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 シンプルな料理がテーブルに並べられた。
 ローファットにオーヴンでグリルされた魚や、香草の入ったアジアンなサラダ。
 軽く炙ってマリネされた赤身の魚や、シンプルにボイルされてレモンを絞られた海老。
 素材の味を堪能するには十分な調理方法があちこちで使われていたが、アクセントにキャビアがソースの中に入っていて少し笑えた。
 サンジは実に美味しそうにプレートを平らげており、顔馴染みだと解った店主が差し出したシャンパンを軽く呷っていた。
 少し“飢えている”と自覚している自分自身には、少しあっさりしすぎた感もあったが、
 トーフをアレンジしたデザートが運ばれてくる頃には、かなり腹は溜まっていた。
 
 店の客がちらほらと投げてくる視線よりは、外を歩く人間が投げかけてくる視線を軽く流しながら、運ばれてきた珈琲を啜った―――これは美味い。
 「アリステア?」
 目を僅かに煌かせたサンジにサングラス越しの視線を合わせる。
 「なんだ?」
 「陸のイキモノの方がよかったなら、後でドウゾ」
 にぃ、と色っぽい笑みを浮かべたサンジに肩を竦める。
 「そんなに獣臭いか、オレは?」
 からかい口調。
 「褒めコトバ」
 すい、と首を僅かに傾けたサンジに、口端を引き上げて笑みを返す。
 
 「子猫チャンが怯えるには、まだ少し足りないか」
 「どんどん好かれるだけかと」
 しゃら、とサンジの腕に下げられたブレスレットが涼やかな音を立てた。
 「それなら問題無い」
 くっと笑って珈琲のソーサを置く。
 「ここの店の連中以外に知り合いの顔を見つけたか?」
 「通りで?」
 「ああ」
 蒼が道を見遣り、こちらを何度も見遣っていた人間たちが、ぱ、と視線を散らせていった。
 「おれ、夜行性だったって言ったでしょ」
 にこお、と笑顔が向けられる。
 「まるっきり夜しか出歩かない人間ってどんなだよ」
 「むかしのおれ」
 すい、と自分を指差し、口元で笑ったサンジににやりと笑う。
 「そういや出会った当初よりは随分と血色がよくなったよな、オマエ」
 「ほんとうに?」
 「ああ」
 
 「おれ、ヴァンピールかもねぇ?おまえの愛情で育ちました、無事に」
 にこおお、と満面の笑顔を浮かべたサンジに、わざと驚いた顔を作る。
 「狼人間に育てられたのに、無事ってのはどういうことだろうな?」
 軽い冗談。
 「あ、知ってる?」
 「んー?」
 す、とサンジの顔が近づけられる。
 「ライカンってね、もともとはヴァンピールを護るためのモノだったんだよ?」
 煌く蒼が陽光を弾いているのを見つめながら、淡い金色の髪を緩く掻き混ぜる。
 「“運命の君”を守る為なら、何にだってなってやるさ」
 視線の端で、通行人が数人足を止めているのが目に入る。
 に、と笑ってからサンジの頭から手を退かした。
 
 「それにしても、こっちの太陽は日差しの強さが違うな」
 サンジの髪は、ニューヨークの日差しより、ロスの日差しにより映えると思う。
 金が弾く光の煌きを目で追っていれば、不意に視線に入るものがあった。―――へえ。
 舞台で見た時とはまた別の雰囲気を纏っている“セレブレティ”を目が勝手に拾い上げる。
 一度見た人間の顔が忘れられない“特技”の結果。
 “アメリカン”なテイスト丸出しのこの街において一人醸し出すのは“ヨーロピアン”な風情。
 上品なラインのサングラス越し、目線を流した先に居たのは―――。
 「Jesus」
 勝手に呟きが零れる。
 さすがに“トップ”と“末端”じゃ顔を合わせることもなかったが、あの顔は間違いなく……!
 す、とサンジが目線を寄越してきた。
 
 視線を集中させないように注意しながら、携帯電話でなにかを言っている若い男を見遣る。
 下品でなく着崩したイタリアンのスーツ。肌蹴た胸元から覗く肌の上には光る十字架。
 “西の王”に間違いないのに、“理想のダンスール・ノーブル”に満面の笑顔を向けていた。
 唇が象っている言葉を読み取る。
 『おれ、デェト中なんだってば…!』
 「―――、」
 言葉を失う程に驚いている自分に驚く。
 美貌の“王子”が、ふわりと艶やかな笑みを浮かべ。一瞬だけ、軽く唇を窄めて口付ける真似をした。
 
 くう、と明るい笑顔を浮かべた“西の王”が、
 『捲いてこなきゃ良かったよ、セェトー』
 酷く無邪気に”ミューズの恋人”に甘えていた。
 『さっさと電話切って、オレを甘やかせ、ダーリン』
 に、と。笑った王子が小首を僅かに傾ける。
 記憶にあるものより長いプラチナブロンドが、さらりと揺れて煌いて。
 『ダァメだね、とにかく今日はおれは―――じゃな、任せた』
 そう電話口に告げていた男が、あっさりと通話を終了させて、携帯電話をポケットに滑り込ませていた。
 
 す、と強い腕が、細身の黒いエレガントなボトムスに包まれた“王子”の腰を引き寄せ。
 くすくすと笑った“王子”が、エスコートされたアストン・マーティンのシートに腰を沈めながら、男の耳に軽く唇を押し当てて何かを言っていたのが解った。
 往来でなければタイヘンなことになっていただろうと思わせるに十分な程幸せそうに笑った“西の王”が、助手席のドアを丁寧に閉めていた。
 それからあっさりと運転席に回って身軽に乗り込んでいく。
 彼らに気付いていた通行人が、何が起こったのかワカラナイ、といった顔をして見送る中、スタートした車はあっという間にトラフィックに呑まれていく。
 ひとつ息を吐いてから、ずっと心配そうに見つめてきていたサンジに漸く視線を戻した。
 
 「知り合いでもいた?」
 「いや、ただな―――」
 知り合いなんてものじゃないが、それにしても“奇妙”な組み合わせだ。
 真っ直ぐに見つめてくる蒼に、小さく首を横に振る。
 「昔、ブロードウェイで見たことのある顔が、直ぐ其処に在って驚いたんだよ」
 記憶に在ったキツいイメージが蕩けるように和らぎ、全身で“幸福”を表現していた“天性の表現者”。
 サンジの顔にゆっくりと笑みが広がっていく。
 「ソイツが一緒に居た相手っていうのも、オレが一方的に知ってる相手でな?」
 「うん?」
 先を促すサンジの声が柔らかい。
 「ただ余りに印象が違ったんで、オレの見間違いかと思ったんだ」
 独りで居る筈のないマフィアのトップに君臨する男の一人。
 
 「じゃあ、それはきっと、」
 ふわりとサンジが微笑んだ。
 そして、「恋してるんだョ?」と歌うように続きを言葉にしていた。
 「それは間違いないんだ」
 「うわ、そうなんだ」
 「ああ、疑いようもない」
 くぅ、とサンジの笑みが深まり、蒼が煌きを増す。
 「おれね、」
 言葉を区切ったサンジの目を覗き込む。
 「おまえの視線の先、おいかけるのすごい我慢してたんだ、なーんだ、じゃあ見ても平気だったね」
 「ああ、多分」
 「多分?」
 くすくすと笑うサンジに、苦笑交じりに告げる。
 「オレよりずっと上だけどな、同業者ってヤツだから」
 サンジが抱えていた感情はプラスのものだから、見られていることに気付いても、無視していたとは思うが。
 サンジの目が見事に丸まっていた。まるで猫のようで、小さく笑う。
 
 す、とサンジが腕をいきなり差し伸ばしてきた。
 それからテーブル越しにサングラスの上、丁度目元を隠すように掌を浮かせて当てられる。
 「はい、もう忘れた」
 小声でサンジが呟く。
 「忘れた?」
 そう続けて訊いてきたサンジに軽く首を横に振ってみせる。
 「―――忘れなくても平気なことなんだ、幸せそうな二人だったから」
 心の奥底から、見ているだけで気分を向上させられそうな程に、幸せそうだったから。
 
 すう、と手が遠のく。
 「わかった」
 サンジが頷いていた。
 ふわん、と目線を合わせて微笑んだサンジの頬を軽く指先で辿る。
 「―――参った、完全に呑まれた」
 二人が振りまく“幸福”のオーラに。
 
 ゾロ、と。声に出さずにサンジが名前を呼び。
 それから、嵐のように幸福を振り撒いていった二人に決してヒケをとらない程幸せそうにサンジが微笑んでいた。
 笑みを返す。
 それからサングラスを下ろし、そうっとサンジだけに聞こえるように囁く。
 「愛しているよ」
 誰よりも、何よりも。
 
 
 
 
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