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 Day 19: Los Angels
 
 
 
 さすがに―――朝、6時に目覚めることはなかった。
 途中、エリィが何度か顔を覗きに来たけれども、起き上がるのを諦めた。
 そりゃフタリで徹底的にアソンダもんな、と。昨日を思い起こして、一人ゴチる。
 
 今は、11時。
 起きてエリィに朝ごはんをやってから、2時間が経った。
 その間中、サンジはぴくりとも動かない。抱き込んで寝ていたカタチのまま、眠り続けていて。
 その形のキープ力があまりにも見事だったから、朝、新聞を取って戻ってきてから、またその位置に戻ってみた。
 足元で朝ごはんを食べ終わったエリィが丸まっても、サンジは動かないまま。
 
 ―――まあ、泣いても抱いちまったしな。
 精液がもはやどう頑張っても出なくなり、声も上げられずに身体を震わせるだけになっても。
 手が縋っている間は、“欲しい”のだろう。そう思って抱き続けた。
 お陰でベッドはドロドロで使い物にならず。
 スペアに逃げ込んで、今、昼前に至る。
 
 猫まっしぐら、どころか。相当強いエサだったらしい。
 眠る前になんとか氷を含ませて寝かせてみたいものの―――メシも食えず、飲み物も飲めず。
 考え付く限りの体位を試して、体力もスタミナも使い切らせてもらったから、起きれないのはアタリマエで。
 それでも、空腹と睡眠による体力回復で、なんとか目は覚める筈だ。あと1時間くらいは―――かかるかもしれないが。
 
 新聞に目を落としながら、サンジの背中を撫でていくと。僅かに睫が震えていた。
 目を開けるまでは行かずとも、少しは目覚めているみたいだ。
 ―――アア、これはREM睡眠の最中だな。じゃあイイ夢でも見ているか?……悪い夢かもしれないが。
 夢の中でも抱かれてたら、ハハ、オマエ、大変だな。
 
 ひくっと動いた指先に目を留めてから、新聞に戻る。
 小さな記事、書いたのは冷めた視点が持ち味のライタ。
 小さなアトリエで行われた画展のクリティック。Esの作品を追っかけているらしい、腕前が上がったと書いてあった。
 優しい印象の、水彩画。決してオモテに出てこないアーティスト本人と、彼を取り巻く噂。
 
 ひた、と額を脇腹にくっ付けているサンジの髪を、そうっと梳いた。
 「―――元気でやっているらしいぜ」
 呟いてみると、足元でエリィが鳴いた。
 
 ―――ああ、そうか。
 ニューヨークの小さな部屋で言い合って笑ったことを思い出した。
 万が一のことがあったら―――。
 
 「―――遺言状でも書いておくかな」
 くくっと笑う。
 死ぬ気がしないのに、考えちまうのがオカシイ。
 サンジが、同じ覚悟をしていることは知っている。だから、もしかしたら。そういう支度はできているのかもしれない。
 
 『もし、明日この世界から消えてしまっても』
 
 「―――跡形もなく、っつうのはこっちのエゴだもんな」
 跡を残すことなど、いままで考えたことがなかった。自分が消えたら、全てが消滅するものだと思っていた。
 
 けれども―――。
 
 サンジが酷く小さな声で、なにか言っていた。
 寝言、かもしれない。陽射しが熱いから、もう目覚めかけているのだろう。
 
 ―――もし、明日この世界から消えたら。
 “残された”方には、それを知る権利があるのかもしれない。
 幸せな人生を歩き出した野良猫は、もう大丈夫なんだろう。
 オレが置いていっても。オレたちが、置いていっても。
 
 「……ふン」
 クエナイオトナども。
 サンジを愛する赤い髪の役者。
 じーさまに仕立て上げられた“テディ”。
 マルチェッロの阿呆のことはさておき。
 ―――サンジの、ご両親。
 「―――まあオレみたいなのが相手だったのを知ったら、滅茶苦茶憤慨しそうだけどナ」
 サンジの横顔を見詰めながら思う。
 「ケド。遊びでもないし、一瞬に気の迷いでもないからな」
 身動き取れない程に抱いてしまえる“最愛の人”だから。
 
 「―――正式に、オマエのこと。貰っちまってることに対する感謝をするべきなんだよな」
 会う気はサラサラないけれども―――せめて、手紙くらいは?
 いつものように幼い子供のような顔に、酷く艶っぽい雰囲気が滲み出したような寝顔をしているサンジの頬を撫でる。
 ―――まだ、暫く起きそうもない。 吐息がそうっと零れるくらいだ。
 確か。備え付けのライティング・テーブルに、便箋と封筒があった筈だよな。
 サンジにナイショで。手紙を一筆したためておくか。
 
 
 ―――サンジを、この世に降ろしてくれてアリガトウ。
 出来る限りの力で以って幸せにしようと足掻きました。
 結果がどうであれ、幸せに生き抜いたから―――
 
 
 そうっと離れてライティングテーブルに向かった。
 思いついたらさっさとやっちまうに限る。そしてこっそりクエナイオトナのところに預けておこう。
 サンジが一人で映っている写真を同封してもいいのかもしれない―――エリィと二人でも。
 ああ、そうだ……明日はアイツに連絡しよう。このトンデモナイエサをくれたあの男の兄弟。
 R.A.B.クァスラ。
 そういえば―――――ああ、思い出した。
 その名前。
 先日寄った本屋でちらりと眺めた雑誌のカヴァ。確か写真関係のソレだったよな、特集記事のヘッドラインの下に名前が載ってなかったっけな?
 サンジが何かまた呟く気配に、意識を戻す。
 「どうせなら。良いものを遺してみようか」
 耳を澄ませば名前を呼ばれていることに気付いて、小さく笑う。
 さっさと手紙にサインして封をした。後はソレを郵便に出すだけだな。後日でも、ぜんぜん構わないが。
 
 するりとベッドに戻った。
 酷く掠れた、けれどそれでも甘い声に小さく笑った。額に口付けて、幼いような声で呼ぶサンジの髪を梳く。
 「愛してるって。それ以上にナイ」
 きゅう、と腕を回されて笑った。
 どこか気だるげに重たそうな動きに、また笑った。
 
 「ちゃんと聞きたいのなら、さっさと起きやがれ」
 つい、と耳朶を軽く指先でなぞる。
 まだ何かを言ってるようなサンジに、また笑った。
 ―――“も、キス、できない”……?まだしてねーだろうがよ。
 ひく、と瞼がまた揺れて。
 ゆらり、と揺れる瞳が、ふわ、と花開くように蒼を半分覗かせた。
 とろっとろなままの眼差しは、まだエサが残っていることを示す。
 ―――ふン?今日はもう抱かないからな。いくら、オマエが強請ってもナ。
 
 
 
 
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