「グランドキャニオン、観光するのであれば案内しようか、」
朝食を食べ終わり、後片付けの手伝いを終えた後にコーヒーを飲んでいたら、そんなことをひょい、と告げられた。
「―――は?」
リトル・ベアを見上げれば、同じようにサンジも彼を見上げていた。
「どうせ知り合ったならば、普通の観光客と同じ場所を見て帰ってもらうのも気が引けてな。観光している間、おちびさんが車かバスケットの中で待機、というのも大変だろう」
サンジが視線を合わせてくる中、淡々とした声でリトル・ベアが続ける。
「確かに、この気温ですから車の中に置き去りにはしませんが」
すい、とサンジがエリィを抱き上げた。
それから会話に耳を澄ませるようにしている。
「ならば、我が家に預けて行き給え。そのほうがおちびさんも、オマエたちも楽だろう」
「―――その通りではありますが」
「遠慮することはない。この家の客人であったからには、最大限にもてなすのが礼儀というもの」
エリィはくるくると喉を鳴らしながら、サンジの顎に頭を擦り付けている。
まるで“我が家”のように寛いでいるのは、エリィも一緒だ。
「―――そこまでして頂いても、お返しできるものはなにもありません」
「礼儀正しいな。なあに、精一杯もてなされてくれればいいだけだ」
アタリマエのような顔で告げられ、ひとつ瞬きをする。
サンジもわずかに驚いたような顔をしていた。それから、どうする、と目で訊いてくる。
「私がガイドとして付き添おう。ナタリアとジャスミンがおちびさんを持て成そう。グレート・サンダー・フィッシュが目覚められるのは夕刻になるし、その頃に帰ってくれば挨拶もできるだろう」
淡々と告げられ、男の提案に裏も表もないことが解った。
「メディスンマンの信用を落とすことはなにもせんよ」
闇色の双眸が、全てを“知っている”と告げてくる。その上で、裏切るようなことはしない、と断言してくる。
あぅあぅ、と、盲目の女性の腕の中で、赤ん坊が甘い声で笑っていた。
「―――お言葉に甘えさせていただきます」
一拍置いて、申し出を承諾した。
サンジが、返事に僅かに驚いたような表情を浮かべ。けれどすぐに柔らかな微笑みに蕩けさせていった。
「稀有な体験になりますね、」
そう続けられる声が優しい。
「ちなみにオマエたちは馬に乗れるか?」
「―――は?」
「乗れなければ乗れないで構わないのだが、歩くよりは楽だろうと思ってな」
すう、とサンジを見やれば。目がキラキラと煌いていた。
「何年も乗馬などはしておりませんが、一応経験はあります」
頷いて、サンジに視線を向ける。
「オマエは乗れるみたいだな?」
「ウン?まぁね?」
にこおお、とサンジが笑う。
「そのまま馬には乗れるな。日焼け止めを塗ったらでかけよう。帽子があるなら被ってきたまえ。裏で待っている」
そう告げられ、裏口を指で示された。
「あの、」
サンジがリトル・ベアを見上げる。
「なんだ、」
「ありがとうございます」
ふわあ、と微笑んだサンジの頭をくしゃりと大きな手が撫でて。
「こちらが構いたいだけなのだ。早く支度を済ませておいで」
柔らかな光を、闇色の双眸が浮かべていた。
はい、とサンジが返事をして、エリィを膝から下ろした。
ナタリアが、赤ん坊をあやしながらにっこりと笑った。
「楽しんできてね、大丈夫よ、彼に任せておけばなぁんにも心配ないわ」
腕の中のジャスミンが、きゃあ、と華やいだ声を上げた。
「エリィくんはちゃあんと面倒見るからね。早く支度していってらっしゃい」
「ではよろしくお願いします」
「ワイルドキャットには豹変しないはずですから、」
そうサンジがナタリアに笑って告げていた。
「大きな猫さんですけど、優しそうだもの。ジャスミンと一緒にお昼寝しましょうね」
ナタリアがそう笑って、サンジに軽く手を振っていた。
「じゃあ支度しちまおう、」
サンジにそう告げて、ダイニングを後にする。
「うん、」
サンジがそう頷いて続いた。
廊下まで出れば、とすん、と抱きついてきたサンジの金をかき混ぜる。
「うれしい、」
「そうか」
ひょい、と抱き上げて、ベッドルームに戻る。
「ちゃんと日焼け止め塗って、車から帽子を出して行こうな」
とん、と床に下ろしてから、軽く抱きしめる。
「確かにせっかくここまで来たわけだしな。楽しんで行こうな」
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