「うん……??」
頭のなかは疑問符だらけだ。
バスオイルか、エッセンシャルオイルか何かなのかな、と匂いで判別しようとコルクの蓋を抜ききる前に、あっさりゾロの片手がリトルベアのくれたモノを手の中から引き取っていった。
横顔からだけでも、上機嫌そうなのは伝わってくる。
「他人の家」で、あんなに寛いでいるゾロを見るのは初めてだったけれど、どんなにあの家が特別な場所だったかがわかる。
いつもどこか薄く張り詰められている気配が、最後の方はほとんどわからないくらい薄らいでいて。
バカみたいに嬉しくなって、一瞬抱きついたくらいだ。
に、と笑みが返されて。片腕だけで抱きしめ返された、ほんの瞬きくらいの間だけ。
砂漠の夕暮れはスケールが大きくて、見る間に陽が落下していく。
空の上のほうはもう濃いブルーになりかけていて、よく見れば、おれでも星が見つけられるくらいに空気が澄んでる。
エリィは、バックシートで眠り込んでそれでも長い尻尾がゆらゆら揺らされていた。
ナタリアにとても懐いてたね、おまえ。
多分、エリィにとって最初で最後の「ともだち」。
ヴェットのところのスタッフは、おまえ。
苦手だもんねぇ?
また意識をゾロに戻して。
「たのしかったね?」と言ってみる。
ああ、と。笑って返してくれた。
「どこかでドライブ代わるね」
最終目的地は何処ですか?とわらって尋ねる。
「本日の終点は?」
「ビーチ・シティ。6時間ほどのドライヴだから、代わらなくてもいいよ」
「えええ。代わるよ?馬ってけっこう疲れるだろ?平気おまえ」
「オマエこそ疲れてるだろ、」
「そう?」
あーあ、そうか。
思い出した。
前は、バイクにも乗ってたっけ、たしか…?
「なぁ?」
気紛れを起こしたから訊いて見る。
「んん?」
「なんでもうバイク乗らないんだ?」
「メンテナンスに手間がかかるから」
「時間ならいっぱいあるよ?」
あっさり返された返事に少しだけ微笑む。
「それに、」
おまえにくっついてる理由が増えるのに、と付け足す。
「オマエと向き合ってる方がいい」
「ふぅん?」
シートベルトを手で少し緩めて、頬へキスした。
こめかみにすこしだけ額を押し当ててから身体を戻す。
ゾロの指先が頬をするりと撫でていった。
勝手に眼が細くなるってね?
「ゾロォ?」
声が勝手に甘えてるよ、まあいいか。
「んー?」
のんびりと返事が伸ばされてて、わらっちまう。
「きょうはー、どこまで行くの?」
ぽん、と膝に落とした手を弾ませた。
「西側に到着した記念に、良い所」
にぃ、と唇端が引き上げられてく。
「ビバリーウィルシャーは、おれ嫌いだようー」
「マサカ」
「リージェンシーも、やです」
あとはー、と言いかけたなら。
歌うような声が、リッツ・カールトン・マリィナ・デル・レイ、と告げてくる。
「ビーチ・シティ?」
ぱ、とゾロに向き直る。
「そう」
「ゾォロ、おまえやっぱりマジシャン?おれ言ってないよね?」
にぃ、とイタズラ顔で笑い返されて。多分おれもばかみたいに笑顔なハズ。
「だいすきだよ」
すい、と片眉引き上げて。
「愛してるって言っとけ」
そうゾロが言ってくる。
「だいすきなのは、リッツ。」
に、と笑みで返して。
どうせ砂漠の真ん中だ。ここは。
轢くとしたらサボテンくらいだろ?
ぎゅ、と両腕を伸ばしてゾロに抱きついてみた。
「愛してるに決まってる!」
きゅううっと腕に力を込めていたら、イキナリ。
クルマがサイドに止められて。へ?とか思ってたら、やわらかく、でも噛み付くみたいなキスを寄越されて。
ゾロの髪に指先を差し入れてみた。すぐにまたクルマはまるで何事もなかったように走り出して。
通り過ぎるクルマのヘッドライトもゼロななかを進む。
「ゾロ?」
ん?と視線を一瞬寄越してくれた。
「あのさ、じゃあ。ディナーはもう着くまで無しだよね?」
「その方がいいだろ?」
「ウン」
くしゃ、と髪を掻き混ぜられて、また笑みが浮かぶ。
「なぁー?」
ふざけて声に出してみる。
「んー?」
「また、クルマ止めてみてくれる?」
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