スチュワートとエレヴェータに乗り込んで。
部屋に案内される、このフロアプレジデンシャルの…―――正解。
扉を開ける前に、スチュワートの眼が「ご案内の必要はありませんよね」と一瞬笑みに細められるのがわかる。
スタッフがすっと荷物を持ったまま消えていって、荷物のお世話もお任せだ。
まだスチュワートがいる間に、ゾロはデンワを取り上げてすぐにコールを始めていた。
んん?
スチュワートがにっこりと笑みをおれに寄越してきて。
とてもリラックスしてくだけた口調で「テディ、アリステアです」と言ってー――って、
え?
テディ?うわ―――。

話し続けながら、おれに向かって財布をぽんって放ってくるけど、ええと。
あぁ、やっと「見えた」。
パブリックでゾロがおれの名前を平然と呼んだ訳が。
「ハリィにナイショ」の持つ、トンデモナイかもしれない意味も。
そっか、うわ。
おれがそんなことを考えながらスタッフ用に何枚か紙幣を引き出している間に、優雅に会釈したスタッフの2人は静かにドアを抜けていて。
「あ、じゃああとでこれを彼らに」
代わりにスチュワートにお願いした。
「ええ、」
にこ、と。見慣れた笑みが返されたけど。
うわー。
これは。
スチュワート、ご自慢のポーカーフェイスが「面白いですね、」ってモロに言ってる!
テディと「ご挨拶中」なテディご自慢の身内?孫?なんでもいいや、もう。そんな人物と、ハリィの子どもが一緒にいる、なんてね、そりゃあなあ。
おれだって人事だったら面白いよ。

だから。せめて我侭を通す事にした。
「ねえ?スチュワート。メインダイニング、もう終わってるのしってるけど、お願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
あぁーもう。これはもう既にリクエストを知ってる顔だ。
「おれの好物、出してください、ルームサーヴィス。ここでしか食べられないもん」
紙みたいに薄く切ったアヴォカドと、トマトのシードの部分だけの信じられないくらい美味しい前菜。
「ウェルキンス様には?」
まだ、なんだか参ってるのと面白がってるのが混ざり合っているゾロの声が続いてる。
「そうだなぁ、あっさりした赤に良く会うようなヴィールと、口当たりの良い前菜と、眠れないくらい美味しいコーヒー辺りで」
「承りました、40分ほどで持ってこさせましょう」
「ありがとう」
おやすみなさい。と挨拶して、ハリィの「友達」はうわあ!っていうしかないくらい上品な笑顔を残して部屋を出て行った。

まだデンワ中のゾロの背中にくっつきにいく。
エリィも足元を走っていく、多分、オーシャンビューの窓の方だ、あそこは気持ちが良いからね。
とす、と。
背中に顔を埋めて、両腕を回したなら。
デンワが寄越された。
顔を見上げるようにする。
「“テリー”が代わってくれってさ」
「うん、」
受け取りながら、どきどきする。
耳元、声を出そうとしたなら。
「悪いな、」
囁かれて、唇と吐息が擽ってきて、息がつまりかける。−−−うわ、だから。
きゅ、と指先が勝手に強張りかけて。
そうしたなら、テディの声が聴こえた。
『サンジ、マイ・ボーイ、アリステアと一緒にウチの子になりゃせんか?』
「テリ―!久しぶりにお声を聞いたならそれですか?」
ぷ、と堪らずに笑い出した。

『ヴァーミリオンで会わせて貰えなかったのは、意地の悪いアリステアのせいだぞ』
「―――え?……ぁ、」
思い当たる、のと同時に勝手に頬が赤くなった。
「だって、あんな素晴らしい場所であなたとアリステアの取り合いは嫌ですよ?ぼくは」
どうにか返しても、まだ頬が―――熱いって!
『だから揃って来いと言っているだろう』
笑ってる声が優しい。
「わかってますよ、あなたは昔からぼくに甘いから」
『もれなくハリィに内緒で手を回してやるぞ?』
完全にからかい声になってるテリーに笑みがこぼれる。

「熱いところは嫌いです、あなたと違ってぼくはひ弱な若造だから」
ゾロの肩のあたりに頬をくっつける。
「それに、」
ひとつ息を呑み込む。
ゾロの腕が腰に回されるのがわかる。抱き寄せられて、目を閉じた。
「これ以上ね?幸福になったらおれ心臓止まりそうだから、充分です」
ありがとう、とわらって。
「またデンワしますよ」
とだけ付けたして、ゾロに受話器を返した。
目を瞑ったままで、触れ合った部分から広がってくる体温を味わう。
うん、ほんとうにね?これ以上の幸福ってないと思うんだ。

また、なにかテリ―がゾロに言ってるのが聴こえる。
音だけが聞こえて、中身はわからないけど。
しばらく、ずっとそうしていて。
丁寧にゾロがお礼を言っていた。
それから、デンワが終わった。

LAに来る事を少し緊張したことを思い出してみた。
中に入ってしまえば、やっぱりどこか街も自分に馴染んでるし、自然にしてるのが一番だな、と思った。
そうだった、ヴァケイションだったんだよな。じゃあ、したいことするぞ。
そんなことを思っていたなら、ゾロが。
「リカルドのナンヴァ、捨ててないよな?」
確認するみたいに訊いて来た。
「うん?あんなチャーミングなカード、捨てるわけないって」
わらって眼をあわせれば。
しょーがねーよな、って顔したゾロがいて。ちょっと瞬きしちまった。
めずらしい、その表情は。それも好きだけどね。
それで、テリ―の出してきた取引を思い当たる。
リカルド、フォトグラファだもんな。写真嫌いがそういうこと言うってことは。
テリーの書斎に。
おまえの写真、飾られちゃうの?うーわ、それはおれ見たいなあ!

「ジジイ孝行しろってよ。ついでだから、オマエの大好きな赤毛のオニーチャンにも一枚送って貰いな。後は、世話になったリトルベアのところにも」
「うん?いいよ。おまえの写真ね、おれも欲しい」
リストに追加して、と言った。
「あ、でも。おれ、アドレスしらないよ?シャンクスの」
まぁ、いいか?リカルドに、そっか。デンワ番号からアドレス調べればいいのか。
「連絡はNY戻ってからでいいの?でも珍しいよなぁ、おまえの写真なんて」
そんなことを言ってたら、テーブルの上に置いてあった財布から名刺を取り出したゾロに渡してもらった。
「送ってもらう先は後で考えよう。ひとまず狭い世界だってことを認識し直したからな」
「うん」
両腕をゾロの首にまわして、間近にミドリを覗き込んだ。
「あのさあ?おまえ、さ?エリィとも撮ったら?」
「考えておくよ」
「ウン」
楽しみだな。
「で、あの―――」
がぷ、とキスされて、言葉なんて消えていった。
おれもその撮影みててイイ?って訊こうとしたんだけど。
んん、だめっていわれても居ればいいや。




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