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 バカDJとおれの間には、12ミニッツ・ルール、ってモノが昔からあって。
 セブは自分がブッキングされてる「シゴト」以外で、プレイする事はほぼ皆無だ。遊びで誰かのパーティに招かれてだろうが、例えそこにプロデューサがいようがともかく、指一本も動かしやしない。
 この男は、お遊びや余興でプレイする事はしない。おシゴトが本気の遊びだからだヨ、と本人は言ってるけど。
 だからペイバックが必要なわけだ、あのバカは音に対してだけ、真面目だから。
 で、出来上がったのがソレ。12ミニッツ・ルール。適用されるニンゲンが酷く限定的だから(おれともう一人だけらしい)、遊び場にセブがいて、おれが偶々いたなら結構他のゲストは喜んでたな、前も。なにしろ?アレの音の中で遊べるわけだから。
 
 さっきにしたって、『自前の音じゃねぇーんだけど?』とかいいながら、ヒトのケースをざかざか開けてちゃっかりアレだけの音に仕上げてたし。おれも嬉しかったな、好きな音に埋もれるのはやっぱり、久しぶりに愉しかった。
 フェイズが違うけどね、もちろん、ゾロの奏でる音のなかにいるのとは完璧に。それで、ルールが復活したのもごく当然な成り行きで。プレイ12分につき、ちょっとしたキス1個。
 それで、面白がって遊んでたなら。ゾロたちが戻ってくるのがちらっと見えた。3回目くらいのときだ。
 だから、すこしだけ唇を齧ったりしてからかってたなら、半分本気で仕返しされかけて、それでもわらって遊びの延長じみたキスを交わしてた。他愛も無いな、って少しだけ『戻っていた』アタマはさらりと流したわけだけど。
 
 物騒なんだかあきれてるんだか面白がってるんだか、ちょっと微妙な気配が近づいてきてるな、と思ったらゾロで。笑いを押し殺してキスしてたから、まだその欠片の残った目で見れば、またイキナリ近づいてきて。
 気持ち良い音だろう?って威張ろうと思ったのに、それどころじゃなかった。とつぜん、ぐっと引き寄せられて深い、軸がブレそうなキス、されて。抗議も何もあったもんじゃない、ただ意識ごと掻き攫われるかと思った。
 ぱし、とアタマのなかで何かが焼ききれかけて。おれの周りやなかを埋めていた音がい一瞬で消え去る。
 ヒトの声がする、と思ったならソレは声なんかじゃなくてざわめきみたいなモノだった。
 
 解放されたときになにか、おれ。ゾロに言ってたかもしれない、まだ居よう、とか。帰らない、とか。
 ふらついて酸欠みたいな頭のまま。
 そうしたなら、イキナリ、またぐらっと視界が変わって。
 マルチェッロの、コッカスパニエルみたいなダークブラウンの濡れてきらきらした目だとか。セブのあきれて、それでも面白がってるキングスイングリッシュの切れ端だとか。
 地上に戻る階段でゆらゆらしてたキャンドルの灯だとか。
 そんなものがぐしゃっとアタマに詰め込まれたみたいになって。そんなにアルコォルは飲んでない筈なんだけど。
 たかが――――ブラックルシアン3杯くらいと、ウォッカと、あとはトリニティからのジンとダフネからシャンパンと、ピータァからテキーラと・・・・・たくさん乾杯してたから、忘れた。
 音信不通でいても。昨日まで会ってたのと変わらない、そんなスタンスのまま。昼間のビビや、さっきまでいたセブにしたって―――
 
 
 「ゾロ、」
 運転する、と言ったのにまるっきり相手にしてくれなかったゾロの名前を呼んでみる。窓は降ろして、風が少しだけ強く巻き込んでくるのに任せて。
 ン?と視線を一瞬寄越してくれる。
 「オトウトブンクン、逢えて良かったネ」
 クルマは流れてる、割合とスムーズ。
 随分と沈黙があった――――そしてようやく、「ああ、」と短い返事で頷いていた。
 「嬉しそうだったよ、マルチェッロ。一緒にいたオンナノコがね、すごく喜んでた、あんなに嬉しそうな”マーロ”みたことない、って言って」
 金茶色の目がきらきらして、どこか姉風におれに告げてきてくれたのはマリアの方。
 また、少しの沈黙。だけど、ちっとも苦にならないのは、一緒にいるのがゾロだからだ、きっと。
 
 そして、またさっきより短く。
 「そうか、」
 返されたのはどことなく驚いたような声だったから、眼差しだけをゾロに投げる。
 「うん」
 そして、少しだけまた窓を降ろして、全開にさせる。
 夜になって少しは気温が下がってきてる。空に散っている星は―――キャニオンの砂漠でみたのとは比べようもない。ほんの少しだけ、遠慮がちに浮いてる。
 ゾロの沈黙は―――マルチェッロは『捨てた過去』のニンゲンだったからだろうか。だから、まだ慕われてたことに、複雑な気持ちになっているのかな……。
 「あのな?」
 「ん?」
 「きょう、知り合いだとか顔見知りだとか、トモダチにあって、」
 おれのなかでこの3つは区別されてるんだけど、と続けて。ゾロが、ちゃんと聞いてくれているのがわかる。
 「おれさ?おまえと居るようになってからあのひとたちのこと、思い出したことなんてぜんぜんなかったんだ、ほとんどゼロ、薄情なのは知ってたけどさ、自分でも。だけどね、」
 言われた声のトーンを思い出してた。
 「あの人たちのなかに勝手に居場所作って、おれそこで”生きてた”みたいなんだ。変な気分だ」
 
 『オマエが薄情なのはひゃぁくも承知。勝手に自分のなかに場所作って”生かして”ンんはこっちの勝手。この音はおまえ好みだろうな、とかま、イロイロ。―――しあわせそうで何より、ってとこかな、ホンモノも』
 そんなことをまあ、言われたンだ。あのバカとか、ビビにも同じようなことを。
 「ああ、」
 静かなゾロの声に目を閉じかけて。だけど、目を伏せる前に、優しい笑みが見えた。
 その残像ごと、目を閉じる。
 「うん、変な感じだ」
 マルチェッロのなかにも、おまえは居たンだよね、と。続けた。
 以前に聞いた話の断片から想像しても、きっと。酷くシンパイしながら、それでも信じていたんだろうな、と思う。必ず、またいつか会えるってことを。
 「飛び出した時には、切り捨てることしか考えていなかったからな、妙な罪悪感が沸き起こったよ、」
 「――――そっか、」
 穏やかな横顔を見詰めてみる。
 
 「けどまあ、馬鹿に付ける薬は無いな。いっそ殺してくるべきだったか、とも思ったぜ?」
 冗談めかして言ってるけど。あのパティオの様子だとか、あの遠慮の無い殴り具合からいっても、かぁなりそれはリアリティがある。愛情表現なんだろうけどね?
 「おれ、おまえのオトウトブンじゃなくて良かったナァ」
 半分本気で言った。
 「冗談にもならねーよ、」
 ――――あ。ソレ。
 ”ステファノ”の喋り方だったんだろうな。ちょっと、どき、とするよ?正直。
 元にしばらく戻らなくていいよ、ソレ。気付かないと良いな、きっと気付いたならすぐに消えてくだろうから。
 
 「なーぁ?」
 「ン?」
 「なんでキスしたンだよ、あんなとこで」
 「オマエの背中に羽根が生えてたから」
 にぃ、と笑みと一緒に言葉が寄越されて。く、と宥めてた感覚がそこかで揺らいだ気がした。
 「ふゥん?黒いのとか……?」
 
 
 
 
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