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 L.Aとシカゴでは、なんて違いがあるのだろう。
 今の昔と自分の昔に違いがあるように―――まるっきり、同じ闇であるハズなのに何かが激しく違う。タスカンの独特のエンジン音、ハイウェイでオープンをキープする。
 
 隣には、綺麗な猫。
 今夜のサンジは、シャム猫みたいだ。
 白く薄いシープスキンの皺加工のシャツが、闇を照らす街灯の明かりを受けててろりと滑るように光っていた。白いボトムスも、細い肢体を更に引き締め。
 深く切れ込みの入った襟の合間からは、金の細いチェーンと、クリスタルの小さな珠を繋いだプリミティヴ・テイストのネックレスがサンジの身体を飾っていた。腕には、随分と前に贈ったシルヴァとターコイスの時計。
 やっぱり、ピアス穴を開けさせなくて正解だな、と思った。
 気高いシャム猫のようなスタイルをスポイルしかねない。
 
 ハタハタ、と。風を受けて金色がそよぐ。サンジの目は流れていく景色を追ったままだ。
 ホテルの部屋で、サンジが眠っている間。
 昔愛した野良猫のことを思い出した―――二人での生活。
 もっと羽根を伸ばさせてやればよかった、と。それだけが、なんとなく心残りだった。
 あの強くて優しいヒトを、小さく弱いイキモノにしてしまったのは―――オレなのかもしれない、と。
 
 閉じ篭ってばかりの生活は、ストレスフルだ。
 比較的、ナイトライフとは縁遠かったらしい野良猫にすら枷になったのだとすれば。
 ―――それまで、優雅にテリトリィ内を飛び回っていたサンジには……?
 愛を交すことと、手元に置いておく事、それは側にいるということだけれども―――閉じ込めておくのは、間違っているのだろう。
 あちら側に戻れば、また引き篭もることになるのかもしれない。
 それならば、せめてこちら側にいる間くらい……?
 一瞬マルチェッロのことを思い出した。
 
 『兄キ、すっごい印象違ってて驚いたっすよう、』
 
 ―――あの夜の自分と今の自分は同じモノの様で酷く遠い。本質は変わらないけれどもナ。
 だから、自分では絶対に選ばないような服を選んでみた。
 それはサンジの大切な“ビビ”が選んだ服で―――まるっきり、どこかのロックスタァか俳優ぐらいしかしなさそうな格好。
 電話越し、サンジがアポイントメントを取るのも聞いていた―――モンドリアン・ホテル?あの、サンセット・ブルヴァードにあるヤツか?
 
 酷く楽しそうに“旧友”と親交を再び温めていたサンジは、酷く楽しそうだった。
 少しだけ残酷な小悪魔―――猫チャンの餌をたらふく喰った後に現れたペルソナのような。
 とろりとした“毛皮”で身を包んだサンジは、天使であるにも関わらず小悪魔チックだ。
 ―――いいだろう、猫チャン。遊んでやろう。
 この先、ここまで羽根を伸ばせるチャンスもないかもしれないしな?
 
 過ぎる夜景に目線を流していたサンジが、時折ちらりと見遣ってくる。
 きらきらと輝きが溢れ出したブルゥアイズと出会う度、ふんわり、と酷く艶やかに、軽やかにサンジが笑う。
 笑みを返して、アクセルを少し強めに踏み込んだ。
 日中の強い日差しは闇に遠のき、けれど夜風は充分に暖かいまま。
 天使の街でのナイト・タイムが更けていく。
 
 
 
 コクトーの死神は、ロールス・ロイスでヒトの世界に紛れ込んできたけど。黒衣の女の姿を借りて。
 黒のタスカンは、ハイウェイを滑っていく。
 これが、おまえの羽だとしたら。まるっきり、メフィストフェレスを演じられそうだね、と。
 眼差しを流れていく景色から偶にゾロに戻してそんなことを思った。
 
 静かにステアリングを握って。
 特に言葉を継ぐわけでもなくて。
 風の巻き込む音は、それほどしない。
 静かに、思考を泳がせているみたいだったから、邪魔立てしなかった。
 
 空は、クリアだけど。記憶にあるとおり、星はあまり見えない。
 オレンジの靄が、暗くなりきることを邪魔してる。
 ほんの、何百日か前までは。アタリマエのようにここの空気を吸って、毎日生きてたんだけどね。
 懐かしいけど。還ってきた、って感慨はナイ。
 そりゃ、好きだけどね?
 シャンパン・バブルスみたいな、慣れきった暮らしだから。
 
 甘やかしてくれる腕と、辛らつな言葉遊びと。愛情だけ受け取って、好意だけを返して。
 腕を伸ばす前に、差し出されるからそれをぺろりと平らげて。
 温かくて空っぽな、そんなモノをきちんと隠して。好きなように、暮らしていたからいままで。
 たしかに、テリトリーに戻ればラクだ、それは認める。腕を精一杯伸ばしてふりまわしても、何処になにがあるのかわかるから。
 ぶつけるのならわざとだし、避けたいのなら避けるだけのことだから。
 そういう気楽さ、はたしかにここにはある。
 
 隣から伝わるのは、ゾロの機嫌が良いときの空気の色だ。
 どこも”痛く”なくて、穏やかに。だけど少し、メロゥなのはおまえがロマンティストだからだ。
 おれは、ロマンティストじゃないと思う、自分は。怖いもの知らずのただの我侭なコドモ、ってところかもしれないね。
 「ゾロー、」
 すこしづつ近づいてくる灯り、光の塊を見詰めたまま呼んで見た。
 「なんだよ、」
 「おなかすいたよ」
 少し笑いを潜めたゾロの口調に返す。
 「空いてない方がオカシイ」
 く、とわらうのが聞こえた。
 
 「オムレツとフリッツとキャロットサラダとコールスロウとソフトシェル・クラブとヴァニラアイスが食べたい」
 「オーケイ、どこに向かえばいい?」
 朝になったらスチュアートに朝ゴハン、ベッドまで持ってきてもらうんだ、と続けていたら。
 ゾロがあっさり言ってきて。
 「いまなんじ、」
 また、時間を訊いた。知ってるけど。
 サンセット・ブルヴァードにあるダイナーの場所をリクエストする。
 
 に、とゾロが笑みを口元に浮かべて、ナヴィよろしく、と言っていた。
 「ロコがいるなら使わないとね、」
 トン、と。
 窓に掛けたままだった腕にアタマを預ける。
 風に髪が煽られた。気持ちいい。
 またゾロが、深く笑みを口元に刻んでいって。
 
 「なぁ?」
 呼びかけた。声が、ちょっとどころかかなり自分でも甘くなってるのがわかる。
 「なんだ?」
 「また、知らないヒトだね。おまえ、」
 「そうか?」
 耳の底に甘く、ずっと残るような低い声が響いていって。
 「わかってるくせになァ、」
 ゾロから、窓の外に視線を流した。
 
 「お持ち帰りはナシの方向でヨロシク」
 はン?と声が笑ってるゾロにそう付け足して。
 「くだらない冗談いっていい?」
 腕に顎を乗せたままで言った。
 「そういうニーサンだと一度に3人くらい相手にするのレクリエーションにしてそうじゃねぇ?」
 困ったペルソナだねえ、と。風に煽られるままで言う。
 だけど、声は聞こえた。
 There is no open seat、って。空きなんか無い、と。
 まぁ、空席はあっても……困るけどさ。誰にも譲る気なんて、ゼロなわけだから。
 
 
 
 
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