それを見送っていればリトル・ベアが小さく笑った。
「良い番だな」
「―――ハ?」
「番なのだろう?」
「―――ペア、と言われればそうですが、」
「なに。気にはせんよ。血より重いのは魂の繋がりだからな」
真顔で告げられ、ゾロは小さく苦笑する。
「解りますか、」
「解るとも。ワラパイ一のメディスンマンの弟子だからな」
「ああ―――メディスンマンでしたか」
漸くこの家に入ってきたときから、どことなく周囲が柔らかいのに納得がいった。
「ならば―――先も解りますか」
「解る。だが解ったところでどうする?」
男の闇色の視線がすう、と冴えた色味を湛えた。
「―――その通りです、どうしようもありません」
ゾロは小さく笑った。

「変な質問をしました」
「いや、構わない。気にかけているのだろう、オマエの最愛を」
「それはもちろんです」
「ならばいつも通りのオマエであることを常に念頭においておけば、残りはさほど問題にはならないだろう」

男の助言に、後悔しないように今を精一杯生きろ、というメッセージが含まれているのに気づく。
できることをサンジにしてやっていられれば。
いつ、どこで死んでも、それは問題にならないのだ。
サンジが―――苦しむことが無ければ。
「偉大なる霊がオマエたちの行く先を導かんことを」
短く祈りを告げられ、頭を下げた。

んなぁ、とエリィが鳴く声が響いた。
「この子の名前は?」
同じ穏やかな声が訊いてきた。
「エリィです。本名はエレィソン」
「Kyrie Eleison?」
くすっとリトル・ベアが笑った。
「良い名だな」
「ありがとうございます」
微笑めば、男がエリィを見下ろし、トンと膝を叩いていた。
んな、と鳴いて、エリィが男の膝に飛び乗った。
やけに満足そうな顔ですり、と男の手に顔を擦り付けてから、こちらに向き直って腰を下ろしていた。

「得意げだな?」
エリィに言えば、ぐるぐると喉を鳴らす音が響いてくる。
大きな手のひらがエリィの頭から背中にかけてゆっくりと撫で下ろしながら、またすい、と視線を上げてきた。
黒い双眸が和らいでいる。
「随分と豪奢な首輪だな」
「一応“息子”なので」
チェーンにかかったシルヴァのリングと、ルビィが甘いルームライトに煌いていた。
ふむ、と男が口端を引き上げる。
「良い息子をお持ちだ」
褒められたのが解かったのか、エリィが目を細めて、短くぐるぅ、と鳴いた。

やわらかい沈黙を挟んでいる間に、目線を壁にずらせる。
モノクロームの写真がいくつか、本当に古い写真に混じってフレームに収められていた。
うちひとつに目が留まる。
「―――失礼、写真を見させてもらっても?」
「どうぞ、お好きなように」
立ち上がり、壁に向かった。
いくつかの写真、明らかに家族だとわかるものと、まるっきり他人なのだろうな、と思わせられる写真が、それでも分け隔てなく
壁に飾られていた。
まだ若いころのこの家の主人の写真。
その息子夫婦だと思われる二人。
リトル・ベアが正装をしている、多分10代後半の頃の写真に混じって、白人らしい人間の写真をひとつ見つけた。
ネィティヴ・アメリカンの部族たちの集まりらしい、円になって正装で踊っている肌の焼けた人間たち。
そのなかで一際小さく、けれど楽しげに笑っている顔。

「―――確かに似ているみたいだな」
年は多分、14−5くらいだろうか。
金の髪を羽飾りにほぼ隠し、まだあどけない顔には色鮮やかなのだろうと思わせるペイントが施され。
「ああ、キャットの写真を見つけたのか」
リトル・ベアがくくっと笑っていた。
「“キャット”?」
「シンギン・キャットだ。弟弟子だよ」
「……メディスンマン?」
「兄弟、だ」
にこ、と男が笑みを目元に浮かべた。
ふ、と。イルカの調教師の映像が頭を過ぎった。
まさかな、と苦笑を刻む。

「兄弟、というからには随分と繋がりが深そうだな」
「血より魂、だからな」
「この写真はリカルドが?」
いや、と男が首を横に振った。
「その写真を撮った頃、あれはパウワウには顔を出していなかった」
弟が撮った写真を見たいのであれば、あれだ、と指差された先には。
「―――アンタの結婚式か、これ?」
トラディショナル・スタイルで正装したリトル・ベアとナタリア婦人が居た。
まだどこか幼さが抜けきっていない新妻。
緊張よりも、幸せだ、と強く物語っている表情。瞼は閉ざされたままでも、きっと煌いているだろうことが解かる。
「いい写真だろう?」
「なんでモノクロームなんだ?」
「この家に合わせた。カラーはカラーで別にある」
なるほど、と頷いてからまた写真に目を戻した。
「―――いい腕だな」
素直に思う。暖かい絵だ、と。

「自慢の弟だ」
届いた返事にまた振り返る。
「血筋で?」
「血筋と魂で、だ」
「なるほど」
いい“家族”だ、と男の目線を見て笑いかけた。
「確かにアンタの弟になら、撮られてみる価値はあるのかもしれない」
擦れ違いざま、にこお、と懐っこく笑った男の顔を思い出した。
信用はできるのだろう、あれはプロフェッショナルな生き様をしている目をしていた、と思い返す。

ふ、と過ぎる、血に染まった家族写真。
父と母と“ファミリィ”の―――。
「正直、跡を残すことにはあまり興味が無い」
リトル・ベアが小さく頷いた。
「オマエならばそう思うだろうな」
「―――拘ることでもないんだろうけどな」
呟けば、エリィの背中を撫でながら男が小さく笑った。

「気が変わったら連絡を入れればいい。入れなくてもだからどうしたということはない。オマエたちが私たちの記憶に残された
ことは確実なのだから」
「―――そう、だな」
サンジがバスルームから出てくる音が響いてきた。そのまま一度ベッドルームに向かったのか、違う扉が開閉する音が続く。
「―――なあ、なんでアンタたちはオレたちにこうまで優しい?」
優しくされる価値がないかもしれないだろう、と言えば。
「優しくしたいかどうかはこちらが決めることだ。だが、そうだな。理由をひとつ述べるとするならば―――」
リトル・ベアがまっすぐに視線を向けてきた。
「―――偉大なる霊のお導きだから、だ」
宣託を告げる深い低い声が、柔らかなウッドの室内に静かに響いた。




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