抱き締めた身体が、いつもより火照っていた。
まあな、熱は出るだろう。
一応昨夜、解熱剤を飲ませてはおいたのだけれども。
―――窓の外の明かりから判断する。もう薬の効き目は切れちまっている頃だ、と。
さらりと触れる髪の下、項のところ、バイトマークを避けて。
―――ほら、熱がある。なのに抱きついてくる手足は冷たいままだ。
「果物が嫌なら、アイスクリームでも?」
「やだ、」
耳元に甘く囁いてみる。
「ソルベ?」
「や、」
「クラッシュアイス?」
首を少しだけ横に動かしていた―――首元に懐く猫のような、甘えた仕草。
「せめて水でも?」
さらさら、と耳元の髪を掻き上げてやる。
首元に零される吐息が熱を含んでいる。
きゅ、と縋る指先がわずかに力を込めてきた―――ま、しょーがねーか。
このままがいい、と。酷く甘えた小さな掠れ声が耳に届く。

「―――子守唄?」
「平気、」
「そ?」
「……ん、たいくつ?」
さらさら、と背中をそうっと撫でて。熱を含んだ髪に口付ける。
「ちっとも、」
心音を合わせているだけで、幸せになれるしな。
ふわ、と風情が和らいだサンジが、退屈って言っても退かない、と言ってきた。
「離しはしないって」
笑って耳元に唇を触れさせる。
僅かに身体を跳ねさせたサンジが、くくっと喉で笑っていた。
「ぜんぶもらった」
柔らかな声だ。
「ひっくり返しても、もう何も出ないさ。安心してていい」
笑ったままのトーンで返す。
「ねないぞ……」
とろんとした声で訴えるように言ってきたサンジの頭に口付ける。
「そうか、」
もうすぐ眠りに落ちそうな声。

「うみ、」
「海?」
「いこうと思ったのにね」
「あーあ」
ゾロ、と少し頭を起こしたサンジの熱に潤んだブルゥアイズを見詰める。
「海は逃げないぞ?」
「窓、開けて欲しい、でも離れるのも嫌だ」
とろん、とまどろみに落ちそうな声が言ってくる。

「ん、少し身体ずらすぞ」
上半身を抱え込んだまま、下半身だけリネンに下ろさせ。抱え込んだまま、腹筋を使って自分の上半身を起こす。
「腕、回してろよ」
ふわ、と笑ったサンジの体を抱えなおして、ベッドから降りる。
そのままの姿勢を維持したまま立ち上がり、窓際まで行って片手で窓を僅かに開けた。
最上階のヴェランダに面した窓から見える外は、遮られることなく空と海を映し出しており。
「おちるー、」
そう言って笑ったサンジの身体に、再度両腕を回した。
「一緒に?」
「んん、」
に、と笑って顔を覗き込めば。酷く幸せそうな顔をサンジがしていた。
「サンジ、」
なに、と問い返してきた蒼に笑いかけて。とん、と唇に軽く口付ける。
「今しばらくはどこへも落ちはしないさ。だから安心してふわふわ浮いてろ」

「なぁ……?」
ふわ、と柔らかい蒼を閉じさせるように瞼に口付けてから、
「そと、だめかな……?」
なんて言ってきたサンジに笑いかける。
「毛布に包まるって約束できンなら、連れていくよ」
な?と顔をのぞきこむ。
「あつい、のやだなぁ、」
ぼうっとしたような声に笑いかける。
「熱いほうが気持ちいいんじゃないのか?」
からかう口調に含んだ意味は多数だ。
「おまえ?」
ふは、と笑ったサンジを抱えなおして、髪に口付けて。
「毛布の上から抱き締めててやるから。それならどうだ?」
「んん、ディール」
する、と首に回している腕に力を込めようとしているのを、軽く揺すって止めさせる。
「オオケイ、じゃあ一回ベッドルームに戻ろうな?」
すう、と見上げてきたサンジに笑いかける。
ふにゃ、と蕩けたような笑顔が、待てるよ?外で。そう言ってきた。首を横に振る。
「バースデープレゼントみたいに包んでやるよ」
抱えたまま真っ直ぐベッドルームに戻る。

「おまえ用だね?」
笑っているサンジの、エンジェル・ブルゥ・アイズを覗き込む。
「シェアする気なんか、これっぽっちも無ェぞ」
前に言ったろ、カミサマとだって嫌だって。
ウォークイン・クロゼットの中から毛布を引きずり出し、片手でそれをベッドに広げ。
その上に、サンジを座らせる。
「I'm totally yours、」
歌うように節を付けて、掠れた甘い声が言ってくる。
“ぜんぶおまえの、”―――so nice to hear that.

「サンジ?」
「ん……?」
するりと毛布を巻きつけてやりながら、顔を覗き込む。
「すっげえ嬉しい」
何度同じことを言われても、な。
瞬いたサンジの額に、こつん、と額を押し当てる。
する、と閉じ込めていた腕が抜け出し、きゅう、と抱きついてきた。
笑って抱き締めて。それからもう一度、サンジを包みなおす。
「―――何度も言うけど。毎日が誕生日でプレゼント貰ってるみたいだな」



「なぁ?」
と。広いテラスで、訊いてみた。
思ったほど、暑くない。じんわりひろがっていた体のなかの熱さは、だんだん冷えてきてる。
抱き込まれたままの身体にちょうど良い。
「ん?」
軽く、覗き込まれるみたいにされた。
「毎日誕生日なんて忙し過ぎじゃないかな、」
「そ?」
にか、と笑うのはゾロで。
あぁ、と思った。いまなら、言葉にしてもあんまり痛まないのもわかるから。
「あ、そのカオ。おれ、見覚えアル、前だけど」
「へえ?いつ?」
「自覚ないんだな、やっぱりなぁ、」
へえ?面白そうじゃないか、ってカオしてるのはゾロだ。
「そういうのは、得てして被害者が覚えてるものかもしれない、」
あー、長い言葉が言い辛い、少し。は、と息を一つ吐く。
「ゾロ、」
指差せないから、せめて呼ぶ。
ゆっくり、まるであやされるみたいに髪に口付けられる。
「んん?」
「そのカオな?」
ゆっくり記憶を確かめて、間違いないな、と認証しなおしている間にも、まっすぐ見詰められる。
「おまえ。一番最初にキスしてきた後に、した」
に、と。またゾロが口端を引き上げる。
「きっと泣き顔もきれいなんだろうって思ったよ」
―――反撃された。

「やっぱり、ロクデモないよな。愛してるけどさ」
自信家で妙に大人びてないおまえも大好きだよ、と。言葉にする。
無邪気、っていってもいいほどの、明るい笑みがゾロに浮かんで。やっぱりまた幸福感を味わう。
「いまならこっから飛んでも無事でいられそうな気がする、やらねーけど」
「ゾロ、」
頬に軽く唇で触れる、少しアタマがくら、と揺れたけど。
だから眼を閉じてみた。
笑みをのせたままの眼差し、キラキラしていそうな翠があわせられてるのが、感じられる。
「ふわふわしてるの、熱の所為だけじゃないかもしれない」
おまえの所為でバカみたいにコウフク、と。
もう一度唇で触れる。
「ネジ、どっかの。昨日で飛んだのかも」
く、と笑い混じりに言って。額を押し当てた。
「あんまりバカだとおまえに嫌われるねェ」
「オマエ、今みたいなオレは嫌いか?」
もうすこしで、笑いに乗っ取られるそうなくらいな声が綴ってる。
「ドキドキするよ、誑かされる」
同じくらい、何かに乗っ取られかけてる声だ、おれも。
「ふわふわしてるオマエのこと、嫌いだったらこういうオレで向き合ってると思うか?」
あともう少しで、笑い声だ。
「ゾロ、おまえってば。誰からのギフトなんだろう。アリガトウっておまえに言うけど」

眼を開けてみれば。
日差しがまだ高くて。眩しい、と思った。
す、と。
影の代わりに、ゾロのカオが近づいてきて。軽く唇を啄ばむようにされる。
触れ合うほどの距離で、言葉が模られてく。
「さーあ?けどまあ、いまさら返品きかねーから」
にっこり、と笑み。
「ばぁーか。生まれ変わっても絶対!また貰うんだからな。お戻しなんてアリエマセン」
いぃ、っと。ハナに皺を寄せるみたいにして言って。また肩にアタマを預ける。
「オマエに同じこと返す、」
耳元で、とても優しい声が聞こえる。嬉しすぎて、どうしていいかわからなくなりそうだ。
「おまえがあんまりバカだから疲れた」
照れ隠し、甘えた口調になったのは自覚ある。
耳、かぷ、っと。軽く齧るみたいにされて、肩が自然と跳ねる。
まだ浅いところにある知覚が揺らいで。
「安心して寝てろ、」
低い声が響く。
「寝ないってば、」
さら、と。アタマをまた押し当てるようにする。
「じゃあ、ふわふわしてろ、」
「−−−−−−−ウン、」




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