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 『パーフェクト!』
 そう言ってにっこりとしたビクトリアの甘い声が耳に残ってる。
 ウェストサイドを周るのに歩くのはナンセンス、と笑うビクトリアが半ば無理やりおれと『アリステア』を自分のカブリオレまで連れて行き。
 カノジョの愛車は、1年の間にカレラからゴールドのサーブになっていた。実際、派手なのだか抑えてるのだか微妙すぎる。
 『モデルをしていたころから、アタマのなかはスタイリングのことばっかりだったの。お買い物も好きだしこれは天職よね、ってモデルやめたの、顔を売るだけ売っておいてね』
 一瞬、眉を引き上げて見せたゾロに、ビビがバックミラー越しに笑みを浮かべながら歌うように話していた。
 ちら、とバックシートに収まったゾロに目を遣れば。少し頷いて見せて、どうやらビビの行動力は買っているみたいだった。
 『おれってば恰好のスケープゴートだったよね、キミの』
 おれも付け加えてビビに目を戻したなら。
 『ダァリン、感謝してるわ。ってことより、アナタのことが私、大好きだっただけなの』
 そう、微笑まれた。
 『”それどこで買ったの?””ビビに聞いてくれるかな””今日もステキね””そう?ビビが選んでくれたんだョ”っておれ完璧に広告してたもんなぁ、まだビビがモデルの頃から』
 そう返して笑う間に、まずは1軒目に着いて。まずはウォーミングアップ、とビビがわらってキィを抜き取って。クルマから降りるゾロもどことなく機嫌は悪くないみたいだった。
 
 確かに、1軒目なんてほんのウォーミングアップ、だった。結局、ヴァイタリティの塊りみたいだったビビは少し時間が経ったからって大人しくなっているはずもなくて。
 トータルで7箇所、店舗数で言うと10軒?それくらいは軽く周った。それも、3時間の間で。相変わらず、完璧なスケジューリングと記憶力と行動力。
 運転しながらケイタイでショップのマネージャやブランドのPRマネージャを呼び出しては、まずは騒がないように、とのダメだし付きで相談をはじめて。
 おかげさまで、昔の知人連中からの大げさな歓迎に会う事も無くて比較的スムーズにモノゴトは運んでいった。
 ゾロは終始フラットに、でもフレンドリーな態度だったし、ビビはビビで仕事のキレの良さとプライベートの気楽さの真ん中あたりでずっとゾロには接していた。
 その分、おれは前以上になんだかオトウト分扱いだったけどね。
 
 『愛してるわ、なんて完璧なフィジーク。』
 とかなんとか。ビビが勝手にフィッテッィングルームに雪崩込んでおれのことをぎゅうぎゅう抱きしめたときなんかは鏡越し、外にいたゾロが浮かべた、ふわ、とした優しい笑みを見つけたりした。
 たまに、ビビのセレクションが許容範囲を越えたときはあっさり断ってたけど。いつものラインよりは随分とゾロが許容範囲を拡げて“遊んでくれてる”のもわかって、ビビの耳元で囁いたりもした。
 『やっぱりあそこまでが限度かな?』
 『勿体ないわ、ハリウッドなんかメじゃないのに、ザンネン』
 さら、と。ゾロも、結構惜しげもなく上はビビの前でも着替えていたからそのザンネンがりようがリアルでかわいかった。
 
 支払いは前からの流れそのままで。
 一端、ビビのオフィスに全部がチャージされるから、ビルをリッツまでアシスタントの子にでも届けさせる、と言っていた。そのときには、ビルは直接ミスタ・フォレットに渡してくれるだけでいいから、とおれが付け足した。後で本人にも言っておかないとな、ソレはおれに廻してね、って。
 『ダァリン、ホームグランドはいいでしょ?』
 そう微笑んだビビに抱きしめられて、すこしわらった。
 おれたちがくすくすと抱き合ってわらってたら、ゾロが。
 『祖父に記念写真を撮って送れと言われているから、相応しい服を選んでくれ』
 そんな言葉に、2人してゾロに向き直った。
 思わず、声が揃ってた、ビビと。
 『『それじゃあすぐに場所替えしないと』』
 おれたちの声が被ったのを聞いてアテンドしてくれてたマネージャのケリィがくすくす笑い始めて、ビビと目を合わせた。
 ゾロも、低く笑うと。任せた、と短く全権委託してくれてた。その声がすこし優しくて、勝手に口元が笑みを刻んだ。
 『レッドカーペットじゃなきゃ歩けないくらいセクシィにしてあげる』
 腕を認められたと解かったビビが艶やかに微笑んでみせて。
 
 だから最後の立ち寄りは、カノジョのとっておきのメゾンだった。
 そこでは、まぁ、仕方ないよね。1時間くらいかかったけど。
 仕上がりは3日後、ジェネラルマネージャまでが満面の笑みで最高の出来を約束していた。確かに、ウン。オスカーよりはカンヌだね、雰囲気は。そんな具合だ。写真を受け取ったときの、テリ―の自慢そうなカオが浮かぶなぁ。
 
 移動とフィッティングとの合間に、何だかわらってばかりだった気もする。
 気のおけないトモダチ、それも大好きだったオンナノコだから余計に気楽だったし。
 『ねぇ、また戻ってらっしゃいよ。それまではきょう会えたことは私だけのヒミツにしておくから』
 夜からクライアントとのビジネスディナーが入ってるのだ、ととてもザンネンそうに言うビビに。
 『返事はいいわ、しなくて。ねえ、またね?幸せそうでうれしかったわ、私の想像の中だけじゃなくてほんとのサンジも』
 別れ際、くう、と抱きしめられて、キスの合間に言われた。
 ゾロにも指先でキスを投げると、最高の出来な笑みを残してカブリオレがブルーヴァ―ドを走り抜けていった。
 手をひら、と振って。その姿がそのうち見えなくなるまでしばらく見送ってみた。
 
 ナヴィゲーションなんか必要ないロコが2人いたわけだから、相当に増えた荷物は側を通るたびにタスカンのトランクに仕舞われていたから両手はフリーだった。
 ゾロを振り返れば。
 オモシロイ子だったな、とゾロが言っていた。はは、それ、ビビの感想?
 『おれのガールフレンド。みんなああいう上等なコばっかりだよ。他にも会いたい?』
 に、と笑みを浮かべてみる。
 夕方の風が吹き始めて、それが微かに潮の香りを乗せてる。
 苦笑して、『偶然以外は遠慮しておくよ』そう言ったゾロの隣を歩いて。
 『遠慮することないのに、そろそろみんな出てくる時刻だ』
 半分、真実を告げてみた。
 そうしたなら、小さな笑い声が落ちてきて。軽く頬を突付かれた。
 どうしても抗いきれずに、何人かがゾロを振り向いていたけど。ザンネンでした、ハリウッドの住人じゃないよ、思い出そうとしなくても浮かばないと思うけどな。
 
 『ディナーには少し早いかな、どっかのラウンジで軽く飲んでからゴハン食べよう?』
 疲れた、とわらって付け足して。クルマまでのんびりと歩いていった。
 華やかなタイフーンみたいなビビが、すぅっといなくなったから、なんだか最初はちょっと不思議な気配がしたけれども。ずっとフラットだったゾロの纏ってた気配が、ゆっくりといつものに溶け出していったから帳消しだ。
 おれは、こっちの方がぜんぜんイイ。
 
 
 
 
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