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 “クエナイクソガキ”―――それが知り合いのオンナどもからの総評価だ。
 “今”の状態が“常”だった頃の話。
 『アンタとのセックスは、ケモノのニオイがするわ』
 そう言って頬を撫でていった鮮やかな血の色の付け爪を思い出す―――オンナのカオはどれでもイイ。
 『娼婦でもね、嘘でもいいから“愛してる”って言ってもらいたいの。甘やかされたいのよ』
 呆れ返った声のトーンは記憶に刻み込まれている。
 『でもまあ、ケモノらしく交わるのも悪くはなかったワ―――取っ組み合いの喧嘩みたいなもの。ああ、喧嘩にすらなってないわね―――強い雄に征服されただけだものねェ?』
 にぃ、と吊り上げられた口端の形を覚えている。
 
 殺し屋として生計を立て始めた当初。
 オンナを抱く、ということは。いかに快楽を与えられるか、ということだけにイコールしていた。
 互いにダッチワイフよりはマシなモノを相手にしている―――それくらいの意識で。
 仰け反る首筋、シーツに沈む指先、挟み込んでくる腿の強さ、甘く生臭い化粧と体液のニオイ……。
 記憶に焼き付けたのは、誰がどのポイントでどれくらい乱れるか、ということ。
 見付けたポイントを片っ端から攻め立てていって。完全に快楽に―――つまり“オレ”に―――降伏させることがポイントだった。
 足腰が立たなくなるまでの激しいセックス。当然娼婦が取れる客が少なくなり。
 だから、カオを見れば逃げ出すオンナもいた。
 依存症のように、縋ってくるオンナも。
 
 “ケモノのようなセックス”は“睦み合う”ことからは程遠く。結局は“ガキ”が“エゴ”を押し付けまくって甘え倒していただけ、ということ。
 “恋人”として付き合っていた“オンナ”たちには見せなかった一面。見せられるわけもない、はした金で快楽の排出先を買っていたからこそできたこと。
 
 『酷いオトコだね、イイ雄だけどサ?』
 これじゃアンタ、人間じゃなくて獣だよ、そう言って娼婦が笑った。
 『どんなヒトでも受け入れるのがアタシらの仕事だから、これは文句なんかじゃないよ』
 好き嫌いで拒む権利もあるんだけどサ、と明るく笑ったオンナの、草臥れた髪を思い出す。
 カールした痛んだブロンド。
 『アンタの年で、なんでこんなセックスをしなきゃいけないのかわからないケド。必要だからスルんだろ、坊や、アンタは』
 敏いオンナの一人が言った。
 『だったら、遠慮することなんかないさ―――ほら、オイデ』
 
 ―――あの頃は。
 この手で?ぎ取った他人の生の感触を忘れたくて、あんな風に“自分を認めさせる”行為に走っていたのかもしれない。
 “人間”でなくて“獣”で在るままのジブンを。
 だから―――エゴ丸出しで“抱く”ことは。 “獣であるジブン”を捨てたオレが最も忌避してきたことだった。
 ヒトとして、ヒトと向き合う―――そうしなければ、セックスという行為は“愛の契り”にはならないのだから。
 
 相手が喜ぶことが自分の喜びへと転化し、自分が喜ぶことがまた相手の喜びであるということを―――なんの気負いもなしに、そうやって“抱き合った”のは。多分、アイツが最初だろう―――金色の野良猫。
 アイツは初めて対等に“愛し合えた”関係を持てた相手だから―――だからこそ、なのか。 “獣”である自分を晒すことに抵抗があった。
 『オレをオレとして見てないのに、セックスする必要があるわけ?』
 そう泣きながら詰られそうで―――そんな気持ちを持たせたくもなくて。
 一番核にある、最も危険な“自分”を隠し通した。
 
 それを敢えて、サンジの前で晒してみる気になったのは―――命さえもオレにくれると言ってくれたから。
 前に出会えていれば、それでも愛してくれると言ってくれたから。
 そして全てを……受け止めてくれる、と。毎日の生活の中で、オレに告げてくれていたから。
 だから―――過去が思いがけず交差しちまったこの街で、晒してみる気になったのかもしれない。
 ロス・アンジェルスならば、万が一コイツがオレを受け止め切れなかったとしても―――直ぐに逃げていける場所があると知ってもいたから。
 計算と打算で逃げ道を作りながらも、サンジが決して逃げたりしないことは解っていたけれども。
 ―――結局は、どんなに強がったとしても。臆病な自分も居る、ってことだ。
 
 泣いた跡が幾筋も残った頬に口付けを落とす。
 サンジは何回目かの吐精の末に、意識を飛ばしていったまま“帰ってこない”。
 ぐったりとリネンに崩れ落ちるように眠り込んでいるサンジの項には、くっきりとバイトマークが刻まれた。意識が戻ったら相当痛むだろう。
 抱かれている途中から、訳がわからなくなっていたみたいだったけれど。身体に刻まれた痕の数々から、思い出していくだろう。
 そんな状態でも快楽ではなく、“オレ”を求めてきてくれたサンジが。
 意識を取り戻してから何を考えるか、想像も着かない。
 ただ、変わらず側に在ることだけは、妙な確信を以って言える。
 快楽に意識を飛ばす寸前でも、天上の蒼はオレを捉え、愛を語り―――
 そのことを感情と思考を隔てていたガラスが溶け始めてから、じわじわと湧き出る清水のように認識していった。
 
 サンジが吐精できなくなってからも、構わずに“抱いた”。
 だから、最後の最後は息も絶え絶え、死に行く獲物のように眠りに滑り込んでいった。
 思考が妙に明確に、感情がくっきりとフラットになっていた間に風呂に入れて身奇麗にし。
 リネンを張り替えた後、サンジをベッドに横たわらせ。それからいままでずっと見詰めていた―――ゆっくりとガラスが溶け出し、過去が今と分離し。
 エゴイスティックなだけのケモノがしっかりと隔離された今、眠るサンジを見詰めて“思い出す”のは、“ずっと愛されていた”こと。
 舐めとった涙の味や、堪え切れずに漏らした咽び泣きのトーン、縋った腕の強さや、火照った肌の熱さ。
 その奥に常にあったのは、純粋なまでの愛情で。
 “サンジの年上の恋人”ってヤツに自分が漸く“戻って”きても。
 “エゴイスティックなケモノ”が仕出かした行動のどれをも後悔しないと決めた。―――二度と鎖を外したりはしないけどな。
 
 夜はとっくに明けていて。陽光に温まった日差しは、既に西に傾き始めている。
 サンジがまだまだ起きる気配はなく。
 遅くに帰ってきてから朝まで“騒音”の中に巻き込まれていたエリィも一緒にダブルベッドに寝そべっていて。
 あれだけのことを仕出かしておいて言うのもナンだが―――妙にこざっぱりとした気分の自分がいるのに気付いて笑った。
 寝息も立てずに眠っているサンジを引き寄せ、午後の日差しにゆっくりと意識を溶け込ませる。
 
 ―――愛している。
 その一言だけが頭の中で渦巻いている、やさしく。
 くったりと身体を添わせてきたサンジの髪に鼻先を埋めて、そうっと眠りの尻尾を捕まえた。
 起きたら開口一番、愛してるって言うから―――それまでは体温で納得しててくれ。
 
 
 
 
 
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