいかな、」
 「訊くようなことか?」
 優しく見守るようだった眼差しが、ふわ、と微笑に彩られていく。
 柔らかく啄ばんで。僅かに浮かせる。
 「念には念を、」
 笑い声混じりに囁いてから、唇を辿る。
 ぺろ、と軽く舐められて、口元が笑みの容になっていく。
 
 お返しに、ゾロの唇も濡らしてから少しだけ滑り込ませる。
 薄く開かれたその間に浅く差し入れて、つるりとした舌触りを味わって。少しだけ唇で食んで。
 深くまで差し入れる。
 翠が、煌いていた。
 やんわりと緩く舌先を押し合わせて、掬い上げるようにして。
 青に濡れていたけど、頬に添えた手が僅かに頬の筋肉が動いて、口角をゾロが引き上げたことを伝えてくる。
 水が揺れても、縁に置かれたグラスは溢れた水に落とされることはないだろうな、と。ちらりと目で確かめて。
 もう一方の腕をゾロの首に回して。
 角度を変えて、口付ける。
 
 そうっと応えるように絡められる濡れた熱をあまく食んで、吸い上げて。
 おれのしたいように、させてくれている、――――んだな、これは。
 ゆっくりと、深く。浅く。唇を、口付けを味わってから、きゅ、と舌先を食んだ。
 濡れた唇を舐めて、もういちど啄ばんで。
 こく、と喉を鳴らす音に鼓動が跳ね上がる。
 ぐる、っと濡れたなかを全部なぞり終えてから、かぷ、と下唇をあま噛みして。唇を静かに擦り合わせた。
 くう、とゾロの口端が上がっていくのを間近で捕らえて。
 軽く伏せられた鳶色の睫のラインがやっぱりきれいだと見惚れる。
 すう、と伸びていく眉の線も。
 きつい印象の目元も、無駄の無い輪郭も。
 
 ゾロが、目を閉じていてくれることの意味を知るようになったのは何時だったか。
 信じてもらえてるんだな、と。泣きそうになったっけ。だから、いまでも。現にいまだって、心臓が痛い。
 口端に口付けを落として。閉ざされた両の瞼にも唇で触れて。
 くう、とその頭を抱きしめた。
 する、と。微かに唇を寄せられたことがわかる。
 あぁ、いま。おれもしかしたら涙声になるかもしれないけど。
 「―――――あいしてる、」
 髪に頬を押し当てる。
 「サンジ、」
 ぎゅう、と背を抱きしめられる。
 
 「悲しいんじゃないんだ、うれしいんだョ」
 腕に力を込める。
 「ほんとうに、馬鹿みたいにネ、嬉しいんだ」
 頬に柔らかく唇で触れられ。笑みを作る。
 「アリガトウ、」
 低い声が響いてくる。
 「おまえが在るから嬉しいんだ、」
 腕を緩めて額をあわせた。
 ふわ、と微笑で返される。翠が優しい。
 「こんな青の中で言っても真剣味が足りないかな、」
 穏やかな翠を覗き込んだ。
 「場所じゃなくて、誰と一緒かってことが重要なんだろう?」
 に、とゾロに笑みが浮かぶ。
 ぱしゃ、と青のなかに手を浸ける。
 そのまま下肢まで滑らせて、そぅっと掌と手指でゾロの中心に触れた。
 「“ここ”じゃあガマンするから。向こう行こう…?」
 
 
 
 
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