軽くイタリアン・レストランで夕食を済ませてからホテルに戻った。
トランクに詰め込まれた紙袋の山に、ベルボーイが一瞬目を丸めた―――オトコ二人で服の買い出しっていうのも珍しいよな、そう思って小さな笑み一つ浮かべて肩を竦めてみた。
夜遊び用、遊び用、カジュアルエレガントなものに、エレガントな一級品のセミフォーマル服、それぞれに見合った靴に、アクセサリ類、下着まで揃えられたからな。
よくもまあ“短時間”でそこまで選べたものだ、と途中から感心するくらいにビクトリアは上手に買い物をしていった。
チョイスも決して悪いものではなかったし。特にサンジに似合うものには精通していた―――”大好きなオトモダチ”だしな。
プロフェッショナルとしては相当腕がいい方なのだろう、だから今が旬の“売れっ子”なんだろうが。
ただ、時折許容できない程“遊び”が強い服をオレに着せようとするのにはマイッタ。
他人の眼差しを集めて喜んでいるような人種ではないことは理解されていたみたいだったので、それらの服が詰め込まれるような事態にはならずに済んだが。
不意にまた馬鹿のカオが浮かんだ―――悪いサイン、か?それとも、記憶を引きずり出していってくれた二人が序でに引き出していった“思い出”なのか。
そういう“遊び”がやたらと似合う、口先とノリだけで生きているイタリア人男。ウィンディ・タウンで何故だかオレに懐いていた年下の阿呆。
足を洗って、適当に生きてりゃいいな、となんとはなしに思った。すぐさま頭から存在を消したが。
バスルームで軽く一日の汗を落とし。
どこかウキウキとした気分のままのサンジに口付けるツイデに痕を残しておいた。試着した状態を覚えていたから、服の中に辛うじて隠れる位置に淡く色づいた華を。
「っ、」
色っぽく息を呑んだサンジが、瞳を潤ませて見上げてきたのに笑みを刻む。
「忘れンなよ、」
一言だけを耳に落としておく。
なに?と言葉にはせずに聞き返してくる蒼に、額に口付けるだけで答えとした。
随分と気分がいいみたいだったから、ハメを外したくなるに決まってるし。
―――たとえサンジにその気がなくても。今のオマエを知った昔の“オトモダチ”が、妙な気分にならないとも限らないからな。保険みたいなものだ、サンジ自身と周りの連中へ、一種の“ワーニング”。
行く先が行く先だから、そもそも気にしない連中が多いかもしれないけどな、無いよりはマシだ。
うっとりと目を細めていたサンジの状態に笑みが洩れる―――ああ、オマエな。あんまり気持ちよさそうなカオしてンなよ。約束反故にして喰っちまうぞ?
軽くサンジの耳朶を牙でピアスしてから“グルーミング”は終了。
きゅ、とサンジが手首を握ってきて。肩に額を押し付けてから、着替えに行っていた。
一人残されたバスルームのミラーに映る“自分”を見る。
ビビが傷跡に気付かなかったのは僥倖だ、さすがは“名医”の仕事だな。―――気の強いオンナばかりが“プロフェッショナル”になるもんなのか?
上手く隠された痕を指先で軽くなぞってから、深呼吸で気分を入れ替えて着替えに出る。
サンジは蕩けるような印象のある薄いヌバックのシャツ、それをボタン3つ留めて着ていた。襟元のラインは“首”を美しく見せられる最高のカッティングの物。
それに柔らかめの麻混じりのローライズを合わせていた。デコラティヴで重たげなベルトを細い腰に下げて強調。前に贈ったトパーズと、金の十字架を首から下げていた。
カワイソウだから“ピアス”は忘れたことにしてやる。
モノトーンのグラフィカルなプリントが入った白のカットソーと、皺を敢えて加工された黒の細めのボトムス、ラフながらもエレガントなラインの麻交じりの黒いジャケットに腕を通す。
首にはシルヴァのチェインにスモーク・クリスタルのチェイン。それに何故だかロザリオ。
指にもシルヴァのリングを嵌める。『ジュエリーはマストよ、これとこれとこれ』、そう言っていたプロフェッショナル・スタイリスト、ミス・ビクトリア・Nのお言葉を思い出す。
時計までは選ばれることはなかったので、持ち前の物から一つ選んだ。グリシンのアンティーククロノ風のツーカウンタークロノグラフ。
シルヴァフレームにメタリックブルーフェイスの、一見なんてことはないミリタリ・ウォッチ。
随分と前に自分で購入したもの。
値段的には手ごろな物だが、“遊ぶ”にはもってこいの一品。なにより信頼できるのがいい。
着替え終われば、サンジがぺたりとくっ付いてきた。
「ゾロ、」
「どうした子猫チャン?」
甘えた声を出したサンジの頬をするりと撫でて笑いかける。
「触れ?気持ち良い、」
告げられて、小さく笑う。
「シャツをか?」
指先で首筋を撫でてから肩まで辿る。
きょとん、と見上げていたサンジが、く、と眉根を寄せていた。
びく、と跳ねた反応の良さに、また勝手に笑いが零れる。
「…遊びに行くの、止めちまうか?」
からかって訊けば、
「―――ゃ、」
ふるふる、と辛うじて首だけを横に振ったサンジの髪を掻き上げて、首筋を晒させる。
「っ、ゾロ?」
項の、髪に通常ならば隠れている場所にゆっくりと口唇を押し付ける。
蒼がゆらゆらと揺らめいているのをしばし見詰めてから、ひくりと身体を強張らせたサンジが“強請った”ままに強く吸い上げる。
「ぁ、っ…、」
きゅ、と指先が縋ってきたのにまた口端を引き上げて、ぺろりと痕を舐める。
「じゃあ行くか」
耳元に声を落とす。
「―――っ、」
深く息を吸おうとしていたのが揺れる。
足元に蹲っていたエリィの頭を軽く撫でて、留守番をよろしく、と言っておく。
みぁ、と短い返事が返ってきた。
―――頼りにしてるぜ。
心なしか頬が赤いサンジの背中に手を回して促し。
一瞬、両腕をしっかりと回してきつく抱きついてきたサンジの髪を撫でて整えてやる。
「クラブは行く」
そう宣言したサンジに肩を竦める。
「他に行く予定は、今のところはないぜ?」
サンジを促してドアを出て。直接パーキングに降りられる専用エレヴェータに乗り込んだ。
プレジデンシャルに泊まっているからこそ許された“特権”。
エレヴェータの降り口で鍵を預かってくれていたガードが僅かに動揺したのには気付かないふりをして、チップを払ってオープントップなままの車に乗り込む。
ゆっくりと道路を走り出させ、サンジが前もって教えてくれていた場所に向かう。
クラブ、ねえ。いったいどうなることやら。
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