陽が岩の間に落ちきる前に、麓の小さな家に戻って、笑顔のナタリアやグレートサンダ―フィッシュに出迎えられた。
出かける前に、さっぱりしてきたら良いと言われて、シャワーを浴びさせてもらった。確かに、驚くほどキャニオンの温度は高くて
馬の鞍の横にリトルベアが乗せていたミネラルウォーターを飲むのさえ忘れるくらいだった。
先に行くか、と訊いたならゾロは首を横に振っていたから、少しは急いで低めのシャワーを浴びて、すぐに乾いていった汗だとかどうしても舞い上がった埃だとか、そういったものを洗い流した。
トレッキングの間、一言で言うと、「言葉にできない」ものをたくさん見た。

昔、ハリィに連れらて家族で来たときはおおげさな事になったし、何より決められていたルートをレンジャーと一緒に回っただけだったから。
今日、見てきたものとは全部が違っていたし、立ち寄ったポイントもきっと違う。
低い声で、言葉少ないリトルベアはそれでも、後や横からおれが何かと質問してもきちんと答えてくれたし、
示された方向へ目を向けるたびに、もう黙るしかない光景が広がったりした。
ロマンティストなゾロが、この風景に何を思ってたのかなぁ、と。いまになっても思ってる。
星の時間とか、大地の経てきたものを否応ナシに感じさせられて、ただただ、ヒトは黙り込むか感嘆するしかないような、そんな開けた空と岩と遠くまで広がる地面を、頂から見たりしたら。

後で訊いてみるかな。
だけどそれより、シャワーから出て、まずおれがしたことは。
濡れたタオルをゾロの頭に落とすことだったりした。『次、ドウゾ』と軽口付きで。
そうしたなら。
『後で覚えてろヨ、』と。
耳元、低い声で唸るように言われてしまった。―――うわ?
『怖ぇー』って笑って返そうとしたけど。
ぞくぞくするってば。
あと何時間かドライブすれば、カリフォルニアだ。
それから向かうLAは半分おれの地元みたいなモン。元々、ノースカリフォルニアだけどね、ホームグランドは。それでも、年の半分はいたんじゃないかな?
ハリィよりは、母親がLAを好きだったから。ここの陽射しが好きなんだ、北欧のヒトだから。
着替えようと伸ばしていた手を、少しばかり留めた。
「そっか、」
LAとか、もっと北上したら、知り合いにぶつかる可能性って実はすごい高くないか?他の場所に比べて。
「サングラスした顔なんて、もっとバレバレだよなぁ」
知り合いなんだから、見慣れてるに決まってる。
でも、気にしても仕方ないか。
ふらっと気紛れを起こしてまた少し戻ってきた、って言っておいたほうがもし誰かにぶつかっても却って自然かもしれないし。
ゾロにだけ、迷惑が掛からなければ良いだけのこと。

リトルベアが言っていたことを思い出した、馬の背に揺られながら聞いたこと。
こういう景色のなかにいると、自然と敬虔な気持ちにさせられる、っていうようなことをおれが言ったとき。
流れる時間の大きさを感じるからだろう、っていうようなことを、とても「豊か」な表現で返された。
覚えておけばよかったなあ、全部。それだけで、何かの祈りの言葉みたいだったのに。
溶け込みすぎて、形をかえって忘れちまう。
それとも。
その気持ちだけを覚えておけば良いことだ、ってまた言われるだけかもしれない。
目にしたものもそうだけど、今日一日は与えられた時間も凡てが、大事なものだった。
お礼しきれないね。

「ご両親サマ、お元気ですかー」
おれは幸せですよう?と軽い口調で告げてみる、何秒か窓から覗く空を見詰めて。ワシントンDCは多分あっちの方角。
それから、着替え終えて、軽くパッキングし直して。
エリィやこの家のほかのみんながいる居間まで戻った。




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