起きたら、ベッドに寝かされてた。
……あれ?ソファでシエスタしてたはずなのに。
外はまだ明るいけど。ほんの少し、風が涼しいかもしれない。これくらいの時間に眼が覚めると、少し前の暮らしとシンクロする気がする。
寝返りを打って、隣で付き合ってくれれたゾロの身体にそのまま軽く身体を添わせた。
くぅ、とリネンの下で四肢を少し伸ばしたなら、あ……た、まだ。本調子じゃないや、――――――当然かも、なんだけど。
アタマの上の方で。紙が擦れる音がして、微かなインクの匂いと。夕刊、読んでたんだな?
アタマ、とん、ってキスされた。
「早起きだね、」
くう、と。ゾロのウェストに腕を回す。少し自分の身体も引き上げた。
早起き、そう繰り返してゾロが笑ってた。
「そう、早起き。」
「朝ごはんも済ませた」
「へ??もう朝?!」
ビックリしたおかげで、どこかぼうっとしてた頭が一瞬でクリアになった。
ゾロが読んでるのって朝刊、って?!
びし、と身体が強張ったのが伝わったみたいで。
「冗談だよ、」
柔らかい、甘い声聞こえた。
「――――――わ……、」
全身から、力が落ちてった。そこまで寝続けたかと思ったよ。
くっく、と。
ゾロの腹筋とか。笑いにあわせて上下してるのが額越しに伝わって。また、髪に唇が押し当てられてくのがわかった。
「一気に目が覚めたよ、」
また少し身体を起こして。顔を埋めなおした。
美味しそうだよね。齧りすぎたから、我慢するけどさ。
けどやっぱり、気分良いから。もう少し本気で身体を半分乗り上げてみる。
ヘッドボードと積み上げたピローにゾロは寄りかかってるし。
あぁ、けど。そうしたら新聞に―――そんなこと思ってたら。紙の音が賑やかに立って、サイドのほうに落とされてた。
初めて、ゾロの顔がちゃんと見えて。
片腕、腰に回されたことよりも、視覚に少し驚いた。や、だって何か印象違って―――
……ぁ。
翠が。ほんとうに優しいんだけど。
……う、似合いすぎだと思うよ―――?
「―――それ、」
顎のとこを、じい、と見た。ん?と目で訊かれたけど。
「珍しい、っていうか。ハジメテ見た、」
齧った痕、消えてるかどうか心配で見上げてたら、それはもう消えてたけど。代わりに。
空いてた左手で、自分の顎を撫でて。さっき剃り忘れた、とゾロが言ってた。
「食事は?」
腕を伸ばして、その後を追いかけてみた。
「リンゴをひとつ」
あっさりとわらって、ゾロがおれの好きにさせてくれてた。掌がクスグッタイね。
「コイビトが無精ヒゲの白雪姫なんてヤだなぁ、」
くく、とわらって。起き上がって、キスした。
「それに先に起きてるしさ?」
ぺろ、と。舌先で擽る。開かれた唇からそのまま滑り込ませて、軽く絡めれば。軽く引き上げられて、喉奥でわらった。
「寝ぼすけな王子サマが遅いんだよ」
低く抑えられた笑い声が喉の方から上がってきてて。
「うー、オトコマエな姫だなァ」
ざら、とした感触を唇で味わった。
「なぁ、もったいないから、もうどうせ夕方だし。剃らないでなね?」
くく、と。ゾロが笑って。オーケイ、と了承をくれた。
当然、だっておれが頼んだんだしな。
「ディナー、どうする。またルームサーヴィス?」
水のボトル、受け取りながら訊いた。あんまり飲みたくないんだけど。
「あー、そうだな。少し面倒だが、食べにでもいくか?」
「おれ、まだ食べたくない」
水を口に含む前に言った。
すう、と喉から身体に落ちてって水分が拡がるのがわかった。
しょうがないな、と。ゾロがアタマをくしゃ、とかき混ぜてって。
「じゃあ後でな?」
「おまえ、先に食べナよ」
リンゴじゃ収まらないだろ?
「軽く、な。また後で付き合う」
「んん」
きゅ、と。一度抱きついてから。
「利き腕貰うから」
宣言して。右腕を持ち上げて、腕の下にアタマを潜り込ませて落ち着いた。手首のとこ、ホールドしたまま。
「このままでいるのか?」
さら、とした上質なコットンの感触が気持ちいいけど。
「リビングに戻る?」
あぁ、メインベッドルームだね。
「オマエに任せる」
『篭もりっきり、ってわけにはいかないだろ』
そう言ってわらったゾロの声を思い出した。しっかり、アノ後から篭もりっきりだね?テディの孫はやっぱり、テディの孫だった、って認識されちゃうよな。
髪にまた、トン、ってキスされて。ゾロを見上げた。
「ゾロ?」
さっきから、たしかに。
「髪にキスするからってパックしてたんだ?」
優しい翠が見下ろしてくるのを受け止めて言ってみる。からかい混じり。
口端が吊り上って行って。
「天使チャンをたっぷりどろっどろにさせた責任を取らせてもらっただけだ、」
ぼん、って音がしたかと思った。
顔、あっちぃ……!
「姫のイタリアン度が上がってもうどうしよう」
ぎゅう、と胸元に顔を押し当てた。
けど、すぐに。頬に口付けられて。
「お褒めに預かりまして」
「何かオーダするならいまじゃないと離してあげないよ」
「じゃあ今オーダしちまおう、」
トン、と身体。返されて。ベッドに背中から縫い付けられてた。
「オマエは出てくるなよ」
「……ちぇー、」
せめて何か言おうと思ったなら。かぷ、と。唇にキスされた。
それだけで、もう降参なんだっていうのが微妙に悔しいなぁ。―――まぁ、いいけどさ。
走り出しそうな身体、押さえようとおもって。
ゾロがリヴィングの方へ行っちゃってから、ベッドの上またずるずるーっと戻って。リモコンを見つけてなんだか久しぶりにテレビってものを点けた。
映画、イイ、いらない。
ニュース、イイ、ハリィが出てきたら洒落にならない。
ドラマ、―――うううん?ああ、この子おれ知ってる。
飛ばす。
チャンネルばかりたくさんあるのは相変わらず。
法廷モノ。
離婚調停?勝手にしてください。カリフォルニの賠償責任は高いよゥ?
ドキュメンタリー。
イラナイ。
ネイチャーチェンネ……
「うえあ、」
思わず声がでた。
虫……ッ。どアップで見ちまったよ。
すっ飛ばす。
ヒーリングもの。
イラナイ、おれそんなの全然必要ない。
BBC、―――ううううん、歴史散策はちょっと。
戻ってきたらおれのこと忘れそうな人がいるからね。
飛ばす。フェアウエル、キング・アーサー。
通販チャンネル。あははははは。イラナイ。
宗教モノ。――――――サイナラ。
あぁ、このあたりは――――音楽系になってきたね。
重いビートで、ヒップホップは別に。飛ばす。
オペラ?ううううん……他になにもやってなかったらね。
次々と飛ばしていって。
『わっは……!!跳ンだねェ!!』
ピン!と耳が反応した。――――――え? これ。
画面は。
サーファが。アリエナイ、ってくらいのチューブの中を突っ切っていって。
ざあああ、と。水しぶきと一緒に波に吐き出されるみたいに空中に飛び上がっていた。
ズームで、サーファの笑顔がアップになる。
『うーわ、ガキみてェな顔ッ!』
ひゃはは、と笑い崩れる音声は。
サーファ側の音は消えてるんだけど、マイクも拾いきれずに。だけど、ひゃっはー!と絶叫じみたうれしいって声が被さってた。
「うわ、」
エクストリーム、だよね?コレ。ヴァカ、なにゲストしてンだよ……!!
部屋がイキナリ、もう音でいっぱいになって。
ゾロがベッドルームに戻ってきた。
また画面が切り替わって。音のビートも少し変わって。
崖下に向かってダイブしていくスノーボーダーが何人か次々と写って。
『ああああ、おれもこれまたしてェー!!』
『腕怪我したらどうするんですかー!!』
司会かアシスタントかのオンナノコの声がして。
『ぼっこぼこにされちゃうよねェ』
ぎゃはは、と。ヴァカがもう、―――相変わらずヴァカだ。
最後のボーダー。オレンジのウェアのヤツが。一際勢い良く滑り出して言って。
あぁ、これ。さっきのサーファと一緒かな?おんなじ笑い顔してる。双子とかだったらすげえ面白いのに。
ざ、とエッジ効かせてイイ具合にいってたのに、また派手にすっ転んで。
雪がキラキラ降り落ちてきて。
もう、これ。撮ってるカメラマンも楽しかったろうなぁ、ぐるって転んだまんま回転してもっとスピード上げて先に行ってた連中を追い越してく。
巻き添え食って、 一人がまたすっ転んで。10メートルくらい斜面を転がり落ちてってた。
『イエア!』
――――――ヴァカ・エース。
ヒトの事故はほんとに好きな?むかしっから。
きし、と。ベッドが微かに鳴って。ゾロが隣に戻ってきてくれた。
ふ、と見上げれば。なんだか顔がわらってた。
ん?あんまおれこういうの見るイメージじゃない?
そうしてる間にも。
小さな雪崩がボーダーたちを追いかけてきて。連中は、クリフをギリギリの高さでバンクから下方のバンクへ飛び降りてって。ぜったい、あの腕ぐるぐる回すの、楽しいからしてるだけだって。
『ヘイ、普通に着地……しねェよなあ、やっぱ!ヴァっカ!!』
エースの声が言ったとおり。
オレンジのウェアのボーダーはまた空中で回転して、雪を蹴散らして滑り降りてってた。
テレビのヴォリュームを少し下げる。
『すーべーりーてーええーーー』
じたばたしてるヴァカの格好まで浮かんでくるよ。
『戻られますー?』
『うーわ!』
画面を指差す。
「まだ映ってないけど。ゲストのヴァカね?」
す、とゾロが目をあわせてきてて。
「おれの知ってるイカレロックスターのダチで、メンヴァ」
あのヴァカ共。迷惑かけてないといいなぁ。やさしいやさしい、おれの大好きなヒトに。
軽く首を傾けたゾロが。
「オマエの知り合いのロックスタァって、アイツか?」
「イエス、あの派手オトコ」
冬のマンハッタンで。すれ違ったの、おまえはもう気付いてるよね。
『みなさん、ムカシ、プロスケータだったのにー』
『いまじゃミュージシャンだよねえ!』
くう、とゾロが口端を引き上げていって。
翠が。ほんとうに穏やかに和らいでいって。
でも、それを目にしても。自分のなかのどこも、痛まなかった。
『ゲストにいらしていただけて、光栄ですよ…!』
『あとの連中はね、こういうの見ちゃうとぜってぇ我慢効かなくなるから、来てないってだけの話』
あっはっは!と明るい笑い声、声だけでも派手ってのはどうしたもんだろう、エースのヴァカ。
『プライヴェートでももう一切なさらない?』
麓にたどり着いたボーダー連中は、飛び上がってガッツポーズ作ってる。
『かーわいそーでしょ』
オマエ、その声は絶対愉しんでるよね、と内心で独り言。
画面では、多分すっ転んだボーダーだろうな、真っ白のウェアのヤツが始めた雪合戦になってた。
ぱん、とまた画面が切り替わる。
「あ。ほら。あのヴァカがエースだよ」
スタジオの画像に画面は切り替わって。
グラマラスなアシスタントの子と、オトコのメイン司会と。いかーにも悪がき、なままのエースがしれーっと映ってた。
それから、司会が。
じゃあ、秘蔵映像でもいかがです?とか言って。映されたものは。
連中が、まだ現役ボーダーだったころの。
「うーわ…」
思わずおれまでビックリした。良く、あのチームがフッテージ貸し出したねえ。
バンクをもう。気ィ狂ってンだろ、オマエラ!な勢いで無茶をそのまんま、体現してる連中がいた。
一際、バンクの天辺からほとんどまっさかさまに落ちてって、ヒトならそのまま垂直に落ちて背中強打、な空中のポイントで、ボードごと回って、3回だよそれも。
着地したらウィールからばしっと火花が出てたバカ、がいて。
「あー?いまの、クソガキ。アレが元チャンピオンで現イカレロックスタァ」
エースだとか、あのヴァカだとか。
もう楽しくって仕方ない、って風にトリックを出しまくってる連中が3人。
『えーと……ヘルメットしてないですね?』
アシスタントの子が困った風にわらって。
『うーん?だぁってれんしゅー中だよー?コレー』
ぎゃはは、と笑うヴァカ。
『『え。』』
普通逆だっての。
『あーほら、うちのメンヴァ。目の上切ってるのいンだろ?アレさー』
「あのヴァカのボードがすっ飛んでって直撃」
声がエースとダブった。
『良く、生きてらっしゃいますね』
『ねぇ?!』
ねえ、じゃねえよ。
『ひっでぇー、オマエラー!!』
血ィだらだらのあのヴァカに抱きつかれた血まみれになったの、おれじゃん。
「なーつかし、」
ゾロに軽く身体を預けてわらった。
画面では、クソガキ共がハイファイブしてぎゃあぎゃあわらってた。
「楽しそうだったな」
ゾロを見上げれば。なんだか微笑ましそうにしていた。
「ウン、なんだかね?毎日がパーティとカーニヴァルみたいだったよ」
ビーチか、バンクか、街か。
さら、と。ゾロの手が頬を撫でていってくれて。少しだけ目を伏せた。
「連中は日向の匂いがしそうだな、」
「大ヴァカだけど、イイ人間だから」
きっと、おれの大好きなひとのことも、あいつらは好きに決まってる。
だから余計しんぱいかなあ、あいつらヴァカだから。
くすん、とわらって。そんなことを言った。
柔らかく、口付けられて。
「だけどね?」
ゾロの背中に掌で触れてそうっと撫で下ろした。
「おれはやっぱりいつも。どこか、寂しかったよ。その頃はなぜかわからなかったけど、」
おまえに逢えてなかったからなんだね、と。
少し眼差しを上げて言葉にした。
ゾロが、目元を優しくやわらげてくれているのをみつめていたなら。
「愛してるよ、」
ふわ、と。降り積もるような笑みを一緒に言葉と気持ちをおれにくれた。
「ウン、」
幸福すぎて困るよ、言葉が追いつかない。
いつの間にか、テレビの音は小さくなっていて。
記憶のなかに変わらずにある、キラキラした光の名残や、ハレーション起こしそうだった毎日のことをすこしだけ引き出されていった後だったから。
おれの、大事な。
なによりも大事で、愛してるひとが、いつも纏っている空気が。
それと正反対のモノであっても。
おれは、もし。
違う場所で、あそこで、アイツラと一緒じゃないところで生まれていたとしても。
そして、どんなおまえに逢えていたとしても。すぐに見つけて恋に落ちてるんだろう。
迷惑かけてない、って言う保障はきっとないけどさ?
あぁ、振られないって保証もきっとないね?
だけどさ。
そんなことすっ飛ばして。
きっとね、確信してる。
「見つけてくれて。逢えて、ウレシイ」
ぎゅ、と。抱きついた。
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