トップランクのホテルスタッフというものは、相当“すげえ”ものを見た後でも、どうにか動揺を繕うよう躾けられているらしい。
モチロン、サンジを見せる訳にはいかないから、くてんくてんのヨッパライモドキはスペアベッドルームに残したまま。
ルームサーヴィスを整えていくのを、陽光に背を向けて大きな窓のところから眺めていた。
メインベッドルームをクリーニングさせたスタッフは、真っ赤になって部屋から出て行き。
そそくさと支度を整えていったダイニングの方のスタッフも、どこか視線を合わせ辛そうにしていた。
「―――オイ」
「はい、なんでしょう、ミスター?」
に、と笑ってチップを差し出す。
「次もよろしく」
なぜか目を合わせたスタッフが、ぼっと真っ赤になりやがった。
「はい、どうもありがとうございます、ミスター。もちろん、直ぐにサーヴィスに伺わせていただきますから……!!」
差し出した札を震える指先が引き取っていき。また、部屋は優しい沈黙に満ちる。
“他人が居た”という浮いた空気がまだ部屋全体を乱してはいたけれども。
エリィと顔を見合わせて、苦笑して。それからサンジを迎えに、ベッドルームに行った。
痛い、だの。 ぼーっとする、だの。
腹が空かない、だの訴えていたサンジに肩を竦めて椅子に座らせ。
ひとまず自分でも摘めるフルーツの盛り合わせを頼んでおいたけれども。
サンジは辛そうにテーブルに肘を突きそうにしていた。とにかく食える状態なんかじゃないんだ、といった所か?
けれども。
ベッドルームに戻るか、と訊けば、返事はNOで。
目が合えば、無理やり、にこ、と笑おうとすらする。―――眉が寄りっぱなしで無茶しているのが丸バレなんだがな。
さっさと食っちまって、サンジにメシを食わせなきゃな。そう決めて、さっさと自分がオーダしたものを口に運んだ。
ここの料理は、ルームサーヴィスでも充分に美味く。ラムのリブや、オマールのサラダはあっという間に腹に収まっていった。ひとまず珈琲を飲んで口の中をさっぱりさせてから。
少しだけ水を飲んでは重ったるい溜め息のような息を吐いているサンジを抱えて、窓辺のソファに移動した。
フルーツのプレートと、水の入ったグラスを持って戻り、隣に座る。
「そろそろ食えるだろ」
腰に手を回して、ちょっと息を呑んだサンジの背中を引き寄せて預けさせる。
それから手を伸ばして、まずはライチを剥いた。種も取り除いて、サンジの唇に押し当てる。
ちょっと首を横に振り、肩に額を押し当ててきたサンジの髪にキスを落す。
「ライチは嫌いか?」
「いまは、やだ、」
小さな声だ。
「少し食っとけ」
もう少しだけ力を入れて、ひんやりとした果肉を唇に押し当てる。
「うー……、」
「すきっ腹じゃクスリも飲めないだろ」
「ライチ、いやだ」
ふにゃりと節が蕩けたような声に、じゃあ何なら食う?と問いかけてみる。
剥いた果物は、自分の口に放り込む―――美味いのにナ。
「いらな……、」
「却下」
削ったアイスの皿の上に乗せられていたチェリーを軸から外した。指で割って、赤い果肉の間から種を取り外す。
「ほら、美味そうじゃねェかよ」
「そっち、」
蒼が指先を見ていた―――紫掛かった赤に染まった指先。そういえば、幻影は見なくなったな―――そう思いつつ、却下、と笑う。
「オレの指じゃ栄養にはならない―――ほら、食え」
指先ごと、ぼうっとしつつも甘い視線で指先を見ていたサンジの唇に果肉を運んだ。
「ついでになら指先を食ってもいいけどな?」
そうっと緩んだ唇の間に、果肉ごと指先を押し込んだ。
小さな笑みが、口許にも目元にも浮んでいる。
赤い果肉が離れ、濡れた熱に包まれる。―――ま、昨夜のほうが断然熱かったけどナ。
つるりと指先を引き抜いて、次の果物を拾い上げる。
ラズベリィ、甘酸っぱいソレは今のオマエにはぴったりかもな?
甘い吐息を零したサンジの唇に、それも運んだ。あん、と開いた口のなかに、熟れた果実を落す。
「猫チャンは返上して、小鳥にでもなっとくか?」
笑って髪に口付けて、次の果実を拾い上げる。
きゅ、と眉根寄せたサンジは、それでもふんわりと蕩けた笑顔を浮かべたままだった。
「ブルーベリィ?」
ひらりと目の前でソレを揺らす。
「も…ぃらな、」
「アウト」
「いや、」
首を横に振ったサンジが、ふう、と一つ息を吐いてから言った。
「カラント……?」
揺れた声が酷く甘い。
ブルーベリィを自分の口の中に放り込んでから、レッドカラントを摘んだ。
「おまえから、食べさせて」
宝石のように透明度のある小さくて赤いその粒を、口に運んでやろうとすれば。そんなリクエストが甘い声に乗せて告げられた。
「温くなっちまうぞ、」
笑って。
ふわあ、と柔らかな笑みを浮かべたサンジを見下ろした。
すう、と目を伏せたサンジに、小さく笑った。
唇でその小さな粒を挟んで、小鳥チャンに運んでやる。唇を合わせて、舌で薄く開いた唇の間に押し込んで。
まだどこか乾いたような表面をなぞってから、唇を離した。
さらさらと肩を撫でてくるサンジにの耳元で訊く。
「次は?」
「レインフォレストの猿じゃないよぅ、」
もういらない、たべれない、ごちそうさま。いくつかフルーツを食べて、ギブアップした。
「じゃ、最後に薬な」
「いらな……、」
腕、どうにか引き上げて。ぞろの手首のトコ、押さえようとした。
「駄目だ、飲んどけ」
すこし、肩に額を預けていたから。
離れて。ソファの端に移ろうとしたんだけど。
手首、やんわり捕まえられて。もう片手で、薄いブルーのシャツのポケットからタブレットの収まったシート、それを取り出してた。
アルミみたいな乾いた音がして。すこしそれがアタマに刺さる。―――うー。
引き寄せられて。
水と一緒にタブレットが喉を滑ってくのが。唇を合わせたままでわかった。
身体離して。息をついた。
シロのデニムが見える。淡いブルーのシャツと、目に気持ちよいコントラスト、珍しい、おまえがそういう色合いの着てるのって。
指先、頬を撫でていくにみたいに触れられて。
眼を伏せる。
眼、ぞろの。あわせられてるのがわかる。
胸元、肌蹴られてたから直に顔を埋める。落とした視線のさきに、また引っ掻き疵があった。
「――――はっけん、」
やさしいまま、あわせられているミドリを感じる。
「何を?」
とろり、と甘い声。降りてくる。
「おしえない。」
くう、と。もっと頬を押し当てるみたいにして。
指先で、触れる代わりに。ぺろ、と。疵の横に舌先で触れた
「ヒミツ、ぜったい教えない」
笑い声混ざって。また肌の温かさを頬とかで感じていたら。
「ふゥん?」
すこし身体の角度が変わった?
ちり、と。
痺れたみたいになった、耳元。歯先で軽く齧られたみたいで。
どこか甘ったるくて重い体が、もっと正体不明になってく。
喉奥で抑えた笑い声も、届いてきた。
肌に唇で触れて、そうっと吸い上げた。痕、追加しようかな。きゅう、と。唇で食むみたいにしたら。
濡れた音、耳に直に落ちてきて。
「――――っぁ、あ」
差し入れられた濡れた熱に、体温が一気に上がりかけて。手足が溶けてなくなりそうに重いのに。
中で小さく動く、ソレを追いかけていきそうになって、また背中から爪先まで。
―――――――あ……?
記憶がリンクして、かあ、と。顔中があっつくなる。
溶け落ちそうなのに、自分から身体開いて、……わぁあ。
熱すぎる舌先が、狭間押しひら……
時間軸なんかぐちゃぐちゃで。
ジョーゼットの幕が一気になくなったみたいに、なんか。いっせいに、クリアに―――――
「――――ひ、ぁ、」
戻りかける全部に、いろいろぐちゃぐちゃで。
きゅう、と眼を瞑ってみても。身体はもう全部、起こったことをリアルに告げてこようとして。
「―――だ、めかも、」
泣き言。
アタマ、ぐらぐらしてきた。
「わ、らうな…ってば、」
つる、と耳朶を含み直されて、肩が揺れて。
低い笑い声、濡らされた耳元に落ちてきて。
息を零すのを押さえ込んでたら。身体がさら、と離されて。
「風呂にでも入るか、」
って聞こえた。けどー。むしろ、放っておいてくれたほうが……
黒のシルクに顔を埋めて。熱い息を零して。
ぞろがバスの方へいなくなるのを、眼で追わないでも感じとる。
額にあたる、さらさらした感触に意識を集めようとして。
しばらくたったころ部屋の中に、水音が混ざりこんできたのを知った。
next
back
|