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 日付の変わる少し前の時刻に、もう目を瞑ってもドライブできるくらいの道なりに進んで。
 24時間、一応セキュリティ付きのパーキングにクルマを置いて。
 「まっすぐ、」
 ゾロに告げてみる。
 心臓とか、頬の熱いのとか。その他もろもろの要因は、どうにかナイトドライブで紛れたけど。
 はー、ともう一度深く息をしてみる。
 視線の先、足音を立てない優雅な獣さながら、パーキングの妙に青味がかった街灯の下でもゾロは変わらずエレガントだ、動きの一つ一つまで。
 あの牙が、赤く濡れていたことだとか掌が染まっていたこととか。今となっては、俄には信じ難いけれど。過去が窺い知れない事、それは―――喜ぶべきことなんだろうな、と思う。
 
 もう一度息をついてみる。
 ロードムーヴィじみたクルマのなかでの会話の切れ端、ほんとうに些細な切れ端なんだけど。自分のなかに強く残っている。
 いまでは自分が世界の一部になれている、って話。―――あぁ、そのこととか、ゾロはもしかしたらキャニオンの渓谷で思っていたのかもな、と思考が勝手に流れかけて。
 ゾロが足を止めていたのに漸く気付いた。
 「−−−あ、ごめん、」
 振り向いてきたゾロに短く謝って、側まで進んでいく。
 柔らかな微笑みが迎えてくれて、何だかやっぱりまた嬉しくなった。
 背中の真ん中、大きな掌が軽く当てられて、ゆっくりとしたペースで進んだ。
 
 「なぁ?」
 見上げて少しだけ笑みを乗せてみる。
 「ん?」
 「おまえさ、また職業不詳だね。前はほら、プロデューサみたいだったけどさ、」
 フロリダの水族館での一日を少し思い出して、微笑む。そして軽口。
 「いまは、もう完全に。ナゾの道楽息子」
 さすが“孫”、と言葉を続けながら。ゾロの襟元から下げられたグラスを指先で弾くようにした。
 「放蕩息子のご帰還、それでいいさ」
 小さく笑いながら言葉が綴られていく。
 「だね?」
 おれのたてる足音だけが少しだけ響くのも妙な感じだけど。
 きょうの夕方、ビビに確かめてみたなら、にっこりと笑みと一緒に返事が帰ってきたことを思い出す。
 いまから行こうとしているところがもう「オープン」にされちゃったのかどうか訊いたなら。
 『あ。そんな筈ないじゃない、じゃないとどこで息抜きすれば良いの?』
 
 あそこのメンヴァになるのは難しいらしいからまだ比較的エクスクルッシブなら、問題ないよね。だから割合と気楽に通りを進んで。何の刻印もないプレートのところで止まった。そのまま下に通じる階段、それを指差す。
 「あのな?この下が入り口」
 そう告げて、何段目かづつにちいさなキャンドルが置かれてる細い階段を先に下りていく。
 下りきったところに、鉄のドアと、小さなテンキー。んー、相変わらずヒトを選ぶね。
 忘れるはずのない4桁のピンコードを押して、スピーカの返事を待つこと1秒。
 カメラのレンズの埋まってるところ、ウン、知ってるしね、そこに向かって手をひらひらと振った。
 ハロー、久しぶり。タダイマー。
 そうしたなら、スピーカが。在り得ないハズの声を寄越した。
 
 『―――サンジ……ッ?!』
 わ?これ、ブリティッシュアクセン―――
 があ!と扉がイキナリまた開いて。音の波より先に飛び出てきた腕が。
 わ?
 すか、っとおれのハナサキで空を切って。
 おれは知らない間にゾロに腰を引き寄せられてて。
 「サンジ!なんだよホンモノだよなっ?!」
 ところがそんなことに構っちゃいない、このロンドン生まれは。違った、ロンドン育ちは。
 「ヘイ、セブ。ホンモノだよ、バァカ」
 くしゃ、と。黙って立ってればちょっと信じ難いくらい端麗なカオしてるけど、喋ると印象が無茶苦茶になるのは―――相変わらず、な笑みを作っていたのは泣く子も黙るDJサマ。
 おれの知り合いと解かって目に見えない警戒を解いて、する、と腕を緩めたゾロにも怖いもの知らずの『ガキのカミサマ』は目許で笑ってから、なんだか盛大にハグしてきた。うー、くるしって。
 
 「なんだよ、もう夢でしか会えねえかと諦めてたっての!」
 「あー、と、おれ中入りたいんだけどさ?」
 あ、悪ぃ、と。ちっともそう思ってもいない口調で言うと。この音バカはゾロにもまたにかり、として。
 「ヘイ、ヨロシク。セブ・フリーダーソンだよ」
 にぎやかにタトゥが場所を占めてる右腕を伸ばしてた。だから、おれの肩越しにソレするなってのに。
 気配で、ゾロが僅かに口端を引き上げてるのがわかる。
 それから、
 「アリステアだ、」
 とさらりと告げて。軽く握って、握手。
 だけどセブが。
 「うわお。見かけによらねぇー!」
 ひゃは、とその力強さにだろうな、人懐っこくわらってた。
 「あのな、アリステア、このバカ男はこれでも一応、」
 紹介しといた方がいいよな、じゃないとコイツこの調子だとただのバカにしか見えないし。
 
 「コッチじゃまだまだだけどな?マーケットちっせえし。世界征服狙ってマス、音で」
 バカじゃないのか、おまえは!とおれが頭を叩いたけど。
 バカが勝手に自己紹介してた。あーあーあー。
 くすくすわらってるゾロに。
 「このバカ、これでも。一応業界トップの筆頭なんだよ、ウソみたいだろ?レイブとかその手の神様」
 「あ、嬉しいって。おまえが褒めた」
 「いいから、中に入れろって!」
 「あ、そうじゃんね。悪い」
 にひゃ、とまたバカが笑って。
 「だけどおれもココのお客なんだよー、昨日こっちに着いたばっかりでさ、またすぐ飛んで戻るけどな」
 「じゃあなんで、おまえがセキュリティモニタ見てンだよ」
 「予感。」
 「―――あ、そ」
 ほらほらオイデ、照れないでいいって、とバカがにこやかなままで音の洪水の中に泳ぎこんでいって。
 それと同じタイミングでゾロが、おれとついでにセブの背中を押してた。
 重い扉が閉じて、ひさしぶりに空気が音で震動するヴォリュ―ムのなかに潜り込む。
 びり、とまた空気が震動する。んー、音、気持ち良いねェ……!
 さあてと、遊ぼうっと。―――バカは放っておいて。
 
 「アリステア、」
 ゾロは、少しだけ目を細めて音量に耳を馴染ませてるみたいだった、―――そうだよね、おまえ。ミュージシャンだもんな?
 エレクトリックな音は嫌いってわけじゃないんだろうけど、おまえ、ジャズピアニストだもんなぁ。
 す、とグリーンがあわせられる。
 「遊びに行こうよ、向こう」
 ラウンジの方を指差す。
 「な?」
 あっちの方が居心地良いヨ?と続ける。
 そうしたなら、首をほんの僅か傾けて見詰められた。
 ―――ん?なん?
 
 「オトモダチが待ってるんじゃないのか?」
 「トモダチに会いにきたわけじゃないし」
 邪魔したくないけどな、と言っている目に話し掛ける。
 「なー、遊びに行こう?遊ぼう?」
 少し離れた後ろで、セブが。通り過ぎる顔見知り連中がこっちへ飛び込んでこようとしてるのを追い払ってた。お、アリガト。
 「―――積もる話もあるだろ?先にオマエだけで行っておいで」
 ふわ、とゾロが微笑んだ。視線の先、多分セブがいるんだな。
 「うー、」
 軽く唸ってみる。そうしたら、後からひょいっと顔を出したセブが。
 「あ、捨て猫がいる」
 「―――蹴るぞ、オマエ」
 「って、おれの胃を殴るのは止しなさいっての」
 けらけらっとわらうのはバカだ。
 ゾロは、なんだか柔らかな目線のままで、くっと低くわらった。
 そして、ほら行って来い、と優しい声が続ける。
 
 それから、ふ、と気配が近づいたと思ったら、耳元。
 「ヤバくなったらオレを呼べ、」
 そう囁くのが聞こえて。
 思わず瞬きして目を真正面から見詰めちまった。
 「んん?」
 そうしたなら、に、と唇を引き上げて。指先がおれの頬を軽く撫でていった。
 「んー、見つけられる?向こうの方かあとは、」
 言葉が途中で遮られた。
 「ヘイ、ダイジョウブ。危なくなったらアッチに隔離してやるって」
 す、と。妙に本当にカオだけはなんでこんなに上出来かな、って具合のセブが、どっかのDJが音を出してるあたり指していた。
 「あそこらへんに隠しといてやるって」
 「荷物か、おれは」
 「うーわ、貴重品だね、ロイズに保険かけねぇと」
 馬鹿げた遣り取りに、ゾロはにこりと笑みを乗せてくれたけど。ううん、ちょっと目が物騒?
 
 「わかった、じゃあおれあっちで適当に遊んでるから、気が向いたら来てな?」
 ゾロを見上げて、笑みを乗せる。
 「奥、シガーバーもあるよ、でもアンタ喫いそうにないね」
 そう言い残してセブが少し先に立って歩いていく。
 軽くこめかみにキスが落ちてきて。オーケイ、とゾロが言っていた。
 「おればっかり楽しんでナイ?飽きたらすぐ来てくれないとおれ、拗ねるよ?」
 に、と笑ってから。
 ひらひら、と手招きしてたバカに「待てっての!」と返して。またゾロに向き直って。
 「ヤバイ、二重人格ばれてきた?」
 ひゃは、とまた笑いが零れて。今度こそ遊びにいくことにした。ちゅ、とゾロの頬に軽くキスはしたけどね。
 「下僕は待っておりますとも」
 セブが自棄になったみたいに笑ってやがる。
 「セバスティアン、おまえ後で覚えとけ」
 追いついて背中に拳を軽く当てる。
 「へえ?願ったり叶ったり、」
 にか、と笑うバカには、もう、昔っからつけるクスリなんて無いんだ、どうせ。カミサマのくせになー。
 
 「あ、」
 ふい、とセブが足を止める。
 オンナノコが「え?」って顔してこっちを見たけど、多分おれはあの子を知らない、はず。んー、どうだろう。
 「そうだ、面白いのが最近増えたンだぜ?おまえがぱたっていなくなってすぐ、くらい」
 「ふぅん?」
 そういうオマエこそ、ベースはロンドンのくせにな。
 「そ、明らかに怪しいヤツ」
 に、とセブがわらって。眼差しをそろそろヒトが良い具合に増え始めたハコのなかを見遣り。
 「ソレをいうならここの客はみんなアヤシイ」
 おれもわらう。何しろ、人選の基準はオーナの匙加減一つ。
 売り出し中の役者からモデル、そんなのは珍しくもなんともないし。かと思えば誰もが知ってるカオが混じってたり。表も裏も中間も、ぐしゃぐしゃ。共通してるのは―――なんだろう、あぁ、「ほんものの馬鹿」はいないよな。
 
 「で?そのコ、ビジン?」
 ひょい、とセブの目線の先に手をひらりとさせる。
 「あー?」
 くる、とセブがブルーグリーンの目を動かして見せた。――――うん、この目は昔から結構好きだったな。不思議な色合い。
 「おれがビジンって思うのはな?昔っからー、オマエと、愛する性悪のダチと、胸のでっかいコだけ」
 「なんだソレ!」
 「やぁ、おれの永遠の片想い……つかこのダチについて語ると長いのよ、コレが」
 けらけらとわらってみせて。セブが、すうと目線をフォーカスした、一点に。
 「あーあ、イタイタ。うーわ、今日も怪しいぜー」
 目線の先を少し伸び上がって追いかければ。ほら、と軽く支えられた。
 「あ、なんだよ、カワイイじゃん」
 くるくるの巻き毛も華やかな、クォータくらいかな、ダンサァ風なブラック系の子と。もう一人。
 キレイに、色の抜け落ちたプラチナブロンド、それを惜しげもなくカットした、これも―――うん、ダンサァだなどうみても。
 そんな子がいた。そんなに怪しくないじゃないか、と言いかけたら。
 ぐいぐい、と問答無用に半分以上もっていかれる感じでその子達の方まで連れていかれる。
 
 「ヘイ、アレス!相変わらず両手が忙しいじゃねェの、ン?」
 ―――ありゃ?
 呼ばれて、ぱし、と目線を合わせてきたのはどちらの子でも無くて。
 キラキラキラキラ、これは天然イタリアンなまっくろ目、それがセブを認めて笑みに崩れる。けどな、そのセリフはいただけないぞ。
 「わーおビジンだね今日の連れサン、」
 ハァイ、とオンナノコ2人の声ががはもって可愛かったから我慢してやらなくも―――
 「だろぉが、ひれ伏せ。おまえ見れて僥倖」
 無言でバカの顎をリングの嵌った方で下から小突いた。舌噛め、バカが。
 「へえ?」
 にかあ、と他意のナイ笑みが向けられるから、いだい、と泣き言を言うバカを無視して笑みで返す。
 「悪戯猫みたいだね、オマエ嫌われてンじゃないのセェブ、」
 片手がすい、っと差し出される。
 「マルチェッロ・アレス、セブの新しいオトモダチ。よろしく」
 にかあ、とまた人懐っこい笑み。
 「よろしく、困ったのとトモダチになってるンだね」
 わらって、軽く握手すれば。
 「右が野生の黒豹より美しいマリア、左が気高い雌豹のトリニティ」
 左右のオンナノコたちがにこ、と笑みを乗せる。
 オンナノコたちとは名前付きで自己紹介、頬へ軽いキスが戻ってきて二人のトワレは混ざり合っても良いトーンを保ってる。フゥん?怪しいヤツってオンナノコの趣味は良いンだよな。
 
 「セブとは気が合うんだよなー」
 けらけら、と笑うマルチェッロ・アレスは―――
 「あぁ、じゃあ。ここにいるコたち全部と知り合いだろ」
 どうせ?と笑う。
 「おれ、なにしろイングリッシュ・マンだからなぁ、いまいちイタ―リアンには勝てないかも」
 しれーっと言ってのけるセブも。
 「ウン、みんなオレのかわいーガールフレンズ」
 にこお、と言い切るこの「怪しいヤツ」も。
 くすくすわらってるビジンのカノジョたちも。
 あっさり、時間を巻き戻してく。変わるハズの無い核を自覚してるだけに、するすると戻っていく表面が何だか奇妙な気もするけど。
 
 「留守を守ってくれてアリガトウ」
 バカを言ってわらってみる。
 「え、なに今日から常連?」
 どこか嬉しそうに言ったマルチェッロ・アレスに。
 「ハイハイ、この猫チャンのことならそこらの誰にでも訊いてみなって」
 じゃな!後でな!と勝手に話を括って、バカDJはヒトのことをオンナノコから引き剥がしてどこ行くっていうんだ、っての。
 「また後で、ビジンのトリニティとマリア!」
 まぁたねえ、と3人が手を振ってきて。
 「オレはあ?」
 明るい笑みが言い足してた。
 「また後で、アレッシィ、だっけ?」
 おれの返事に、けらけらとセブが笑ってた。
 「アーレースー、」
 音に負けずに戻ってきた明るい声に、「あと10回くらい言わないとヤロウの名前はコイツ覚えねえよー」とかなんとか。代わりに音バカが答えてた。
 ―――ま、あってるけどさ。
 
 
 
 
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