すぅ、と。意識が少しだけ浮き上がる。抱き寄せられるたびに思うこと。腕のなかに在る安堵と、その裏側に息づく熱。
肌の表面を薄い生地が滑り落ちていって、抱き上げられる。
指の間に髪を滑らせて、耳元に唇を寄せた。目を閉じる。
空気が部屋の外のものに変わって、近い波音が聞こえてきた。
する、と。腕の中から温かな中に下ろされて目を開けた。もうすっかり夜の暗さに包まれたなか。
揺れた水面を掌で撫でた。光で、水紋が蒼に染まって広がっていった。
さら、と。暗がりに浮き出る白のシャツが落とされていった。
水面から腕を伸ばして。裸足の甲に触れてみた。
低い、小さな笑いの欠片。そんなものが上から聞こえる。
きっと、少しだけ落とされた目線も優しいに違いない。
「ちょっと熱いかも」
「パネルで調整できないか?」
デニムがぽん、と放り出されてった。
「多分、外だとちょうどいいくらいになってるんだね」
「下げていいぞ」
すう、とまた。水面が波立つ。少し。
「思うんだけどさ、」
「ん?」
腕を伸ばして、肩口に触れた。
「おまえ、なんで水に入ってくるのにそんなに揺れないんだろう」
ぱしゃ、と。
水面を波立たせた。
「さあ?」
隣にゆったりと身体を落ち着けて、すぐに腕が腰を抱き寄せていった。
ゆら、とまた蒼が引き立たされた。
喉で笑うみたいにしていたゾロに、ほら、おれだとこんなに揺れるし、と身体を預けて言う。
水が触れていくより柔らかに、肌の表層を辿られて。目を閉じそうになる。
「波音がするね、」
「あぁ、気持ちがいいな」
「ん、」
とん、と。目もとや眉のあたりにキスを落とされて。くすぐったさに小さくわらった。
水の中で、膝に休ませていた手。そうっと指先に力を戻した。ゾロの長い足は持て余し気味に軽く折られていて。緩やかな水流はまだその先で蒼の光を混ぜているだけだった。
波音を耳に残して、穏やかな感覚に任せてはいても。
温かに濡れた手で、まだ乾いた肌の表面を辿られてくすぐったかった。
くくっと小さな笑い声を抑える。
「――――っん、」
耳元、柔らかに吸い上げられて吐息と笑いの混ざった音が零れてく。
そこから、ゆっくりとそれでも確かに広がっていく甘い何か。
目をあわせれば。
部屋からの灯かりに半分照らされたなか。
すう、と僅かに目を細めて穏やかに笑みを浮かべていて。
ゾロ、と。その名を唇に乗せる。
身体は、掌が柔らかく辿るさきから強張りを解いていって。ゆったりと弛緩する。
翠が。なんだ、と問い返してくるのを見詰める。
「眠くナッチャウヨ」
甘えた口調、掌が気持ちいい。
「眠りたいか?」
く、と。膝を包んでいた手指に力をこめた。
耳朶を食まれて、熱さに含まれ。
また、声が唇から洩れていく。
身体の中心を小さな感覚が抜けていって、刹那、目を閉ざす。
肩口を柔らかに辿っていた指が、する、と。そのまま落とされて胸の上を滑っていった。
「…っ、」
真ん中を掠めていった指先に身体が小さく揺れて。
「起きたか?」
微かに笑った声が追いかけてきた。
ぴり、と走った快意の欠片の後に。
「ぁ、っ」
含まれたままだった耳朶にく、と。犬歯が埋められて。膝に縋る。
ぱしゃ、と。蒼の光に染まった水が零れ落ちていった音をどこか遠くに拾った。
また一層身体を引き寄せられて。
見上げようとするより先に、翠を間近に見詰めていた。向き合わされる。自然と膝の上に足を開いて身体を落とすようにされた。ゆら、とまた水が揺れるのが見えた。
雫の落ちる指先で。
ゾロの頬を辿って。
唇を寄せる。
翠が、柔らかく煌めいていた。
笑みの容を保ったまま、唇を啄ばめば。
濡れた熱さが笑みを辿ってき、薄く開いて受け入れる。
少しだけ傾けて、熱を絡めていく。
背骨のカーブに沿って下ろされていった掌で身体を支えられて。肩口に添えていた手を、首に回した。
喉奥で、零れ出て行くことの無い音がくぐもる。片手、脚をたどる掌に引き起こされていったもの。
深く口付けられて、ゆるやかに。
音も、光も。潮の香りの僅かにのる風も、なにもかもが。遠くなる。
混ざり合うかと思う鼓動と、重ねた身体と。
それだけ。
零れる吐息がまた短く途切れて。
背中へと辿られる手に、また鼓動が跳ねる。
上がり損ねた声は、ゾロに呑まれてく。
掌に解かれた身体も、上がった体温も。
このままじゃ嫌だと訴えて。絡めた熱にあまく歯を立てる。
喉奥で、ゾロが小さく笑っていた。
「…っ、」
降りていった手指に背骨の終わりから続くラインを揉みしだかれて吐息が跳ねた。
「ん、ンっ」
い、き。くるし……
とん、と。跨がされてた膝が少し蹴り上げられて。下肢がぴたりと重なり。また熱が上がって。
少し遅れて、耳がまた零れ落ちた水音を拾う。
引き止められ、絡めあわせていた熱をきつく吸い上げられて、潤っているのにただ渇いていく。
口付けを解かれて一つ息を吸い込んだ。
小さく。
喘ぐように。
伸ばした首筋に、唇の感触。すぐに、それが熱に変わる。
引き起こされ、ひとつひとつ、細胞ごと目覚めさせれていく。
「ぁ、ア」
いまは、もう。
この腕を、熱を、存在を。求めても良いんだってことを。
錯覚。
唇で触れられる度に、そこから蕾が綻んででもいくような。拡がっていく。
手指で、髪を梳き。背中を辿り。
下肢の熱を確かめる、押しあわせ。
「―――ゾ、ぉろ」
くく、と。低い笑い声。水面に溶けて行く。
「まだ平気か?」
低められた声が耳朶をくすぐっていって。身体が震える、奥から。
へ…き、ってなに―――?
切れ切れの自分の声が、聞こえる。
「湯あたり、逆上せそうじゃないか?」
「―――わかんな…、」
言葉より。間近で煌めいた翠に意識をもっていかれかけて。
「――――っあ、」
後ろを指先で撫でていかれて、肩が揺れた。
声も、身体も。
「ぁ、―――っあ、ン」
何度も触れられて。熱が高まっていくのさえ重なった身体はぜんぶ伝えていってる。
喉で低く笑ってる、ゾロが。
力が抜けそうで、首に回した腕で縋ろうとすれば。
首筋を吸い上げられて、また声が零れていった。
「オマエの歌は祝福だ、」
囁き声。
微かな、熱に紛れた痛覚。
すぐに波立たせて、広がり。それはでも消えていかないで指先にまで染み通っていく。
齎されるものすべてが悦び。
名を呼んだ。
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