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 午前三時直前、静けさとは縁の無い街の中を突っ切って帰ってきた。
 パーキングから直接部屋のあるフロアに出るエレベータに乗り込み。
 もっと遊びたかったナァ、と甘えた声を出していたサンジに肩を竦める。
 「その内にな」
 サンジが“昔のオトモダチ”と仲良くしているのを見るのは、妙な気分だ。オレにさえ出会わなければ、あのまま好き勝手生きてこれたのにナ、と思う反面。
 オレに出会えたからこそ今の自分がある、と言ったサンジの言葉が頭の中でエコーする。
 今のジブンがマルチェッロが驚いた程に変わっていたのと同じくらい、サンジも変わっていたのだろう。
 そして同じだけの思慕を寄越してもらえる程、核の部分には変わりが無い。
 過去の自分を思い出す―――問答無用でターゲットを消す殺し屋。
 今より優しくなかったと思う、どんなに馬鹿犬舎弟が“本当は優しい”などと言ったとしても。
 
 フロアに到着したことを知らせるドライなベル音。静かにドアがスライドして開き。サンジを促して、部屋のドアを開ける。
 「―――なぁ、サンジ」
 迎えに出てきたエリィを抱き上げたサンジを見遣る。
 「なん?」
 柔らかい声のサンジに、言ってしまおうかどうか躊躇する―――躊躇はするけれども、どこかドライな感情は残ったままだ。あの馬鹿に引き摺られたか?
 「……シカゴを抜け出す時、アイツのことなんざちっとも思い出しもしなかった。…殺して行くのとそれと、どっちが薄情だ?」
 ジブンの目がす、とフォーカスしているのが分かる―――“仕事”の時のように、ガラスみたいになっているんだろう、今。
 すう、と微笑んだサンジが。
 「前者、かなぁ、」
 そう静かに言っていた。蒼い目はロック・オンされたまま。
 「もし、おれがカレだったら殺して欲しいな」
 どこか真面目に言ったサンジの言葉に、小さく笑う。
 「それでね?忘れてほしいよ」
 ふわん、と微笑んだサンジの髪に手を差し込んで、そうっと胸元にエリィごと引き寄せる。
 
 ―――愛しい者を殺したことを忘れられる人間は、壊れちまったモノなんだよ。
 胸の中で当然の答えのように湧き上がった言葉を飲み込む。
 腕の中には柔らかな熱の塊が二つ―――とくんとくんと響いてくる心音、それを止めるのはきっと簡単なことだ。
 理性をオフにして、見えないフリをすればいい。手を伸ばして、眠らせて―――自分の心も一緒に殺して。
 「……その後で“生きられる”わけがない」
 当然の結論。
 息をして栄養を補給して、時間を浪費するだけでは“生きて”いない。
 サンジがエリィを床に下ろし。そうっと両腕を回してきた。
 
 ―――こんなに愛しいのに、まだどこか自分が遠い気がする。
 ガラス一枚、自分と世界の間に壁ができたみたいだ。“懐かしい”風景。
 当たり前のように訪れる筈だった未来のビジョン、サンジの分とオレの分。
 いま現在、リアリティとして歩んでいる世界が交差している。
 ―――この街に来たのは、正解だったんだろうか。
 今まで散々考えてきて、腕の中のサンジに謝り続けていた事柄が、漸く切れば血が出るほどにリアルに感じ取れる。
 騒音とぐちゃまぜのライトの中で笑っていたオマエは―――。
 
 ゾロ、とそうっと囁かれて。抱き潰す様に抱え込んでいたサンジに回した腕を緩めた。
 現実と仮想現実が重なっている、あの重い扉を開けた時から。
 「ゃだ、もっと抱け」
 サンジの声が近くて遠い。
 ちっとも変わっていなかった馬鹿な舎弟が連れていた女たちのカオが不意に浮んだ。
 くう、といっそう縋る様に抱きしめられる―――硝子に気づいちまったか?
 「おれも“そっち”に入れてくれよ、」
 泣きそうな声が響く―――オマエは、オレのアンジェロ、だ。ここには立つな。
 やだよ、と。捨て猫が鳴くような声でサンジが言った。
 
 マルチェッロが足に縋り付いて来た瞬間を思い出した―――時間が重なる。
 心にあるのは―――オレなんかのどこがいいのかね、そんな溜め息を吐きたくなるような一言。自己憐憫でも、自己否定でもない、ただ―――不思議になる。オレほど酷い人間はそうはいないのになァ、と。
 あの箱で、あんなにハイになっていたのが信じられない。いまはフラットだ、感情も、思考も。
 「……サンジ、」
 名前を呼んで、金の髪に鼻先を埋める。
 サンジは顔を上げず、胸元に埋まったまま、強く抱き付いてきた。
 “常”ではない匂いが髪に纏わりついている―――元に戻りきれない。だけれど―――、
 「……オマエを殺すことなんて、できるもんか」
 どんなに、“間違って”いても―――あるいは、“正しく”ても。
 「また言わせちまったね―――ごめん、」
 声が聞こえる、少し遠くても愛おしいオト、聞きなれた静かで柔らかなトーン。
 「―――謝らなくていい」
 そう言えば。なぁ、ひとりになりたい……?と声が聞こえた。
 ―――オマエがイナイ?それでオレにどうしろって―――?勝手に笑いが漏れた。
 硝子は壊れることも無く、まだそこにあるけれど。
 
 「おれは嫌だけど、もしスペースが欲しいなら、あっち、いってるよ―――?」
 サンジが言っている言葉は、まるでスノードームの中の雪みたいだ。
 きゅう、と抱きつかれて、その金の髪に口付けた。
 「―――今なら、そんなに遠くないかもしれない」
 独り言?―――ああ、そうか。
 見上げてきたサンジに、笑いかけてみる―――天上の蒼に映り込んでいるのは、昔と同じカオをしたオレ。
 
 「―――なぁ、サンジ。体内時計が巻き戻っちまったみたいなんだが」
 する、と頬を撫でる―――愛しさは変わらないのに、視界が“遠い”。
 蒼が一心に見詰めてきている。どこまでも澄んだ眼差し、愛情がキラキラと零れ落ちているソレ。
 オマエの愛情が向けられている先は……オレ、なんだよな。
 「おれ―――」
 言葉を切ったサンジの目を覗き込んだまま、口にしてみる。
 「なぁ―――アイツが知っていた頃の“オレ”に、抱かれてみるか?」
 「……欲張りなんだ、ってまえ。言ったよね―――?戻った時間ごと愛させて欲しいおまえを。オマエのこと、
 教えろよ……?」
 
 
 
 
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