ジャスミンをあやしていてください、と。
酷く“デカイ”ネイティヴの男が、小柄な老人に告げていた。
「山へ行こうか娘」
かっかと笑っている老人に、男は小さく笑って。
「もうすぐディナーですから、遠出はご遠慮ください」
そう告げて、こちらに向かってきた。
「行かぬわ、見ものであるのに」
笑って外に赤ん坊を抱いたままでいる老人を見遣ってから、直ぐ側までやってきたオトコに目を向ける。
ジープの男が“空を駆ける者”だとしたら。
この男は“大地”だな、とゾロは思う。

「“アルトゥロ”?」
訊けば男がはにかむ様に笑って。
「リカルドが寄越したか」
そう言って手を差し出してきた。
「伝言も預かっている」
「それよりは荷物とチビちゃんを出しなさい。ここまでは遠い、喉も渇いただろう?」
サンジも不快にならない程度に、じっと男を見詰めていた。
「アンタ、赤ん坊もいるのだろう?迷惑じゃないか?」
言えば、くう、と男が口端を引き上げた。
「遠慮することはない、ゲストルームは空いている」
弟が帰ったばかりで妻がつまらながっていたから、よければ何日でも泊まっていくといい。
そう続けられて苦笑した。

「今晩お世話になります」
「ふむ。礼儀正しい狼も良いものだ」
ぽん、と腕を軽く叩かれた。フレンドリィタッチ。さて、男がなにを読み取ったのだろうか。
サンジが、ありがとうございます、と言ってエリィをバックシートから出しに行っていた。
トランクからスーツケースを取り出せば、男にひょい、とそれを持たれた。
「お気遣い無く」
「遠慮することはない、リカルドの寄越した客だからな」
車をロックすれば、ドアの前まで軽々と荷物を運んだ男が、サンジと一緒に追いつくのを待っていてくれた。
「ホテルのようにはいかないが、自宅だと思って寛いでいきたまえ」
「ありがとうございます」
促されてサンジと一緒に家に入れば。
そこはまさしく、マカロニ・ウェスタンで見たような家具が木の家の中で絶妙な配置で置かれていた。

「ナタリア、」
男が奥に向かって呼びかけると。
随分と若い女性が、キッチンからひょいっとカオを覗かせた。
「お客様だ、ようこそイラッシャイ」
メキシカンではなくスパニッシュ訛りの英語が耳にくすぐったい様なうきうきとした声でナタリアが言った。
グレート・サンダー・フィッシュはサンジに向かって
「ジャスミンは猫が好きじゃ。気にするな」
そう言っていた。
サンジはにっこりと老人、赤ん坊、女性へと視線を向けていた。
「適当に掛けてくれ。ジャスミンにミルクをやったら晩御飯にしよう」
「お世話になります、」
すい、と頭を下げたサンジににっこりと笑って、す、と年代物の木の椅子を示した男は、荷物を持って奥へと行っていた。
「はやく座らぬか」
「晩御飯にするなら、お茶はいらない、かしら?グレート・サンダーフィッシュ、お酒居るかしら?」
にか、と笑った老人に向かってナタリアが訊いている。
「酒だな!メスカルなどどうだ?狼」
にっかあ、とまた老人が笑いかけてくる。
サンジが椅子にかけたのをみながら、老人に笑った。
「泊めて頂いたお礼も兼ねて、付き合いましょう」



一晩、お世話になるのに名乗らないも失礼な話だから、切り出そうとすれば。
グレート・サンだ―・フィッシュが、メスカルの並々と入ったグラスを持ち上げて、目だけで笑いかけてきた。
「ふむ――何か名乗りたいものがあればそれでも構わぬが、Sで始まらぬ名が良いのか?」
驚いた。
視界に、アルトゥロが腕のなかのジャスミンに哺乳瓶でミルクを飲ませているのと。その後ろから、母親のナタリアが腕を回して、その様子を覗きこんでいるのが入る。
「−−−ぁ、いえ、」
「ならば良い」
豪快に笑って、グラスを空にしていた。
「ナタリアの料理は美味いぞ」
「お口に合うと嬉しい」
ゾロが、空になったグラスを充たすのを受けながらサンダ―・フィッシュが二人を見遣っていた。
「楽しみです、」
す、とカオを上げたナタリアがにこ、と笑みを浮かべて。瞳がきらきらとしていた。
移動しない目線に、もしかしたら、と思い当たる。

グラスを充たしたゾロが、リトルベアを見遣っていた。
「アグィラ・ブランカから伝言があるのですが、」
ミルクを飲みおわった赤ちゃんの背中を軽く掌で叩いている。
グレートサンダ―フィッシュが面白そうにゾロとリトルベアの間に視線を流しながら、
くっとグラスを呷っていた。
「聞かせてもらおう」
「"アグィラ・ブランカは奇跡を見た。偉大なる霊に感謝を”、と」
グレートサンダ―フィッシュがグラスの中に笑みを小さく零し、頷いているみたいだ。
「偉大なる霊のお導きに感謝を」
リトルベアもそう言うと、にぃと笑っていた。
ミスタ・クァスラの親友たちは、この家族とも縁が深いのだろうな、とふと思う。
何かお手伝いしましょうか、と。ミセス・ナタリアに言った。



「まぁ、いいのよ。それよりジャスミンを抱いてください」
サンジにふわりと朗らかな笑みを浮かべた、多分サンジと同じ年頃のようなナタリアが言った。
サンジが目をぱっちりと見開く。
「祝福を下さると尚嬉しいです。この子の人生に幸が多いように、って」
「あぁ、それでしたなら、喜んで」
リトル・ベアがサンジに向かって赤ん坊を差し出す。ふわ、と微笑んだサンジの腕にそうっとジャスミンを下ろし。
「首が据わっていないからな。掌でサポートするんだ、そう」
おっかなびっくり受け取ったサンジに、指導していた。
「ところで、猫ちゃん。ケージから出してどうぞ。ずっと小さなところにいては窮屈でしょう?」
ナタリアが笑いかけてきて。
「猫ちゃん、抱かしていただいてもいいかしら?」
そう小首を傾げていた。

グレート・サンダー・フィッシュに席を立つことを断ってから、エリィを出しにケージを開ける。
まだかまだかと待っていたエリィを抱き上げ。目が見えていないナタリアの掌にそうっとエリィを押し当てる。
「まあ、ジャスミンより重いわ」
くすくすと笑ってエリィのふっかりとした毛皮をナタリアが撫でていく。
「ふかふかで気持ちがいいわ」
エリィが喉を鳴らす音がこちらまで響いてくる。
「お名前、なんて仰るの?」
「エレィソンです」
「ラテン語ね」
ふわ、とナタリアが微笑む。
「珍しい名前だわ」
「出会った時期が時期だったものですから」
「エレィソンくん、いい子ねえ」
ふわふわのエリィの毛に、ナタリアが頬を寄せている。
「エリィといつもは呼んでいます」
「エリィ?―――あはは、舐めたら駄目ですって」
ざり、と頤を軽く舐めたエリィに、ナタリアが笑う。

サンジは赤ん坊を抱きなれてきたのか、リトル・ベアの娘を抱いたまま、父親と言葉を交わしていた。
「どうもありがとうございます。床に下ろしてしまって構いません?」
「ええ、どうぞ。エリィ、おいで」
なう、とエリィが鳴いて、とてとてとゆっくり歩いてやってくる。
グレート・サンダー・フィッシュが、エリィを見て「狼似だな!」と言っていたのに苦笑する。
「そうでもないですよ?」
「よく似ておる」
うむ、と頷いていた老人に向かって、エリィに挨拶してくるよう告げる。
なな、とエリィが尻尾を揺らめかして、グレート・サンダー・フィッシュの膝の上に乗った。
「アルトゥロ、晩御飯にするお手伝いをお願いしていいかしら?」
呼ばれた父親が、わかった、と言い。
ジャスミンの額に口付けたサンジに向かって、狼にも抱いてもらってきてくれ、と言っていた。
そのままさっとキッチンに発っていく。

「はい、」
にこっと笑ってサンジがそうっと赤ん坊を抱いたままやってきた。
だぁ、と。
ジャスミンが手を伸ばして笑った。
「あったかくてやあらかくていい匂いがするよ」
「―――しかも大物に育つ気配満々だな」
「だねえ」
にこお、と笑ったサンジが、腕の中に赤ん坊を下ろしてきた。
「そう、このオニーサンはやさしいんだョ」
あうう、と赤ん坊が笑って、ぺとん、と小さな掌が頬に当てられる。
「確かにエリィより軽いな、ジャスミン」
首を掌で支えて額に口付ける。
「眠るとなお重いの」
げらげらとグレート・サンダー・フィッシュが笑う。
柔らかな頬を指先で撫でてから、まっすぐ見詰めてくるような琥珀色の目を覗き込む。
「あぅぁ、」
もぞ、と動いた赤ん坊を軽く揺すれば。
サンジがじいっと優しい目線で見詰めてきていた。

「確かにミルクの匂いがするな」
「だろう?」
ブルネットの猫毛が微かに逆上がっていて、それを片手で直してやる。
ふにゃ、とサンジが笑っているのに笑みを返してから。
すっかりとグレート・サンダー・フィッシュの膝の上に落ち着いて喉を鳴らしていたエリィに視線を向ける。
「オマエは駄目だぞ、エリィ。毛が付くからな」
んな、と。エリィが不服そうな声を上げ。
グレート・サンダーフィッシュが視線を合わせてきた。
「おまえにも祝福をな、狼」
に、と笑った老人に小さく苦笑を返す。
「アナタタチ家族にも」




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