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 背中に羽根が生えたサンジが人波に消えるのを見守った。
 大音量のシンセサイズされた音は、古いジャズと生のオトで育ったオレには異質に聞こえる。
 その中で踊る人間たちは異星人だし、サーチライトよろしくフロアを目まぐるしく駆け巡るライトに到っては目眩しのように思えてしまう。だから、どこにサンジが消えても―――拾い出せる自身はある。
 それに、セブ・フリーダーソン、ヤツが面倒をきっちり見ているだろう。“お気に入り”どころじゃない入れ込みようだったんだろうと思わせるに十分な、愛情に溢れた眼差しでサンジを見ていたから。
 面倒が見切れなかった場合には、制裁を考えておこう。
 まあ、もう一度この街に来ることがあるかどうかは疑問、だけどな。
 人波の間を縫って、透明ガラスのようなブルゥライトに照らされた一角を目指す。
 
 一瞬酒でもオーダしようか考え。けれど万が一のことがあったら対応しきれないと考え直す。
 端に立って談笑している筈の人間たちから視線が集まってきているのを無視して、黒いカウンタに辿り着く。
 二人居たバーテンダの内、グラスを磨いていた一人に手を挙げて合図をし。
 オーダしようとした瞬間―――目に入っちまった。生きていた“馬鹿”。
 相変わらずオンナっ気ナシの人生を歩む気が無いらしく、両腕にタイプの違うダンサァ風の女性二人を囲い込み、朗らかにバーテンダと何やら親しげに冗談を言い合っていた。
 「―――ジンジャエールを」
 見なかったふりをして、視線でオーダを促していたバーテンダに一言告げれば、まさかそれが聞こえたわけでもないだろうに、馬鹿が振り返りやがった。
 
 「ああああああああああああああ兄キぃいいいいいいいいいいいいッ!!!」
 ―――ド阿呆ッ。
 ぽーい、と連れの女性二人を放り出し。でかいイタリアンの馬鹿が、飛び掛る躾の悪い大型犬よろしく飛びついてきた。
 「生きてたああああああッ!!」
 「―――耳元で叫ぶな、喧しいッ」
 昔取った杵柄ならぬ単なる習性か?思わずカールで鬱陶しい頭に拳骨を落としていた。
 ぎゃん、と啼いた馬鹿が、酷いよ兄キぃ、とちっともめげずに頬擦りまでしてくる。
 「うっとおしい!デカイ図体で懐くな馬鹿」
 「や、そんなこと言ったって、チョット今頭の中タイヘンなのよオレ?」
 「知るか」
 べりっと襟首を持って引き剥がす。長い手がわさわさとそれでも抱きつこうとしてくる。
 「ああああにきいい、酷いってバ!だって兄キが生きてたん―――」
 「Chiudere su! 」
 ダマレ、と目を吊り上げれば、キャインキャイン、と啼く犬の如く項垂れたフリをして下から“可愛らしく”覗き込んできた―――気持ち悪いだろうがテメェ。
 
 目の端で、人の輪の間からセブが振り向いていた。続いてサンジも―――二人揃って猫騙し喰らったみたいに目を真ん丸くして驚いていやがった。
 ……オレだって驚いてンだよ、一体コイツはこんなところで何していやがるんだ!?
 「ステフ―――」
 「Abbastanza!」
 今すぐ口を噤まないと強制的に黙らせるぞ、そう声を低めて言えば。
 懲りる、という言葉を知らない馬鹿が、天性の女誑しのクセに、
 「……ディープキス?兄キならオッケイよ?」
 ふにゃりと笑って言いやがった。
 「―――Merda、(クソ)」
 このド阿呆はどうやっても躾ってモンを身に付けない馬鹿だった。
 キスの代わりに頭突きを喰らわせてやって。
 「痛い〜、ケド嬉し〜、ケド痛い〜、ケド兄キ素敵〜」
 額を抑えて歌う馬鹿を首根っこで捕まえたまま引き摺る―――この馬鹿とこんな場所でハナシが出来るもんか。タダでさえ通じねェのによ。
 セブとサンジは、互いに顔を見合わせたり、こっちを見たり、と忙しそうだった。―――悪い、ちょっと構ってる場合じゃ無ェ。
 
 身近に居た黒服を捕まえて、裏口の場所を聞く。本性がかなり馬鹿に引き摺られて出てきたのか、視線合わせるなりビビりやがった。
 「あ、だいじょーぶ、だいじょーぶ。オレの愛する兄キだからぁ」
 引き摺られながらヒラヒラと阿呆が手を振っている。
 「マルチェッロ、歩けるなら歩きやがれ!」
 「やン。オレ、兄キの躾の悪い愛犬だから」
 「語尾にハートマーク付けるな!」
 「えええ、可愛いでショ?ねーえ?」
 甘いマスクのまま、ますます甘ったるい笑顔を馬鹿が垂れ流していたに違いない。
 周囲で何を勘違いしたのか、異星人の雌型が、きゃああ、と嬌声を上げた。
 「こンのド阿呆ッ」
 「馬鹿な子程可愛いって言うでショ、兄キぃ?」
 「喧しい!暫く黙ってろ!!」
 振り向いて怒り任せに怒鳴れば。
 半径2メートル以内の人間全員が首を竦めた。間近に居た馬鹿は、けれどやっぱり懲りず。
 「はぁい、お口チャーック、」
 などと小さく言っていやがった―――真性馬鹿に付ける薬は無い。
 
 メタルフレームのガラスのドアを潜り。ガラスで仕切られた小さなパティオに馬鹿を引き摺りだす。
 一面だけ打ちっ放しのコンクリートになっている壁に、だん、と自分より少し大きな身体を押し付けて、腕で喉を押さえ込む。
 「―――兄キ、目が殺気でギラついてますって」
 両手を挙げてホールドアップした馬鹿から腕を外し、思い切り拳骨を落とす。
 「いったああああいっ、酷ェよ兄キぃ!」
 「マルチェッロ・アレッサンドリーニ。今すぐ一生喋れないようにしてやろうか」
 「兄キ、マジで怖いですってば。―――兄キに会えてすんげえ嬉しかったのに、兄キは違うの?」
 きゅーんきゅーん、と潤んだ茶色の“可愛らしい”両目を冷たく見据える。
 ふにゃ、とまた馬鹿が笑った。
 「兄キってば変わりないよネ。……よかった、殺されたって噂流れてたから。オレは信じてなかったけどサ」
 でかい手が伸ばされて。馬鹿らしく力強い腕が伸ばされ、抱きつかれた。溜息が零れる。
 「―――うん、幽霊じゃないネ」
 「お陰様でピンシャン生きてるさ、今は未だな」
 馬鹿の天然カールの髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる―――手触りまで馬鹿犬ソックリだなオマエ。
 ぐりぐり、と肩口に頬擦りされて、首筋を持ち直して引っ張り剥がす。
 
 今度は大人しく真性馬鹿、好き者の元舎弟がカオを上げた。にかあ、と満面の笑みが刻まれていやがる。
 「ステファノ・フェリエリは死神だもんな、兄キ」
 「殺し屋は廃業した」
 「―――ウン」
 にぱ、とまた笑って、マルチェッロが見詰めてくる。
 「ツイデニ名前も変えた」
 「ウン。今は何て?」
 「“アリステア”」
 きらっと目をマルチェッロが輝かせた。
 「―――アリステア」
 「オマエはまだマルチェッロなんだろ」
 ふに、と犬っころのように年下の馬鹿が笑った。
 「マンマに貰った名前、変えられる訳ないですから。でも今はアレスで通してます。―――改めて自己紹介しませんか、兄キ?」
 
 
 
 
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