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 暫く、自分のことを構う時間が無かった。
 メンタル面では随分と”元に近い”のに、身体の方はなぁ?
 きっとサンジが気遣ってくれたのだろう、もはや身体を鍛えておくことに意味が無くなっても。
 ―――いや、意味はあるか。
 スタミナがないとな、恋人はかなりの絶倫だ―――アレがあると。
 
 ニューヨークの小さな部屋。
 いつもトレーニングしている間は、サンジは覗かない。
 集中して、身体を鍛えて―――シャワーを浴びれば、出かける用意はできた。
 今も、リクエスト通りに髭を剃らずに髪だけを整え、バスローブ姿のまま、メインベッドルームに戻る。
 
 す、とベッドを覗き込めば。すぅすぅとまだ寝息を立てているサンジと、妙に誇らしげに伸びをしながらこちらを見据えてきたエリィ。
 代わりをしてやったぞ、ってなトコロか?
 うぅな、と声を上げられて、笑ってその頭を撫でた。
 「いいコだな、エリィ」
 トン、と。喉を鳴らしているエリィの頭に口付けを落した。それからサンジを覗き込めば、ほやん、と目を開けていた。
 
 「ぞろ、」
 どこかまだ節の溶けた声が続ける。
 「おなかすいたー、」
 そりゃそうだろうな、あれだけ激しい運動の後なのに、ほとんど食べていない。
 とろんとした眼差しのままのサンジの額に口付ける。
 
 伸ばされていた腕に迎えられて、さら、と。シルクが腕から滑り落ちる音を聞く。
 「起きて着替えて。何か食いにいこうぜ」
 さらりと髪を退かして、トンと唇に口付ければ。
 「ざらざらってしろ、」
 甘えた声がくっくと笑いながら言って来た。
 ショーガナイナ、オマエ。
 甘いばかりの声が勝手に口から零れ落ちた。
 そのまま頬を願い通りに摺り寄せてやる。ざーらざら。相当痛いだろう?
 
 ひゃあ、と。サンジが歓喜に溢れた声で笑った。
 「いたいいたい、」
 「バカネコ。早く起きろ」
 がぷ、とサンジの耳を仕上げに噛んでみた。
 「起こせ…っ、」
 途中で飲まれた声を汲んで、サンジを抱き寄せる。
 「オマエ、あんまり魅力的なコトになってるなよ、」
 するりと手を、眠っていたサンジが放出した熱を帯びたローブの裾の合間に滑り込ませた。
 「イタズラスルゾ」
 「――――――ぁ、っ」
 きゅう、と唇を噛んだサンジに、その上からトンと口付け。
 腿を軽く揉んだ―――ひゃあ、とサンジがまた飛び上がる。
 「あ、」
 「起きたら着替えナ。あんまりノンビリしてるなよ?」
 
 さらりとサンジから手を離し、クロゼットに向かって服を取り出す。
 ぼう、と見詰めてくる蒼にちらりと視線を遣ってから、黒い服を取り出した。
 「それ、ビビがチョイスしたヤツ、」
 あン?―――そういや、そうだな。
 「着るんだね、」
 嬉しそうな声に笑った。
 「肥やしにするくらいなら、最初からお断りするよ」
 革の柔らかいスリップオンも放り出した。
 「アクセサリは適当にオマエに合わせる―――ほら、オマエは何を着るんだ?」
 
 
 
 おなかがすいた、と節を付けて言いながら何が食べたいのか考えてみた。
 あ、ひとつある。
 リビングで、ソファに埋まって考えてた。
 美味しいオムレツと。ベルギーに負けないフリッツ、マヨネィズで食べなきゃウソなヤツ。
 ヴァニラビーンズの味がちゃんとする氷が大めなアイスクリィム。
 コールスローもいいなぁ。
 ソフトシェル、あー、食べたいかも。
 それを言うなら、サンフランのサワードゥ・ブレッドも食べたいな。
 
 メニュー、ひとつどころじゃなくなった。
 これのうちの殆どが叶うところっていったら……もう11時過ぎてるし。
 あそこしかないなあ。明け方までやってるのに、実は味も良いダイナー。
 あ、だったら。
 『羽を伸ばす、』ってゾロ言っていたし。
 いま、ちょうど一瞬いないし。
 デンワのほうへ歩いていった。スチュワートにデンワしよう。
 だってほら、おれ。ケイタイとか全部捨ててきたから、番号わからない。
 行きたいところ、って言えば、他に。モンドリアン・ホテルのスカイ・バーだろ?やっぱり。
 あそこのプールの側のガぜボから、ゾロにロスの夜景みせたいじゃんね?
 
 コンシェルジェの、ジュリアン。先にシートを頼んでおけばわあわあ、お客から騒がれないで済むし。スチュワートがわらいながら、ジュリアンのナンヴァを教えてくれて。
 1年半ぶり、だね?ナンヴァにデンワしてみたなら。
 ビビのときと同じくらい、最初なんだかジュリアンは声が涙ぐんでた。
 『なんでウチには泊まってくれなかったんだ?』
 そういわれても。
 「だって、最近ウルサイだろ、オマエのとこ。ゲストが多すぎ」
 『エクスクルッシブに扱うに決まってるじゃないか……!顔、見せなさい』
 ああ、だから。声、泣いてませんか?
 「行くよ?多分後から。だから先にそのことスカイ・バーに言っておいてくれたらウレシイ」
 はぁ、とデンワの向こうで。
 溜息と苦笑のブレンドされたもの、零れて。
 
 『スポイルド・チャイルドは相変わらずダイヤモンドのハートをお持ちだね?』
 「うーん?そうでもないよ、このごろは」
 『そうみたいだね。ビビからちらっと、吐かせたよ』
 うーわ……!
 たしかに、ビビはムカシから少しだけジュリアンには弱かったっけ。あのコは年上に弱いんだよね。
 「ほんとう?じゃあますます静かにしてくれるように頼んでおいて?おれの好きだった場所はまだある?」
 『何時だって用意して待っているよ、スタッフにも行儀良くしてるよう言い聞かせておくから。どうせ来るのは1時ごろかな』
 そのとおり、です。
 「この時間ってシフト上がる前だったよね。ありがとう、でも残っててくれたら挨拶に行かせてほしいんだけど」
 『泣かせることを言うようになったねぇ』
 しみじみ言われてもナア……
 『さっきまで、サンジの悪仲間が大騒ぎしていたよ、上で』
 ――――――へ?
 『セブとビビが。肩を抱き合って感慨深気に涙ぐんでいてね?僕がそれを見逃すとでも?』
 後から聞かせてね、ソレ、とわらって。デンワを切った。
 
 白のソファに埋まり直す。
 うん、段々元気になってきた。
 投げ出した足に引っ掛かっていたサンダルを軽く履きなおして。
 だらしなく座ってたからシャツは皺になってるけど、もともとこれ、皺加工だし。どうせ薄いし。
 構わないや。
 
 「ぞーろー、」
 呼んで見た。
 「ぞろー?」
 片足をまげてソファに引き上げた。クラッシュされた部分から足が覗く。
 相変わらず、ビビのセレクションは。ヒトにこういうの穿かせたがるよなァ。まぁ、ローライズはおれも好きだからいいけどね。
 そんなことを考えてたら、キッチンの方からゾロが姿を覗かせてくれて。
 うわ?
 ひゃあ、と笑い出したいのと驚いたのできっと顔がくしゃくしゃになったにちがいない、自分でもわかる。
 ビビ。マイ・ヴィクトリア。
 キミのセンスをおれはほんとうに愛してるよ。キミ自身ももちろんだけど。
 そうきたか!って、おれはもう一度ソファに埋もれなおした。
 
 『遊んでいい?』って訊いて。オーケイを貰った、そのときにおれがいくつかイメージしたのと、まさにビンゴ、なおれのコイビトがいた。
 普段なら、アリエナイよね?
 黒のトップス、黒に近いネイヴィのボトムス。これは、基本ですが。
 黒のスリップオン、これもありだけどさ?
 ラインとデザイン、これが。ボトムスは、ローライズだった。まずこれがアリエナイその1。
 黒のシャツは、細身で。前を殆ど全部肌蹴て着るしかないデザインだった。
 
 これはまったくもってアリエナイよ……!
 ラインがかちり、とディテールまできっちりと作られてるから許される造形なんだけど。
 シャツもそれを着ようっていう人間も。
 『ダァリン、期待してね』
 ビビがキスして言って来た言葉。
 試着させないで買わせていたワードローブのなかの、ひとつだね、アレ。
 「ゾロ、」
 わざと、無表情を決め込んでるゾロを呼ぶ。
 一見、黒のシャツにしか見えないモンナ、ソレ。着るまでは。
 「なんだ、」
 見事なポーカーフェイスが、少しだけ近づいてくれた。
 「おれとビビって、センスが一緒なんだ、」
 それってまさに、おれが選ぼうとしてたのと近いよ、と。笑いかけた。
 
 「なぁ、ゾロ?」
 とさ、と弾みをつけてソファから起き上がった。
 そして軽く肩に腕をまわす。
 「Ta-ta、」
 ありがと、と言った。
 遊びに付き合ってくれてさ?
 
 
 
 
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