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 言葉に、笑みを返すことしか出来なくて。自分の不甲斐なさにちょっと内心で苦笑したけれど、エントランスまで見送りに出てくれたオーナに挨拶してから店を出た。
 「ランチはお口にあいましたか、」
 通りに一歩踏み出して訊いてみた。グラス越しに見上げれば。
 少し片眉を引き上げたゾロは、かなり美味かった、と答えてくれた。
 おれの考えてる事なんか、お見通しなのかな、おまえには。
 「そ?良かった」
 ふにゃ、とした笑みが意識しなくても自然と上ってくる。
 くしゃ、っと。ゾロの大きな手が、髪を掻き混ぜてった。その感覚だけでも嬉しい。
 ランチの後は、このあたりをまずは散歩していくかな、と思っていたなら。
 「どの辺りに買い物にいきたいんだ?オマエの好きなところに行こう」
 穏やかな声が滑り込んでくる前に、おれの周りの空気を染めてく。こういう風に、アタリマエに柔らかな声がほんとうに好きだな。
 
 「この辺り一帯はー、」
 おまえの言葉でいうならおれのドメインだったんだけど、と。ゾロを見上げる。まだ時間が時間だからそれほど知った顔は少ない筈。
 「ふン?まあ今更気にしてもしょうがないダロ」
 ぽんぽん、と。背中を軽く叩かれて。
 穏やかな笑い顔だった、おれの目に映っていたものは。だから、笑みで返した。
 「遊んでイイ、って。おまえ言ったもんね、」
 「ああ」
 
 タスカンを停めてある通りからは少し離れるけれど、メインストリートに近い方へ道を一本渡る。
 ふわ、と。グラス越しでもわかる、幸せそうなカオをゾロがしていることは。通り過ぎるビジンさんたちが名残惜しそうに歩調を緩めているのがウィンドウに映るのも見えるし。
 とはいえ、ゾロの眼差しは前にだけ向けられてるんだけど。
 「イタリア系にしては珍しい、」
 また見上げてからかってみる。
 「それってさ?礼儀がナって無い、って怒られない?」
 ひら、とゾロのハナサキで指を一振り。
 す、と。目線がおれにむかって落とされる。
 「ん?褒めるのがだって仕事じゃなかったっけ、」
 「Only Oneを蔑ろにするほうが怒られるサ」
 に、と笑みを刻み。どこか懐かしむような声が、「ダッドはそういうヒトだったんだ、」と続けていた。
 「良い教え、」
 とん、とゾロの手の甲をリングで掠めさせた。
 「そうだろう?」
 穏やかな笑みが返されて。頷いた。
 
 「昔、オレの知り合いに。典型的なイタリアンとも言えるくらいノリと口先で生きてるヤツがいたよ」
 「へえ?」
 思わずゾロの目をまっすぐに見ていた。
 「マンマを世界で一番愛していると豪語していて、懐っこい笑顔をどんなオンナに対しても振り撒くような馬鹿だ」
 笑いを含んだ声が綴っていく。
 不思議な気がする。その知り合いっておまえの雰囲気と全く違うし、――――あ、でも。ハハオヤ思いなのは一緒か。
 「下はゼロ歳児から上は上限ナシ、ナチュラルもハンドメイドもフェイクも含めてな」
 「―――へぇえ……!」
 ますます結びつかないよ?
 わらう。
 「観てみたかったなあ、ソレ!おまえとその知り合いが一緒にいるとこ」
 くくっと笑いが込み上げてくるのを押さえるのは止めにした。
 「冗談は止せ。馬鹿が伝染するぜ?」
 真顔なゾロに。
 「え。バカってウツルんだったの?じゃあおれとっくに感染してるよ、おれの周りバカばっかだったもん」
 に、と口元を吊り上げて、通りへ目を戻す。
 ―――ん、いまのところおれの知ったカオ、いないね。
 「アイツのはタチが悪いんだ―――オレみたいなのを慕うんだから」
 「それって、」
 後半、声が低くなってた……少しだけ。
 ゾロに目を戻す。
 「おれも、じゃあそのヒトと気が合うかもしれない」
 とん、と指先で自分のこめかみをノックしてみた。
 「アリステア、カワイそうに。おまえの周りほんとうにバカばっかりだね」
 筆頭はおれだけどさ?とわらえば。
 
 「一番の馬鹿は多分オレだからしょうがないか、」
 穏やかな笑みを見詰める。軽い口調の底に、イロイロな意味や感情だとかが、多分含まれているのを感じる。だけど、ゾロの浮かべている表情は後悔めいたものからは程遠かったから、安堵した。
 「アリステア、それを言うなら―――、」
 ふ、と。肩の辺り。
 ぴし、と何かが「刺さる」のを感じた。何だか。とてつもなくラディエントな――――
 言葉を唇に乗せ切る前に、だからおれが少し変なカオ作ったかもしれない。
 それよりも先にゾロが気配に気付いたかもしれない。
 ゾロの纏う雰囲気が、確実に「冴えた」。何も表情に変化は無いのに。
 
 これは、このきらきらきらきら、華やかで自信たっぷりの―――
 聞き間違えようの無い「完璧にフェミニン」な声が大きすぎないヴォリューム、だけど確実に注目は引く程度のソレが―――
 きら、とプラチナブロンドが陽射しを弾いて。
 視界の端で。
 おれの視線の泳いだ先、ゾロが強すぎない視線で見遣って。
 それと同時に。
 
 「ベィビイ!!そこを動いたら嫌!!」
 
 ゴールドベージュのサテン、長いストールがひらひらと高く踊って。右手にソレを掲げて女の子が通りを渡ってくる。
 「ねえ、本物?サンジ、こっち見てくれないと私怒るわよ?」
 ―――プリンセス。
 そうみんながからかい混じりに半ば本気で呼んでいたコ。
 ごめん、とゾロに目で謝る。
 グラスを押し上げて振り向く前に、ゾロが一瞬目線を合わせてきてくれて。軽く背中を押してくれるようにした。―――わ。
 「ビクトリア、」
 名を呼んで、抱きとめにいく。
 「本物だわ―――!」
 羽が舞い降りてくる軽さで、腕のなかに身体を落としこんで。古くからのトモダチがぎゅうう、と抱きしめてくる。
 夏本番前の「ここ」らしいスタイルで。背中の殆どはキレイに露出してるけれど、関係ナイ。裸の背に腕を回して頬へキス。
 「久しぶり、」
 「そうよ、アナタ突然いなくなるんだもの。シンパイしたんだから―――」
 後で、ゾロが視線を通りに自在にめぐらせているのがワカル。
 
 「変わらずビジンのビビで嬉しいよ、おれ」
 もう一度文句を言い出しそうな唇に軽くキスを落としてみる。笑みをつけて。これで機嫌直るよな?
 「会いたかったんだから!」
 あぁ、治った。良かった。
 「忙しい?」
 「忙しいわよ、私これでも売れっ子なんだし」
 ふわ、と涙ぐみかけていた淡いパープルの瞳、それがキラキラと弾ける。
 そして、告げられる幾つかの新規のクライアント名は、最近人気の出始めたハリウッド・ビューティ達だった。
 その途中で、く、と眼差しが後に投げられた。
 
 紹介しない訳にはいかないよなぁ―――。ゾロは、ビクトリアの目線に気付かない振りしてるけど。
 ビクトリア、ことビビは伊達にこの街でセレブリティ御用達、の“プライベート”なスタイリングを手がけてる訳じゃないんだ。要するに、カノジョのかわいい外見に惑わされたらダメ、もの凄い勢いで鋭いんだ、何事も。
 「見逃してくれないよね。」
 からかう。
 「アタリマエだわ」
 に、とビクトリアの唇が笑みを作る。
 「オーケィ、プリンセス」
 滑らかで華奢な肩を抱いて、振り向いた。
 「アリステア、こちら、おれのトモダチで売れっ子スタイリストのミス・ビクトリア・N。顧客はトップシークレット、カノジョが私服のスタイリングしてる女優陣はみんな製作会社の看板背負ってるよ」
 おれが呼びかけるまで気付かない振りをしていたゾロに、軽く声を掛ける。
 
 「ハロゥ。アリステア、」
 ―――わ。
 す、と振り向いたゾロが、グラスを外していく。え、おまえ、いいの?おれの方が心臓ばくばくいうんだけど―――。
 「ハロゥ、ミス・ビクトリア」
 まっすぐに、ゾロのグリーンアイズがビクトリアにあわせられる。
 「アリステア」の声。
 これは、助教授のミスタ・ウェルキンスでは無くて、品の良いオトナになった元放蕩息子、ってあたりかな。
 くぅ、とビビの口元がもっと引き上げられる。
 それに応えるように僅かだけ、口端を引き上げてゾロが笑みを作る。
 「路上では再会の祝いも出来ませんね。どこかに入りません?積もる話もあるでしょうし」
 軽やかな口調が押し付けがましくなく、だけど自分の要求をスマートに告げてくる。
 ごめんごめんごめん、ゾロ。これじゃあ路上で「さああ見てください!」って旗振ってるようなモンだよな。
 人目が刺さってショウガナイ、さっきから。それはオレもわかってるから。
 
 「私に奢らせてくれる?アリステア」
 く、とビビが顎を僅かに上向ける。
 ―――う。
 「おれに奢らせて欲しいな、」
 やんわりとこっちに向き直させようとしたら。
 「じゃあ間を取って、オレが奢りましょう」
 にっこり、としたゾロに向かってビビが一言。
 「ヤよ」
 問答無用って口調だったゾロに、真っ向から言うし。
 鼻っ柱の強い返事に肩を竦めると、ゾロは軽くおれの背中に手を当ててきて、歩くように促された。
 ―――う、わかりました。
 
 「ダァリン、サンジ・ベイビィ、」
 わかってるってば。エスコートはするから、あああもう。イキナリ再会がハァドだって。
 そうしたなら、耳元。
 ビビが。
 「趣向変え?」
 面白そうに言ってきて。
 「あ、そういうこと言う?」
 ビビの細いウェストを片手でぎゅ、と押さえて歩き出した。
 「くすぐったいってば、」
 機嫌よさそそうにビクトリアは笑って。
 ゾロは。グラスを何時の間にかもう元に戻していて。
 おれは、といえば。
 シェルター。とにかく悪目立ちしないところ、それを探した。
 
 
 
 
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