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 組み敷いた身体が快楽に震えている。引き出した指をぺろりと舐め、じっと見下ろす。
 何度も愛した人。何度も愛し合った人。
 目を瞑っても思い出せるくらいに見知った身体。
 側に無いことなど考えられない程に愛しているのに―――愛することに戸惑いなどないのに、慈しむことができない。
 逸らされない蒼は涙に濡れ。ほろり、と。また雫が零れていった。
 「―――悲しいのか?」
 サンジが首を横に振った。
 「じゃあ、なぜ?」
 寄せられたままの眉根。―――指先で触れる。
 ひく、とまだ幼さが見て取れる身体が震えた。唇から零れ落ちていく吐息が熱そうだ。
 指先で、細い身体の線を辿る―――有限の時を生きるモノ。
 ひくん、とまた身体が震えた。
 
 喉元で吐息が震え、また新たに雫が零れ落ちていく。
 舌先にまだ残る雫の味は苦甘い。
 「―――本当に“オレ”でいいのか?」
 擬態と本性、オマエとずっと在った“オレ”は、果たしてどっちだったのだろう……?
 くう、と蒼が合わせられ。腕がゆっくりと差し伸ばされる。
 手でゆっくりと片腕を捕まえる。
 蒼が煌いて、限界まで溜め込まれた涙が零れ落ちそうだ。
 「他に、誰もいらないのに」
 辛うじて出された、と解る声が耳に届く。
 「…今の状態が“本当”のオレでも?」
 四方に拡散したままの自我が、感情を抑えこみ続けている。
 頷いたサンジの頬まで手を伸ばす。
 
 「……こんなにオマエを“愛せて”いないのに?」
 不思議に思う、オレはオマエを泣かしてばかりなのに。―――オマエはオレを求めようとする。
 す、と頬近くまで寄せられた手が止まっていた。
 「そんなこと、ない」
 「泣かせてばかりでも?」
 呟いたサンジの蒼い目を覗き込んで訊く。
 ゆら、と。艶めいた光が蒼の底で揺らいでいた。
 するり、と細い腕を掴んだままだった手で辿った。―――強く抱いたら壊れそうだ。
 小さく抑え気味の声が、僅かに開いた唇から零れていった。
 抱きとめ、引き寄せて。
 「怖くはないのか?」
 「なぜ。恐がる理由、教えてよ・・・」
 吐息に混ぜて、返事が齎される。
 緩く金の髪を掻き分け、細い首筋に口付けを落とす―――数時間前に、淡い赤を残したのは自分なのに、それがいまは酷く遠い。愛していることには、代わりはないのに。
 ざらり、とその淡い痕に舌を乗せた。きゅ、と背中に僅かに爪が立てられたのが解る。
 
 「―――ふ、ぁ、」
 快楽に色付いた喘ぎ声が聞こえる。
 甘く耳朶に歯を立てながら。こんな状態でオンナを抱く度に呆れられていたことを思い出した。
 『―――なにがオモシロクテ生きてるのかしらネ、アナタ』
 時化た煙草の煙のような苦々しさ。
 きゅう、と片手が髪に差し入れられた。
 「―――サンジ」
 するりと裸の背中を指で撫で下ろす。
 する、と頬を寄せるようにされた―――“猫だな、オマエは”。
 愛しい筈の行為に小さく笑って。びくん、と身体を跳ねさせたサンジをさらに抱き上げる。そしてそのまま片手で、まだ履いていたズボンを緩めた。
 “愛し合う”―――愛し合う?言葉に語弊はないのに、体温だけが上がらない。
 じぃっと見詰めてくる蒼に、小さく笑った。
 「―――“求めて”みるか?」
 
 
 
 どこまでも遠く、透明な翠を見詰めてみても。そこにはなんの答えもなくて。
 ”オマエ”のことを愛してることに、変わりはなくて。怖がる、なんてことは。おれは馬鹿だから出来ない。
 言葉が熱の膜を通して滑り込んでくる、求めてみるか、と。
 片手で引き上げられた身体が熱い。
 薄く唇を開いて、息を切れ切れに吸い込んで。
 耳元。プラチナのスタッズに唇を寄せる。冷たい金属の味がする。熱く濡れた舌先で触れても、熱を吸収
 するけど同じだけ放っていって―――
 「は、ぁ」
 ゾロの乾いた指先に、背中を緩く辿られて息が零れる。
 耳元、もう一度触れてから。チェインと、ロザリオの両方を肌の上に唇で辿る。
 鈍い銀のクロスが、胸の間に落ちてて。クロスには口付けずに、鼓動の上に唇を寄せる。
 取り込む息が、揺らいで喘ぎ混じりになるのは。背を辿って、おれからなにもかも引き出していく手指の所
 為だ。
 
 唇を寄せた先の、刻む鼓動は平静で。
 ふ、と寂しいと思い掛けて、押しとめる。おれなんかより、ゾロはずっとオトナだから。
 勝手にまた涙が零れかけて、それも放っておいた。
 身体を落としてく。
 オマエの言いたかった意味はおれ、わかんないよ。
 引き締まった腹筋だとか、鳩尾から胃へかけてのラインだとか。どこか浮ついた気持ちで辿るけど、いつもは。
 いまは―――どこか必死かもしれない。
 おまえはおれのこと、愛してるって言ってくれるけど。それを疑うなんてことはデキッコナイケド。
 何かが隔てられたままでいるのに、それでもオマエに欲情してて、愛して欲しいと思っているおれは、―――
 ばかなのかなぁ。
 
 少しだけ、歯を立てて。薄く、引き締まった肌の表を穿って。寛げられていた前に手指を添わせる。
 首筋、ゾロの指先でなぞられて。ぞく、と一点から痺れが甘く四散していく。
 そのまま生地に差し入れて、熱に触れる。
 視界に髪が落ちてくるけど、どうでもいい。
 ほんの少し、ゾロが身じろいだみたいだったけど。それもおれがそう思いたいだけかもしれない。
 目の奥が、またツンとしたけど。瞼の裏側が熱いけど。瞬きを押しとめる。
 落ちていたおれの髪、それをゾロの長い指が梳いていく。
 拒絶はされなかったから、そのまま生地をずらして。手指を添えて引き出した熱に唇を近づける。
 眼差しだけ一瞬あげて、ゾロの目を見ても。
 ――――まっすぐに、見詰め返して貰えただけで。
 読み取れたのは、訝しむような。どこか不思議そうな、何故、を隠さない色味だけで。
 おれのことをいつもみたいに見つめてくれる瞳じゃなかったけど、―――それでもいいと望んだのはおれだから。
 
 「おれがしたいからしてるだけ、―――いいんだ、」
 それだけを、どうにか言葉にできたけど。また、泣きそうになったから眼を伏せた。
 舌先、伸ばして。手の中のものに触れれば。
 小さく吐かれた溜め息めいたものが聞こえて。指に顎を捕らえられて、嫌だと逃げようとしたのにそのままカオ
 を上げさせられた。
 「泣き喚いて、こんなオレは嫌だといえばいいのに」
 齎された言葉に、息をひとつ呑んだ。
 熱に添えたままだった手指にほんの少しだけ意思をこめて、ゆっくりと動かした。
 「おれ、ばかなんだ。もし、”そんなオマエ”に会えていたとしても、きっと。馬鹿みたいに片想いして、切り捨
 てられてもまだ好きなんだ」
 無理にでもカオを伏せようとした。
 
 捕まえられていた指先から僅かに力が抜ける。それから、ゾロが。ふ、と短くわらった。
 「すごいな、」
 そう一言だけ漏らしていた。ちがうよ、ゾロ。別にすごくなんかない。
 ゾロの指先、それをちろりと舐めて。
 またカオを戻した。
 吐息が先に触れて、舌先で容を辿って。唇で包み込む。
 欲情の片鱗、そんなものを見つけて酷く安堵した、おまえのなかに。
 
 
 
 
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