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 バスタブに湯が半分ほど溜まったところで、バスキューブを放り込んだ。
 乳白色に湯が溶けていき、僅かに甘いマンダリンの匂いがした―――オイオイ。オレもフルーティになっちまうのか?
 シャレでラインアップに突っ込まれていたに違いないソレのラッピングを丸めてゴミに捨てた。しょうがない、LAだしな。
 
 広いバスルームを出れば、サンジがくったりとソファに懐いていた。
 黒のシルクローブに、僅かに丸みに欠けた肩のラインがくっきりと浮き出ていた。
 淡く光を弾くようなシルクより強く、金色が流れていた―――ああ、今度はあっちのローブ着せて喰うことにしよう。
 今日のところは、素直にバスタイムだな。
 
 近づき、白い項を曝しているサンジの身体を抱え上げた。
 「――――――ぉろ…?」
 とろりと蕩けた声だ。
 「風呂行くぞ」
 くらくらするよ、と告げてくるサンジを抱えたままバスルームに向かう。そうっと鏡の前、シンクの上に座らせる。
 「血が足りないんだろ」
 くう、と見上げてきたサンジの額に口付ける。
 ほってりと赤い唇が僅かに震え。さらりと絹が滑る音がして、背中に腕を回される。
 く、と力が入り、サンジが自分の手首を握り込んだのを知った。
 さらりと膝の上、僅かに肌蹴られていたローブの裾を開く。
 「ん、」
 「風呂も嫌だとか言うなよ」
 笑ってサンジの脚をそうっと辿れば、甘いと息が抜けていっていた。
 しゅる、と音を立てて紐を解く。
 
 じぃ、と見詰めてくる蒼に笑いかけて、額を合わせる。
 「ほら、サンジ。腕解け」
 さらりと掌で白い脇腹を辿り上る。きく、と揺れた身体のあちこちには、赤い痕が咲いている。
 ゆっくりと腕が下ろされていき。サンジの唇に軽く唇を合わせて、ローブを腕から抜いた。
 背後で指先が、バックポケットを弄っているのに笑う。
 「冷える前に湯船入ろうナ」
 「あっついくらいだよ、」
 吐息混じりの声に、小さく笑う。
 おぼつかない指先が、ゆっくりとシャツのボタンを外していく。
 「昨夜はさらっとしか入れてやれなかったからな。たまにはゆっくりしよう」
 
 「あ―――れ・・・・?」
 とろとろに蕩けた声が告げてくる。
 「随分、濡れてた気がするのに、」
 「濡れてたどころのハナシじゃナイ」
 かぷっと唇に噛み付く。
 「ドロドロ」
 にぃ、と笑って。デニムの中からシャツの裾を引きずり出した。
 まだ肌に触れていた指先が、熱を上げたことを知らせてくる。 少し離れ、に、と笑いかけたままデニムのボタンを外す。
 「それでも、まだタリナイ、って言ってたんだぜ、オマエ」
 サンジが真っ赤に顔を染めたのに笑いながら、全部のボタンを外す。
 かじ、と。赤い顔のまま上半身を伸ばし、鎖骨を齧ってきたサンジの耳元を軽く吸い上げながら白いデニムを床に落した。
 「風呂に入る前にノボセルなよ?」
 「しらないよ、」
 
 
 
 ながく、ながく。息が零れていった。気持ちいい。
 温かい空気が、柔らかい。甘いけど、重過ぎない香りが溶けこんでて、身体がすこし揺らいだ。
 頬に落ちる髪が重くて……、ぱちん、と。薄膜が弾けたみたいになにかがクリアになった。
 ―――――んー…、気持ちいい、けど。体温と、温めの水に浅く包まれてて。
 
 ひゃあ、と思った。
 おれ、なんか……夢みてた……?ところどころが、とてもリアルで。
 何かゾロに無茶なことを言ってた気がする。ミドリの光りが。呆れ半分、からかい半分で間近でおれのこと覗きこんでたような。
 背中越しに、ゾロの体温が伝わる、どころか。すっかり重ねられてて。
 
 「----ん、」
 耳に、ゾロが低くハミングしてるのが聞こえてくる。
 首だけ、どうにか捻るみたいにして。へたん、と懐いてみる。
 「おはよぅ、いま何時……」
 「昼の2時くらいダロ」
 「――――――――――そんなに、おれ、寝てた?」
 
 くっく、っとゾロが笑い出して。
 間近で音が小さく響いてシアワセな気分になってたら。
 「なんだよ、今起きたのかヨ」
 「んん……?」
 くる、くる、と。カードが捲られてくみたいに、リアルと混ざり合って浮かぶもの。
 あ―――れ…?
 離れたバスのフロアに、黒のシルクが落ちてて。
 ――――――あれ、おれ覚えてるぞ……?ソファで、絹の滑る感覚にも身体……って、ぇ?
 
 「じゃあ”オハヨウ”だな、サンジ」
 声。
 この、トーン。覚えてるんだけど。
 『バカネコ』ってゾロが言ってた……?う?あれ、リアルだったのか?
 「ゾ……、」
 あむ、って具合に。唇にキスが。
 水が揺らいで、肩に掌で思わず縋って。
 
 ――――あ……!
 ぱし、と。イメージが繋がって。
 齧らせろ、とか引っ掻き傷の上から爪押し当てたりだとか。おれ、してたよね……?”朝”。
 身体に回されてた腕に力が込められて。どこかうっとりとした気分で、抱きしめてくる腕を感じ取って。
 ゾロの唇をやんわり食んだ。
 それでも、心臓はドキドキしっぱなしで。だって、―――――うわぁあぁ。
 目、薄く開いたから見えたけど。
 
 ニューオーリンズで、しちゃったときより酷いよ、これ。
 自分の身体、なんだか軋んでるけど。それより、――――――――――うわあ。
 縋るみたいにしてた指を肩から慌てて浮かせた。
 『痛い?』って言って、ぎゅうって肩を握ったの、おれだよね?――――――――――ううわぁ。
 そう、と唇を浮かせて。
 顎のところにもキスして。
 ――――あぁ、やっぱり。おれ、齧ってるし……。
 ゾロの眼、ゆっくりと眼差しをあわせれば。笑みが浮かんでた。
 ――――どうしよう。
 
 「すっきりしてきたか?」
 優しい声だ。
 口を開いても、すぐに言葉が出てこなくて。
 「……たぶん、」
 言えたのは、やっとこれだけ。
 ゆら、とまだ水面が揺らいだ。香りが甘く立ち上る。
 「喉は?」
 「……へいき、」
 くらくらしてきそうです、いっそ。
 
 腕、そうっと外そうとした。
 そうしたなら。する、と。ゾロの長い指が髪に通されて。さっきから、少し重たい気がしてたソレ。
 そろそろいっか、と。独り言めいてゾロが呟いた。
 「なん……?」
 「ヘアパック、」
 ――――へ?
 あぁ、オイル。だから少しさっきから重かっ……てそうじゃなくて!
 「おれ、そこまでおまえにしろって言ってたの?」
 うーわーあー。
 「ヤ?別に?」
 え?
 「オレがしたかったダケ、」
 さら、っと口にしたゾロを見詰めた。ダケ、って。
 「うー……、」
 なんだか、もう。全部諦めた。
 ぎゅう、と。ゾロの首に両腕を回した。心臓がビックリしたのとごちゃ混ぜで速くなってる。
 ゾロが身体を少し伸ばしてた。
 さあ、と。甘い香りの混ざる水面に、水滴の当たる音がした。
 「目、つむってろ」
 流してくれるんだ?あぁでも。もう、いいよ。
 そういえば、泡、残ってるね体にも。水は浅いから。それくらいはわかる。
 ふにゃんふにゃんで半分以上、トリップしてるみたいな状態でもおまえに甘えまくってたんだろうなァ……
 「自分でできる、」
 「もう少し甘えてろ、」
 だから気持ちよくてふわふわなまんまで、”起きた”んだな、おれ。
 種類はそりゃもちろん、少しは違うけど。あのひとに甘えたいだけ甘えてたコドモの頃と全然変わってない、ってことかなぁ、おれ。根本は。
 
 「いいんだ……?」
 「そりゃあな。オマエ、まだ立てないだろうし」
 うわ。
 ものすごくアタリマエのことを告げてくるみたいな声に思わず、伏せてた顔を上げたら。笑い顔とぶつかりそうになった。
 「ぞろぉ、」
 おれ、顔、赤いって。
 「減点……?」
 「ナンデ?」
 ハナサキに、とん、って軽くキスされた。
 「アルコォルは絶対量覚えるのに、おまえには全然ダメだから」
 さあ、と。背中にあたる水滴が気持ちよかった。
 わらうな、真剣なんだからな……?
 じ、とミドリを見上げる。
 
 くく、っと。機嫌の良い短い笑い声がして。
 「ま、たまには?」
 にぃ、と。口端を吊り上げてって。
 「減点されちゃうんだ、」
 まあ、そうだろうなぁ。おれがゾロでも、困ると思うなァ。
 「オマエはオマエらしく在ってくれれば、それでパーフェクトだっての」
 それがどんなオマエであろうともな、と。言葉が続けられて。
 肩に額で触れた。濡れて重たくなった髪が、ゾロの肌の上にあたってた。腕に指先で触れて。
 
 「―――――ゾロ、」
 名前を呼んで。唇で肌にそうっと触れる。それから、眼差しを上げれば。
 翠が、覗き込むみたいにしてて。
 「あのな……?」
 そうっと言葉にした。水音に紛れそうなくらいに小さかったけど。
 「あいされてるんだな、って。いま、確認し直してたとこ」
 ふにゃ、ってわらい顔になってるんだろうけど。
 だってさ、あいしてるのはもう、アタリマエすぎてさ?
 
 ゾロが、に、って笑みを浮かべて。
 唇、軽くキスが落ちてきて。一瞬だけ目を閉じて受け止めた。
 髪、流されてくみたいだったし。
 目、開けれなくなったけど。
 ゆっくりと流されてくのが気分良くて。
 すきだよすきだよすきだよと、そればっかりを思ってた。
 さて、何パーセント混ざったかね?マンダリンの香りとさ。
 
 
 
 『在りのままのアナタを愛してくれる人がいたら、アナタも在りのままその人を愛するのよ、』
 ハハの言葉が遠くでリフレインする。
 サンジが、ケモノである自分ごと、愛してくれているのが解る。
 どんなに横暴でも、我侭でも、在りのまま。
 だから、というわけではない。
 ただ、愛したいからサンジの全てを丸ごと愛する―――どんなものであろうと。
 
 甘ったるいマンダリンの香りは、そう悪くはなかった。
 僅かに甘酸っぱいソレに浸って、サンジが酷くしあわせそうだったから。
 サンジの髪を洗い流して、バスの湯を流し。
 シャワーで漸く目覚めたようだったサンジの体の表面も流した。
 気だるげでも、柔らかく甘そうなサンジが、何度も笑みを投げて寄越してきた。
 オマエが幸せでいてくれると、それだけで幸せになれる。
 スキだスキだスキだ、と。全身が告げてくる、音を伴わない声で。
 泡を洗い流してからサンジをバスタブの中に立たせ。バスタオルで包んでから額に口付けた。
 
 「愛してるよ」
 言わずとも、もう解ってくれているとは思うけれど。
 ふわ、とサンジがまた微笑んだ。
 同じことを、目線が告げてくる―――天上の蒼。
 さら、と髪をタオルで拭ってやってから、抱きかかえたままシンクの壁にかけてある鏡の前に立たせる。
 髪を拭い始めれば伸び上がったサンジが、そうっと唇で触れるだけのキスをくれた。
 笑って、サンジの唇を啄ばみ。それから鏡に向きなおさせた。
 スツールに座らせて、ドライヤを掴む。
 ヘアブラシ、それを取って。静かな温風で髪を乾かしていく。あっというまに重たげだった金は軽やかなソレにとって変わり。
 
 「―――ほら、どうだ」
 ドライを終えてから、鏡の中のサンジに問いかけた。サンジが鏡越しにふにゃんと笑い。
 頤を掬い上げて、トンと額に口付けた。
 する、と体を回したサンジが、腰に両腕を巻きつけてきた。
 「好きすぎて溶け出しそうだよ、」
 声が笑っていて甘い。
 「とろん、ってしてるもんナ、オマエ」
 「んん、」
 くっくと笑って、サンジの身体を抱き上げた。
 
 甘い声でサンジが笑いを零すのを間近に聞きながら、観葉植物の大きな鉢の側にあるソファに身体を預けさせる。
 ついで、側に置いてあるミニ冷蔵庫の中からミネラルウォータを取り出し。サンジの側に腰掛けて、キャップを開けてからサンジの目の前に差し出す。
 「飲んでおこうな」
 首を横に振ったサンジの髪が、さらさらと涼やかな音を立てた。
 「ほとんどオマエ、飲んでないだろ」
 苦笑して、自分で半分ほど飲む。
 「あとで、」
 とろん、とした声が告げてくる。
 「オオケイ。じゃあここに置いておくから」
 ソファの脇のフロアにボトルを預けた。
 それから、首に回しかけておいたタオルで、自分の髪をドライする。
 もうそろそろ、切りに行ってもいい頃だよナ。
 ざ、と後ろに撫で付けてから、タオルを床に落した。
 
 「伸ばすの?」
 触りたそうにしているサンジに、ちらりと視線を落した。
 「マサカ」
 くくっと笑う。
 「今で充分伸びすぎだろう?」
 「手触り良いから好きなのに」
 さらりと細長い指先が空を撫でていった。
 「あんまりロングが似合う顔立ちでもないだろうが」
 笑ってサンジの頬を指裏で辿った。
 「そうでもないと思うなぁ、」
 ふわ、と蒼を溶けさせたサンジに、小さく苦笑する。
 「あんまり好きじゃないんだよ、前髪が垂れ落ちてくるのが」
 だからいつもバックに流しちまってるんだけどな。
 
 「うーん?」
 ひょい、と手招きされて、上半身をサンジの上に乗り出した。
 「ん?」
 ぐしゃぐしゃ、とサンジの手が髪を乱していった。
 「わ、コラ、」
 前髪が落ちてきて。ひゃは、とサンジが嬉しそうに笑った。
 「スキだ」
 ふわ、と告げられた言葉。
 「あァ」
 笑って頷く。
 「キス」
 「モチロン、」
 す、と体重を預けて。柔らかく開いた唇にそうっと自分のソレを合わせた。
 
 垂れ落ちた前髪に、サンジが酷く嬉しそうだ。
 ウキウキと気分を弾ませてきているサンジに苦笑し、甘く啄ばんできている合間を縫ってディープに転じさせる。とろ、と舌を絡ませて。深く緩やかに貪って。甘くサンジの吐息が乱れたところで、それを解いた。
 潤んだ蒼を見詰めて、小さく笑う。
 「シエスタ?」
 く、とサンジが喉を上下させていた。
 「Si?」
 返事が返されて、低く笑う。
 
 さあ、と。開け放したままの窓から暖かな風が飛び込んできた。
 小さく笑って、サンジの身体を抱き締めた。
 「じゃあこのまま、寝ちまおう」
 ぎゅ、と背中に腕が回されて、小さく笑った。
 「あったかいね、」
 「あァ」
 とろりと蕩けた声に頷く。
 脳内で、やさしいハハの声がした。
 『愛し愛されてこそ一番の幸せなのよ、ベイビィ』
 ブルネットが記憶の底で揺れた。
 ―――あァ、本当に。その通りだよ。
 
 
 
 
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