ビバリーヒルズ・エリアに近い、サンセット大通り。そこへ行き着くまでに、数台の車が“絡んで来た”。
ま、このミテクレにあのクルマじゃショウガナイ。
赤いシェヴィのオープンに乗ったモデルっぽいオンナ4人組。
トヨタの4WDに乗った大学生っぽいオトコの二人組み。
ヤケに熱っぽい視線を投げて寄越していたハイウェイ・パトロール。
GMのピックアップに乗ったショウガール系の二人乗りは、アフロアメリカンとヨーロピアンのペアだった。
メルセデスに乗ったWASPのビジネスマン。
ピンクのリンカーンのウィンドウをわざわざ下げて、しげしげと見詰めてきていた年配のエンタテイメント系ビジネス・オーナっぽいオンナ。
古いジープに乗っかったサーファ系3人組、これはオトコ二人にオンナ一人だった。

「ハァイ、どこ行くんだ?一緒に行こうよ」「ヘイ、セクシィ!今夜一緒にどう?」「―――素敵ね」「気取ってンじゃねェ、げ、ヤバ、ごめんなさいーーーッ」

やけに愛想のいい時もあったサンジと、大概は無視していた自分。
最後のクソガキには、二人で揃って黙ったまま中指を突っ立てて返した。
覚悟していた割には、取り立てて執拗な誘いもなく、気分がいいまま目的にに辿り着いた。
時間は既に11時を過ぎているにも関わらず、パーキングにはチープな車から高級車まで並んでいた。
土地柄のせいだろうか、ビバリーヒルズとダウンタウンの間、どちらかといえばリッチサイドに近い場所。

車を降りるなり、サンジがうきうきとした声を上げた。
「オムレツ……!」
オープンを解除させたタスカンから離れて、蒼い目を煌めかせたサンジの背中を軽く押した。
「あれだけ運動すりゃ腹も空いてるだろ。ちゃんと食えよ」
ポケットからサングラスを取り出した。かけている間にサンジが告げてくる。
「エルメのは美味しいんだ、おまえのには負けるけどね?」
「ふゥん?」
「それに、おれ”運動”なんてしてません」
しれっとサンジが言い切って、開けてやったドアを潜っていった。
尻尾があれば、ゆらんと揺れて。先端が僅かに触れてくるような、そんなイメージが浮んだ。

す、と。
エントランス間近にいたウェイタが視線を投げかけてきて。
「いらっしゃ―――」
見事に固まった。
「二人、」
「は、」
「席、」
「は、ぁ」
短く会話している間に。サンジがよりフレンドリィな言葉をかけていた。
「こんばんは、席空いてますか?」
オレから視線をどうにか外したウェイタが。サンジを見てまた固まった。

「カウンターでもいいけど、」
そう言ったサンジに、ひょい、と見上げられて肩を竦めた。
「ひとまず突っ立ってるよりかはマシだな」
さあ、と。店内が一瞬、沈黙に沈んだ。かけられていたポップスのBGMだけがやけに大きく響く。
「あ、空いてございますとも!こちらへドウゾ」
どうにか意識を回復したらしいウェイタが、目を白黒させながら言ってきた。
「おなかすいちゃって、タイヘンなんだ」
にこお、と笑ったサンジに、まだどこか固まっている顔で、それでも笑顔を返す。
「どうぞ存分に召し上がっていってください」
―――ハハ。さすがサンセット・ブルヴァードにある店ってか?それだけ言えれば上等だよ。
にぃ、と笑いかけてから席に着けば。ご丁寧にまた固まりやがった。

―――いいから早くメニュウ寄越せ。サンジは決まってるみたいだったけどな?
オムレツとフリッツとコールスローとコーンブレッド、サンジが目を煌めかせてさっさとオーダしていた。
「飲み物はペリエ、フリッツにはマヨネィズでね?」
にこお、と笑うサンジに、慌ててウェイタが電子手帳を操作していく。
ぺろっと指を舐める仕草を無意識に披露したサンジに、ウェイタはそれを取り落としていたけれども。
見りゃ解るだろうが腹ペコなんだと。あんまり待たせるとテーブル齧り出すから出来ればさっさと運んできて貰いたい。
そう告げれば、ナゼだかソイツはぴしりと背中を伸ばした。

サンジがぱち、とひとつ瞬きをする。
電子手帳を拾い上げたウェイタが慌てて店内を横切るように去っていけば。
「テーブルは齧らないよ」
ゴキゲンな声でサンジが言ってくる。 に、と笑いかけて肩を竦めた。
「労働意欲を掻き立ててみただけだ」

ウェイトレスがナゼか頬を紅潮させながら、水を運んできた。
「他に注文はございませんか?」
ちらりとメニュウに視線を落す。目に付いたものを適当にオーダしてみた。
一度食べているから、それほど重たくないものを。
ついでに珈琲もホットでオーダすれば、なぜだかウェイトレスの電子手帳を握り締めている手が震えた。

夏だろうが、ディナー中だろうが。ホット珈琲はメニュウに乗ってるんだ、オーダしてなにが悪い―――とは、言わずにおいた。



エルメのオムレツは、カリフォルニアで一番美味しい、と個人的には思ってる。
んん、相変わらず美味しい。トップスピードでサーヴしてくれるのも、前と一緒だね。
妙な緊張感がなんだか漂うのがいつも不思議だったけど。今回も酷いね、それは。
けどまあ、味は美味しいから。
半分は食べ切れなくて、ゾロに引き取ってもらったけど。
フリッツは殆ど一人で食べきって、ゴチソウさまでした、と。
アタリマエのように、もらったお皿に乗せた分をゾロが引き取って片付け始めたなら、また少し妙な緊張感が走った。
他のゲストもシェアしてるじゃん、大抵ね?エルメはサーブしてくれる量も多いんだからさ?

ライトミール、っていうよりは。夜食の延長、そんなものをいくつかオーダしていたゾロはさっさと片付けて行ってくれてた。
どこか大雑把だけど、粗野じゃない仕草。まぁ、アタリマエだけど。
エルメを出て、時計をみれば。ジュリアンの予想通り、針はちょうど1時前だった。12時40分、ってところかな。

通りを渡って、すぐに目の前。
「ゾロ、このまま寝になんて帰らないよ?」
隣を見上げる。
「もっと付き合えー。おれのテリトリ」
「これから、ってか?」
翠がちらりと笑みを弾いて。
「そ、せっかく食べたんだし」
ウッドのファサードに手をかける、振り。
内側から開かれて、ガラスのドアが嵌った前に立つ。
柔らかな光りの透ける奥、いるかな……?

モダンファ二チュアのギャラリーみたいな空間の向こう側。
「いまから、LAで一番の夜景見よう?」
「Sure thing,(そうだナ)」
にぃ、と笑みを乗せたゾロに軽く笑みで返して。
ロビーに入れば、何人か椅子に座ってたゲストがこっちを見てきて、視線がロックされてたけど。
まぁ、ウン……しようがないね、ゾロ、……いまは下手なハリウッド・セレブリティよりハリウッドだからなぁ。

だけどヒトの視線を外す天才は。
美味い具合に空間にブレンドされそうで浮きそうな微妙な存在をキープしたまま、勝手にさせている感じだった。
まぁ、なあ?コレで見るなって方が悪いかもね。
ミケランジェロがいたら、即行。足元で跪いてるかもだしな。
だから、おれは。
すう、と。柔らかな色合いの方、空気が。そっちに目をやれば、ひら、と。小さく手を振った姿があった。
「トモダチ、」
ゾロに小さく告げる。
静かにサングラスが少しだけずらされて。
翠が、グラスの縁から見上げるようにあわせられていってるのがわかる。

「ジュリアン、ここのコンシェルジェしてる」
目を静かに伏せて、グラスを外したゾロがぴり、と空気が振動しそうなくらい、強い眼差しで見遣ってから。
ドウモ、と口にしていた。聞こえるか、聞こえないかの距離。
対するジュリアンも動じずに。デスクの側に静かに立って、エレガントに目礼していたのはさすがって?

「ヘイ、ごめんね。オーヴァワーク」
「元気そうだね、ようこそ」
とん、と軽く背中に腕がまわされる。
「僕の時間の読みはアッテタだろ?」
「だね?」
すぃ、と。トモダチの柔らかいオリーブグリーンの目が覗き込んできて。
「ヴィクトリアがね、」
「うん?」
「サンジに逢ったらいろんな意味で泣けるんだから……!って言ってたのは、本当だね」
「……うーわ、」
く、と。ジュリアンが眉を片側だけ引き上げてみせた。

「サンジが良く覗いてくれた頃と、”変わってない”ことは保証つきだから」
上、とジュリアンが言葉を告いで、笑みを乗せていた。
「あのさ、」
「ハイ?」
「みんなが変わってないほうが、驚きだ」
「トモダチじゃないか、バッカな子だね相変わらず」
トン、と。額を長い指で突かれて、笑いが少し零れた。
ゾロは。
静かに周りを見遣っていて。優雅にリラックスしているけど、神経は緩めていないのがわかる。
微かにざわついてるロビーの気配も伝わる。長居は得策じゃ無い。
「そろそろ、じゃ上行く」
「あぁ、いってらっしゃい」
さら、と。頬にキス。いつもの挨拶。

先に歩くようだったジュリアンがエレヴェータのボタンを押してくれて。
Have a nice time,と。ドアが閉じる直前に笑みと言ってきて。に、と。ゾロが笑みで返していた。
すう、とドアが閉まって。
箱が上っていく間、ゾロを見上げた。
「Sky Bar,」
いまから行くんだ、と告げる。
サングラス、したままなのは仕方ない。不特定多数、あそこにいるのは確定だ。
だけどジュリアンの言うとおり、『前と変わらない』なら。
それほど視線には邪魔されないかもしれないな。
なにしろ、おれのトモダチは。
一流揃いで。
コイビトはサイコウなんだしね。




next
back