ビクトリア・N、と紹介された女性と連れ立って、カフェに飛び込んだ。
メインストリートに面した大きな書店の中にある場所。
このロケーションを選んだのはサンジ、で。少なくともなにかしらの情報の遣り取りをするには十分な場所だ。
オープンすぎず、クローズすぎず、適度なザワメキと控えめな目線で囲まれている場所。
向かっている間中、サンジの目が「ごめんごめんごめん!」と謝っていた。
肩を竦めて、また手触りのいい金色を撫でた。―――よかったな、良い知り合いに会えて。
職業柄、カジュアルではあるけれどもファッショナブルな服に身を包んだ彼女は、それだけで目線を引く。
男性は好奇心、女性は好意、もしくは小さな妬み。
けれど彼女は気にすることなく、真っ直ぐと背筋を伸ばしている―――強気な女性は、昔から嫌いじゃない。かといって、興味があるわけでもないが。
奢る、と言い張るビクトリアに笑みを一つ添えて承諾した。取引条件は、二人が思い出話に花を咲かせている間、オレは店内を自由にうろついてくること。
サンジとビクトリアだけが目立っている分には問題は無い。
サンジが過去と現在とを繋ぎ合わせているのを見守るのは悪くないアイデアだが、―――サンジにも、少しゆっくりとホームグラウンドを味わう時間を遣りたいしな。
暫くサンジの目線が背中を追ってくるのを感じ取りながら、フロアを移動した。
サンジとビクトリアからは見え辛い位置でも、自分からは二人を十分に見ていられる角。
ケルト文明とブリタニアの歴史について書かれた本を広げながら、サンジたちが居る一角が華やいでいるのを感じ取る。
下品にならずに、親しげな距離からフィジカルコンタクトを取っているビクトリアは、相当“仲の良い”友人だったのだろう。
くぅ、と小悪魔のような笑顔を浮かべて何かを言い返しているサンジの表情に、過ぎ去った時間を計りとる―――出会った当初はよく見たカオ。
性質の悪い顔ではある。魅力的ではあるけれども。
懐っこいカオをして性質の悪い性格をしていた馬鹿のカオが一瞬浮かんだ―――さっきサンジに言っちまったせいだな。
サンジが何度と無く、天使から小悪魔、青年から猫のような表情へと変えているのを遠くから見ているのも、案外悪くない。
もっとも側に座った客は、オチオチ珈琲も飲めやしないだろうが。
同じセクションにあったゲルマン民族とケルト民族についてのハードカヴァ本も引き出し、ぱらぱらと中身を捲る。
遠くではビクトリアが、サンジの腕を抱きこむようにして、耳元で何かを言っているようだった。
どうやら何か提案されているらしい。
少し考えながら、サンジが女性の頭に口付けていた。なにやら返事に困っているみたいだ。
アングル的に遠すぎて、何を言い合っているのかはわからない位置にわざと来たから。詳細はテーブルに戻ってから訊くとしよう。
サンジは首を一度横に振っていたが―――あの負けん気の強さを最初の1分で証明した人間が、それを聞き入れるわけがないだろうに。
ふ、と目線を上げた先。
セクション、PHOTO-WORKS。幸福な二人連れを思い出して、苦笑する。
悪いなビクトリア、美人なんだがさっきの後じゃ同じ土俵じゃ語れないよな。
ふと目に入った一冊を取り出した。A.マッキンリィ……軍用犬みたいにデカい男だったよな。オンナに付き合って飛び込んだ先で、舞台で全てを昇華していたビジンと真っ向勝負していたカメラマン。
ぱら、とページを捲る―――思わず口笛を吹きたくなるような一枚に当たる。
濡れた淡い金の髪に、白い肌、赤い薔薇の花弁―――ふン。今のほうがダントツ美人じゃねぇかよ。
“恋はヒトをキレイにする”、それはなにも女性に限った話ではないらしい。
整ったフェイスラインが、何故だかサンジに似ているような気がして一瞬戸惑う。
―――野良猫と王子、なあ?
なにかあれば、クエナイオトナが対処しているだろう。だたの杞憂かもしれないから、閉じたページと共にその感想は忘れた。本棚に美しく装丁されたハードカヴァを戻す。
サンジとビクトリアは、まだなにかの話で盛り上がっているらしい。
目線の端に留めたまま、雑誌のセクションに向かう。
『愛してるの?』
明確に読み取ることを拒否していたのに、シンプルな質問はあっさりと“聞こえて”しまった。
サンジは、と言えば。ロスまでの道程で何度も周囲をざわめかせたふんわり笑顔で笑っていた―――それが全ての答え。
『何よりも、』
遅れてコトバが届く―――ベイビィ、そこまでオトモダチにバラしちまってもいいのか?
面映いような気持ちで、雑誌の棚に目線を戻す。
ビクトリアが、肩から力が抜けたように嬉しそうに笑っていた―――オレが相手じゃ彼女にとっては不足だったのか?
思わず笑った自分の思考を切り替え、少し硬めの月刊誌を手に取る。
表紙はイラストレータによる現政権の批判。
連なるコラムニストの名前を目で追い、一つのタイトルに目を留める。
“Aesthetics of Love”―――愛の美学、ねえ?第7回目のインタビュイーは……ああ、ホラ。美貌の王子。
ぱら、と中を捲って艶やかな笑みに出会う―――ごく最近の写真だと、直ぐに解る一枚。
残念かな、マッキンリィがフォトグラファではなかったらしい。アイツならもっと、彼の本質を捉えられただろうに。
キツかったあの美貌のダンサがどう変わったのか、妙に興味が沸いて、結局それも買うことにした。
プラスの方向に変わっているのは、一目瞭然、どころのハナシじゃなかったけどな。
会計を先に済ませて、サンジたちが居るテーブルまで戻る。
―――どんなビジンでも、サンジにより強く惹かれるのを何百回目かで自覚する。
眉根を寄せて、妙に色っぽいなオマエ。一体何に困ってンだよ?
サンジの隣では、勝ち誇ったような笑顔でビクトリアが笑っていた。
Queen Victoriaは大英帝国を世界最強にまで引き上げた女傑だ、オマエ勝てないだろ、サンジ?
「アリステア、」
吐息交じりの小声がセクシィなトーンを帯びていた。
だから平静な声で返す。
「イエス?」
ビクトリアの目がきらっと光っていた―――得てしてオンナの方が鋭いってモンだ。
「いまからお買い物に行くつもりだったって聞いたわ。だったら私がスタイリングしてあげる。させてくれるでしょう?」
真っ直ぐに見詰められ。よもや断わられるわけがない、と知っている声が先に届く。
「そうするって言って、聞かないんだョ、」
ほとほと困った顔でサンジも見上げてくる。きゅう、と眉根が寄り。“ごめんなさい”を目が繰り返している。
「そうされるメリットが思いつかないな、ミス・ビクトリア―――デメリットが無いとどうして言える?」
に、と口端を引き上げて意地悪をしてみる。
悪いな、負けん気の強いオンナは好きだが、あっさり組み敷かれるのは趣味じゃないんでな。
きゅう、とビクトリアが片眉を引き上げていた。
「アナタのデメリットなんか知らないわ。魅力的になり過ぎて困るのなら仕方ないわね、諦めて。アナタたち素材が良すぎるの」
しらっと言い切ったスタイリストに肩を竦める。
「私の大事なモデルでインスピレーションの源、勝手に持っていっちゃったヒトにそれくらい仕返しするわよ」
いい、と鼻に皺をわざと寄せて言ったその根性はブラーヴァ、だ。
「―――ビビ、」
サンジは既に諦めモードらしい。
「喧嘩を売られるなら、買わないわけにはいかないな?その勝負、受けてたってやろう」
に、と笑って承諾する。
「知らないわよ、ダァリン。アナタ覚悟しなさいね」
にぃ、と笑って返したオンナに肩を竦める。
「今よりイイオトコにしてくれるんだろう?」
サンジがじぃっと見詰めてきているのに、また笑う。
「だったらオレは負けない―――より惚れさせてみせるさ」
「ディールね。だけど、サンジのこともアタシ構うんだから口出ししちゃダメよ」
「正々堂々、よろしく」
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