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 Day 16: Beach City
 
 
 ロケーションの違いは意識の変化を齎す。
 環境に合わせて色を変える動物のようなモノだ。
 ここ、リッツ・カールトンでは、意識は場末のジャズピアニストやマフィアの元殺し屋では浮いてしまう。
 ましてや昨夜の遣り取りの後じゃなあ…?
 
 腕の中ですやすやと眠るサンジの穏やかな顔を見つめる。
 そういえば、ここまで来て。コイツは漸く何かが吹っ切れたようなカオをしていた。
 正確には表情ではなく、纏っている空気。
 話の端々に聞いていた、ここが半分ホームグラウンドのようなものだ、と。
 サンジ、は。良い意味でも悪い意味でも”WASP”だ。White Anglo-Saxon Protestant。
 ヨーロッパ系のハイソサエティを背景に持つ“人種”。
 
 ビッグ・アップルの小さなアパートメントに居た時でさえ、どこか上品さを拭い切れないサンジは、きっと本人が思っていたよりも育ちに影響されている。
 メンターとしてサンジと共に在った人間が、そもそもそういったテイストを持ち合わせていたのだろう。
 だから。
 セキュリティを心配しなくていい、顔見知りの人間がいる安心する場所―リッツ・カールトン―に到着して、思いがけず“羽”を伸ばしているのだろう。
 本人がそれに気づいているかどうかは、解らないが。
 ―――同じ場所に在って自分は。こういった場所に“合わせ”なけりゃな、と思っている時点でアウトサイダもいいところだ。まあ、やるからには徹底してやるけどな。
 
 抱きついていた腕がさらに力を増した。
 そういうところは本当によく気づくよな、オマエ。
 頭の中で、コイツの育ちの良さプラス“テディの身内”に適うレヴェルの擬態を考える。
 ……ああ、そういえば。トランクの中にはまだ着ていない服があったよな。
 アレキサンダー・マックィーン。
 よもやこんなところで着るハメになるとは思わなかったけどな、それくらいのレヴェルでなけりゃ却ってオカシイよなあ?
 
 「ベイビィ、そろそろ起きろ」
 頬を突付く。
 「−−−−−−−ゃ、」
 「昨夜はディナー食ってさっさと寝たろうが」
 額を押し当ててきているサンジの髪を梳く。
 サンジが何かを口の中で呟きながら、足を掛けてきた。
 「―――喰っちまうぞ」
 笑って髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
 むぅ、とサンジが眉根を寄せていた。
 その隣でエリィがくうと伸びをする。
 軽い溜息を吐く―――幸福が当たり前のように在ることに対して、それが当たり前だと受け入れられない自分が可笑しくて。
 
 「―――うそはよくないよぅ、」
 サンジが寝言のように呟いていた。
 とろりと、天上の蒼が目の前で覗く。
 ふわん、と幸せそうに笑ったサンジに笑みを返して、軽く唇を啄ばむ。
 喉元を指先で擽ってから、上体を起こす。
 「テディの手前、ここに篭りっきりってわけにはいかないからな?」
 いいコだからその意味は解るだろう?
 「ジャグジーもピアノもぜぇんぶあるもん、篭ったってへいきだ」
 寝惚け口調のまま、それでも理解しているサンジが答えた。
 す、とまだ熱いままの掌に腕を捕まえられる。
 「フゥン?」
 蒼を覗き込む。
 
 「アリーステァ、ディアレスト、おはよう、あいしてる、もういっかいハグ」
 ふわりと蕩けたままの恋人のリクエストを邪険にできる人間がいたとしたら、ソイツには恋する資格はないね。
 柔らかいままの細い身体に両腕を回す。
 「―――んん、」
 間近で零れ落ちる吐息が甘い。
 「サンジ、ベイビィ。愛してるよ」
 唇をこめかみに押し当てて囁く。
 くう、と抱きしめ返されて笑う。
 「一日こうやってるのも楽しいのは知っているが。折角目標地点に辿り着いたんだ、散策しにいこうな?」
 
 
 
 「ゾォロ、」
 甘ったれた声のままで起き上がったゾロの背中に話し掛ける。
 「ん?」
 優しい声が返されて、やっぱり何度でも嬉しくなる。
 「屋根のないクルマにしようよ」
 散策、にいくのならさ?
 無茶苦茶を言ってるのは自覚あるんだけど。
 「車をメンテナンスに出して、その間にこっちでレンタルしろって?」
 「イェス、ダァリン」
 笑い声交じりの声に、同じくらい砂糖をまぶして返す。
 「車種は?」
 「おれね?アンタィ・ジャーマン・ビークル派なんだ、知ってる?」
 ドイツ車は嫌いだ、これは教育の賜物?刷り込み?
 笑う。
 「メルセデスとポルシェはお嫌い、と」
 「"反吐がでるぜ、"」
 って言ってたし、あのひと。それは同感かなあ。でも、だからって跳馬で運転免許の練習させるのはどうなんだろう、楽しかったけど。
 「別に構いやしないけどな」
 
 ぽん、とベッドの枕を軽く放り投げてみた、落ちてくるそれを受け止めて、ゾロに眼をあわせる。
 「ポルシェはおまえ好き?うーん…じゃあそれでもいいけど」
 くっく、と笑ったままで本格的に起き上がったゾロを見詰めてみる。
 「別になんだって構わないって」
 「あれにしようか?マセラッティ」
 おまえ、アレに乗ってたらサイコウに嫌味でいいねえ。
 「どうせ無理難題ふっかけられてるんだ、スチュアートに手配させてテディに支払わせちまおうか」
 クロゼットから服を取り出していきながらゾロが言っていた。
 あはは。それでもいいかもなあ。
 「ここのスタッフは優秀だから。ソレに。ここはおばかさんのパラダイスだからね」
 そんなバカげたクルマならいくらだってあるよ、出すもの出せば。
 「なんだって構わないさ。オマエが乗りたい車、言ってみろ」
 「アリステアは、テディの身内だからお行儀良くしてなくちゃいけないけどね?おれはもう開き直ったからいいんだ、放蕩息子のご帰還だもん、だからさ?」
 
 「このなかから選んでください。1.タスカン、2.マセラッティ、3.マセラッティ、4.タスカン」
 ベッドから片足だけを下ろす。
 ウン、久しぶりに馬に乗ったけど筋肉痛にはなって無いね。
 「黒のタスカン?」
 窓からの陽射しが明るい。東の方じゃあ見られない午前中の光だなぁ、なんて思っていたら。
 笑ってるゾロの声がして。
 ぱ、とまた意識がすぐにゾロにだけ向けられる。
 「んん?」
 「それが無かったら、赤のマセラッティ」
 「うわお」
 笑う。
 「おまえ、似合いそうだ! 」
 「どっちが?」
 「両方」
 ぴょん、とベッドを降りて、ゾロの背中にまたくっついた。
 遊びに付き合ってくれてアリガトウ。
 でもなぁ、まだまだ付き合ってもらうぞ?
 
 散策、ってどこまで行こうか。とはいっても。ブレックファストは「ここ」が美味しいからゆっくり食事して、その間にスチュワートにクルマを用意してもらおう。
 「ゾロ、」
 ひょい、と腕の一本を捕まえる。
 「んー?」
 とてもゆったりした口調で返事される。
 なんだかクスグッタイ気がして、そのまま腕にキスしてみた。
 「なにしてんの、」
 「着る服出している」
 そりゃ、洋服だしてるの、知ってるけどね。
 「きょうは、どこ行くの」
 服に眼をやってみる。
 ―――あ、カジュアルな線でいくんだ?
 「アップタウンでまずはランチでも?」
 デニム、黒のTシャツに―――うん、それがいいな。袖のない、レザーのアウター。NYCだとイキスギでもLAなら嫌味で済んじゃうのがマックィーンだよなぁ。
 「わ。おれ、まだブレックファストの時間だと思ってたよ?」
 ゾロの言葉に、真剣に驚いて顔を見上げた。
 後はここで着る服でも買おう、と続けていたゾロの前に回る。
 
 「ブランチ、という手もあるな」
 に、とミドリが煌いて。覗き込んでくる。
 「う?」
 一体いまは何時なんだろう。
 でも、エリィが「おなかすいた」ってまだ言ってきてないし。
 「ブランチなら、アップタウンだね」
 ヨットハーバーを眺めながらここで、っていうのも大有りだけど。それは―――
 「なぁ、ゾロ?」
 イキナリまた思いつく。
 「んー?」
 「明日は、クルーザ借りて海上ピクニックしよう?」
 「今日車手配させるついでに、オマエ、頼んどけ」
 「ん。アリガト」
 に、っと笑みを刻んだ唇にキスした。
 「クルーはチャーターする?」
 「ピクニックだけを素直にするんだったらな」
 うわ??
 ――――あぁ、コラ、おれ。なんですぐ余計な風に頭が回るんだョ、違う違う。
 
 「どのみちライセンスはあるから、オマエが好きな方を選べ」
 「−−−うん?」
 あぁ、ほら、もう、ぜったい頬の辺りが熱いってばまた。
 「ゾロ、それってさ、」
 にぃ、と意地悪く翠が光を増してる。そういう笑い顔はずるいと思うぞ。
 「おれに魅力がナイみたいにも聴こえるナァ?」
 せめてもの意趣返しだ。なんだかもう、―――あー、どうせ完敗なんだけど・・・
 「へぇ?」
 とだけ返されて。頬を軽くつままれた。
 「タクサン雇イマス」
 頬をつままれたままで言い募ってみる。
 言外に答はもらってるけどね。
 「スチュワートがビックリするくらい雇う、で、訊かれたら航路で帰るって言ってみる」
 ぎゅ、と抱きついた。
 「As you wish, baby」
 つままれた方の頬を押し当てるみたいにして。そうしたなら、「お好きに、」って聴こえて。
 とん、とキスが落ちてきた。
 ―――LAでは、甘え放題、ってことだな。ワカリマシタ。
 「スチュワートにデンワする、だからコーヒー淹れて欲しいよ…?」
 く、と額をまたゾロに押し当てて言ってみた。
 
 
 
 
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