階下まで降りていけば、黒のタスカンのオープンがロータリィで待っていた。
酷く浅い黒のDSquaredのボトムスに、身体のラインに添うようでいてどこか気だるげな気配を残したままのTシャツを着込んだサンジが、マロンのシートに収まりたそうにしている。

フロントでタスカンの鍵を預かる際、GM“スチュワート”フォレット氏がメッセージを伝えてくれた。
愛すべき“ジジィ”テディからの一言。
『それでこそワシの孫だな』
―――アナタの血は間違いなく混ざっているわけがないんだがな。
ミスタ・フォレット、アンタもそう思うか?そうカウンタ越しに訊けば。
間違いなく受け継がれているかと、と上品な微笑で返された。
マイッタネ。
「ですがこの“趣味”はオトウト様のでしょうね」
そう言って目線をタスカンに向けていた。
「慧眼だな、ミスタ・フォレット。その調子でもう一人を頼む」
キィを預け、エリィに気を付けて掃除をして貰う様頼んでおく。
「畏まりました。お気をつけていってらっしゃいませ」
にっこり笑顔で送り出してくるのに、軽く手を振って返す。
エントランスを出る前に、サングラスをかけ、ドアマンの会釈に軽く頷いて返す。

サンジは既にオープンにされていたスピードシックスの側に立っていた。
そのまま目線を上げて見つめてくるのに、乗れ、とハンドサイン。
10時という中途半端な時間に訪れたラッキーな客は、サンジが身軽にシートに飛び込んでいく様を目の当たりにして微笑んでいた。
ソイツが男だったってことには目を瞑ろう。
アンロックされたままの状態で置かれていた車のドアを開けて乗り込む。
にこお、とサンジが真っ青な夏空よりもキレイな目を煌かせて、満面の笑顔を浮かべていた。
に、と口端を引き上げて、エンジンをかける。
アルミニアム製のパネルが鈍い光を弾く。

「見たいもの、食いたいもの、行きたい場所、リクエストはあるか?」
車を走り出させながら、サンジに訊く。
「ランチ?」
スピットファイアのようなエンジン音の割には、快調に滑り出したタスカンのメンテナンス具合に勝手に目が細まる。
窓を全開にしながらサンジが訊き返してきた。
入り込んでくる真夏の風に、金が揺れていた。
「じゃあさ、」
「んー?」
「ウェストサイドまで行こう?ロバートソン・ブルヴァ―ドあたりに停めて、」
「オーケイ」
健康的にライトメニュウでもいかがでしょう、そう髪で半分顔を隠したサンジが、機嫌よく言ってきていた。
「なんでもいいさ、旨ければな」
に、と笑って、アクセルを踏み込む。
「いーい音!」

低い車体は壮大なエンジン音に反して実にスムーズにスピードを上げ。
どこかバットマンか昆虫のような車は、あっという間にハイウェイに乗る。
「こっちに住み続けるのなら、この車を買ってもいいかもな」
にこお、とサンジが笑った。
「こういう乗り味、おまえ好きだと思った、」
「BINGO」
正解、と返す。
「だって愛してるからさー?」
軽い口調で告げてくるサンジに腕を伸ばして髪を擽る。
「知ってるさ」
「遠慮しない事にしたんだ、」
風とエンジン音に声が散るけれど、サンジの声は不思議と掻き消えずに耳に届く。
すい、と見つめてきている蒼に一瞬視線を合わせる、サングラス越し。
「へえ?」
「ウン、こっち戻れば顔がバレてるだけに、おまえに迷惑かなって思ったけど、」
「思ったケド?」
すう、と振動に負けずに優雅にサンジが微笑んだ。
「そうだよ、愛してンだよ、ざまぁみろ、ってね?威張る事にした」
きらきらと陽光が降り注ぐ―――さすが、“天使の街”の元住民。
くっくとサンジが笑った。
返す笑みがどこか苦笑めくのは、仕方が無い。
「隠すから知りたがるだろ?知り合いは特に」
そう続けたサンジに軽く頷く。
「ま、自慢してくれるのはいいが―――気を付けろよ」
「なんで?」
素直な表情を浮かべたサンジに、にぃい、と笑みを返す。
「両腕上げて抱きついたりなんかしたら、オマエ、イロイロとバラしすぎることになるから」




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