グランドキャニオンに寄ってトレッキングしてからホテルに向かう旨を電話先で伝えてあった。弟と二人連れ、プラス猫が1匹。
大人料金3人分で、空いている一番いい部屋を、と告げたら、プレジデンシャルを勧められた。
断わる理由はない、それでいい、と即答したら、紹介者の名前を求められた。
テオドール・ステッセル元将軍だと告げれば、一瞬間があったのが解った。
照会させていただいてもよろしいか、と訊かれたので、好きにすればいい、と返した。
もしステッセル氏本人が照会に応じてくれた場合には、メッセージを回してくれるよう言付けた。
“ダディ・ハリィにはご内密によろしく”と。
なにかあれば名前を出せ、と気軽に言ってきたのはクエナイジジィだ。
他人の好意を簡単に受け取るのはどうかと思っていたが、アリゾナの砂漠で見方が少し変わった。
ただまあ、ソレがタダだと信じ込めるほどには“こちら側の世界”を信用できるとは思っていない。相手が相手だけに。
だから、リッツに着いたらジジィに電話をしてやろう。
“血が繋がっていなくもないクエナイ孫もどきが存在しているという噂なら流してもいい”と。
それくらいが妥当な“値段”だろう。

1分程、可でも不可でもない出来栄えの室内音楽を電話越しに聴かされた。
その後からは、やたら畏まったフロントの声―――ミスタ・ウェルキンスのご到着をスタッフ一同万全の態勢でお待ち申し上げております。

そうして砂で薄汚れた4WDでロータリーに乗り込めば。
散々言い含められていたのだろう、随分と慇懃無礼な態度でドアマンとベルボーイが、それでも優雅な歩調で迎えに出てきた。
車を降りる前にサンジに一言。
「すげえ対応で攻めてくると思うが、動じるなよ」
す、と見上げてきた蒼が瞬いていた。
に、と笑みを返す。
小声で、え?と訊かれ、とん、と頬を軽く突付いた。
「オレを信じて任せておけば大丈夫だから」
運転手側のドアを開ければ、ドアマンが頭を下げてきた。
おれ、顔ばれてるんだもんどうせ、と囁いてきたサンジに片目を瞑る。
「平気だって」
にこお、と笑ったサンジに車を降りるよう促し。
エリィをバックシートから拾い上げて、バスケットに入れ、それごと抱えて降ろした。
降ろす荷物の指示を口早に告げてから、さっさとフロントに向かって歩き出す。

明るいリゾート地にあるトリプルAのホテルらしいラウンジに一瞬目を遣ってから、にこやかに待ち受けていたコンシェルジェに向き直った。
「お待ちしておりました、ミスタ・ウェルキンス」
「ああ」
ちらりとサンジに目線を遣ったコンシェルジェが、驚きに僅かに目を見開いていた。
気づいたサンジが、すい、と微笑み。
戸惑いを懸命に押し隠した目線が再度合わされるのに、にぃ、と口端を引き上げてみた。
どぎまぎ、と一瞬の動揺を見付ける。
「失礼いたしました、ウェルキンス様。直ぐにお部屋に案内させていただきます」
片眉を引き上げ、真意を質す。
「ステッセル氏が全ての費用を持つ、と仰っておりまして。そのように手続きを進めさせていただきました」
苦笑する、すこーし高く着きそうか?

「テディはなんて言っていた?」
「御到着次第、御連絡して頂きたいとのことでした」
「はン。まさかテディもこっちまで出てくるとは言ってなかっただろうな」
トントン、とデスクを叩けば。残念ながらその予定はないそうです、と返された。
「しょうがない、部屋からかけるとするよ。ラインはセキュアだな?」
「勿論です、ウェルキンス様」
「信用させて貰うよ」
軽く脅しをかけて、歩き出す。

す、とデスクの脇から、初老の品の良い男性が出てきた。
あ、とサンジが気づいた風な顔をしていた。
キャリア十分な支配人は、気取らせることなくにっこりと挨拶を寄越してきた。お定まりの口上、建前上の。
「サンジ、知り合いだろ。挨拶はいいのか?」
エレヴェータ・ホールに向かう前にサンジに振り向く。
ちら、と見上げてきたサンジが、直ぐににこっと笑っていた。
それから支配人の横に並ぶように歩いて行き。「ミスタ……、」と言いかけてそれを止め。
にこお、と笑ってから、コドモのような口調で言っていた。
「スチュワート、おれの来たことハリィにはナイショだよ?」
それから、「ひさしぶり、」と満面の笑顔で笑いかけ。
「お久しぶりです、サンジ様。お変わりなく」と穏やかな笑顔で見つめてきていた支配人が応えたのに、「あなたも元気そうだ」と見上げて言っていた。

「サンジ、エリィも紹介してやれよ」
「うん、」
に、と笑って言えば、また満面の笑顔が返される。
そして。すい、と籠を支配人に差し出して、「はい、これ。おれのダァリン・ベイビィ」と言っていた。
籠の蓋を開ければ、ひょこ、とエリィが顔を出し。
「エリィだよ、」と蕩ける様な笑顔で告げていた。
ミィアウ、とエリィ本人からも挨拶を貰った“スチュワート”が。
満面の笑みを浮かべて、サンジとエリィを交互に見遣り。
それからこちらへ目線を合わせてきて、はっきりと言い切った。
「ご滞在中、快適に過ごしていただけますよう、精一杯のサーヴィスを提供させていただきます」
“ハリィにはナイショ”の成立。
「よろしく頼むよ」
にっこりと笑顔を浮かべ。それからベルボーイを促して、歩き出す。
「帰れなくなっちゃうネ」
そうサンジがスチュワートに親密な笑顔を向けているのに小さく笑う。
けれど。そこまでのんびりやってたらオレがテディに捕まっちまうよ、と心の中でこっそりと呟いたのは“ナイショ”だ。
さぁてどんな“値段”をふっかけられるのやら。




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